2016年03月08日

欧米生保市場定点観測(毎月第二火曜日発行)超高齢者死亡率の推定-超高齢では、年齢とともに死亡率は上昇するのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――高齢者死亡率の推定方法

高齢者死亡率は、実績死亡率をそのまま用いることは困難である。そのため、何らかの推定を行い、死亡率を設定することが必要となる。その方法を見てみよう。

1多くの種類の中から、死亡率の推定に用いる関数を定める
死亡率推定の際は、使用する関数を決める必要がある。通常、死亡率の関数は、年齢を入力すると、その年齢の死亡率を返すような算式であり、男女別に設定される。関数には、様々な種類が考えられ4、いくつかの係数(固定値)が含まれる。死亡率の推定は、関数の種類と係数を決めることに他ならない。

死亡率推定に用いる適切な関数のあり方については、研究者の間で様々な意見がある。また、死亡率の用途によって、用いる関数が異なってくるという見方もある。例えば、世界中で広く用いられている関数として、ゴムパーツ・メーカム(Gompertz-Makeham)法というものがある。これは、年齢が増すに連れて、指数関数的に死亡率が高くなるような特徴を有している。高齢になるほど、死亡率が上昇すると見積もることは、死亡リスクを管理する保険事業の健全性を高めることにつながる。しかし、年金のような長寿リスクを管理する場合、リスクの方向が逆になり、この方法は保守性に逆行する。このため、死亡率の上昇が制限されるような、別の関数を用いるという考え方が生じる。

2帰分析法と補外法の2つの方法により、係数を定める
死亡率の関数設定に際し、それに含まれる係数を決める必要がある。これには、2つの方法がある。

(1) 回帰分析法
回帰分析法では、各年齢で、観測した実績死亡率と、関数による推定死亡率の差(=誤差)を、二乗した合計値(最小二乗誤差)をとり、この値が最も小さくなるように係数を決定する。これは、実績をもとに、それに近い近似曲線を引くイメージである。高年齢死亡率の推定では、高年齢の実績死亡率を用いて係数を決める。このため、高年齢で、実績死亡率が年齢ごとに安定しているなど、ある程度、信憑性を有していることが前提となる。その信憑性が乏しい場合、推定の確からしさは損なわれる。

(2) 補外法
補外法では、中齢の実績死亡率を、高齢にまで引き伸ばす。技術的には、係数についての連立方程式を作り、それを解くことで、係数を定めていく。例えば、関数の中に係数が3つある場合は、関数そのものと、その1階微分、2階微分の関数に対して、中齢の実績死亡率による関係式を作る。これらを3元連立方程式として解くことで、係数値を定める。この方法では、中齢と高齢の間の、死亡率の傾向が異ならないことが前提となる。死亡率傾向に違いがあると、推定の信頼度が乏しくなる5
 
4 例えば、Gompertz、Makeham、Kannisto、Weibull、Heligman & Pollard、ロジスティック、多項式(2次、3次)といった関数がよく用いられる。各関数の詳細については、報告書の付録(Appendix B)を、参照いただきたい。
5 日本では、生命保険等の責任準備金積立に用いられる死亡率として、標準死亡率がある。これは、死亡保険用、年金開始後用、第三分野用の3つからなる。2007年に設定された標準死亡率では、死亡保険用と第三分野用は、保険契約の実績死亡率に、安全のための割増、割引を施した上で、Gompertz-Makeham法を用いて、死亡率を補外することで、高齢者死亡率を推定している。一方、年金開始後用は、国民死亡率を基に、回帰分析で3次曲線に近似して、高齢者死亡率を推定している。
 

5――高齢者死亡率の推定に伴う論点

5――高齢者死亡率の推定に伴う論点

前節の方法により、技術的には、高齢者死亡率を推定できる。しかし、高齢者死亡率の構造については、重要な研究テーマとして残されている。特に、超高齢者の死亡率は、未解明な点が多く、専門家の間で、活発に議論されている。本節では、主要な2つの論点について、見ていくこととしたい。

1超高齢では、死亡率は上昇し続けるのか ?
(1) 超高齢でも、死亡率は上昇し続けるという意見
人の死は、年齢とともに進む老化現象の、最終段階に位置する。老化が不可逆の現象と見られる限り、死も避けることはできない。従って、死亡率は年齢とともに上昇する、と見るべきであろう。

(2) 超高齢では、死亡率の上昇は減速して、死亡率は一定もしくは、低下するという意見
超高齢の人は、その年齢に至るまでに、病気などの多くの健康を損なう事象を乗り越えてきた。従って、今後、死亡率が更に上昇し続ける要素はなく、一定もしくは、低下に転じると考えられる。

欧米では、超高齢者の死亡率についての研究は、第2次世界大戦以前から行われている6。データを用いた実証分析により、死亡率は一定もしくは低下するという見解が主張されている。しかし、最近の研究7では、超高齢で、死亡率の上昇が減速する事象は観測されない、との分析結果が提示されている。その中では、死亡率の上昇が減速するとした、従来の、他の研究について、減速が観測された理由が挙げられている。いずれの主張についても、更なる検討を要するものと考えられる。
 
図表3. 従来の研究で、死亡率の減速が観測された理由 (最近の研究において、挙げられている理由の例)
2超高齢では、健康状態や社会的要因によらず、死亡率は1つに収れんしていくのか ?
(1) 超高齢では、健康状態等の影響はなくなり、死亡率は収れんするという意見
死亡率に影響を与える不健康な経験は、超高齢では機能しない。超高齢では、生物学的な老化が、死亡動向を決するため、健康状態によらず、死亡率は収れんする。

(2) 超高齢でも、諸要因の影響は残り、死亡率は収れんしないという意見
社会的要因(貧富の格差等)の影響は、超高齢であっても継続する。健康状態と社会的要因の相乗効果により、死亡率は異なるため、超高齢であっても、収れんしない。

この議論も、結論は出ていない。報告書では、死亡率に影響を与える要因ごとに、超高齢での死亡率の収れんについて、観測結果がまとめられている。いずれにせよ、更なる検討が求められよう。
 
図表4. 死亡率に差をもたらす各要因の、超高齢での、死亡率収れんへの影響
 
6 “Human Biology: A Record of Research”Major Greenwood and Joseph O. Irwin (The Biostatistics of Senility, 1939) など。
7 “Mortality Measurement at advanced ages: A study of the Social Security Administration death master file”Leonid A. Gavrilov and Natalia S. Gavrilova (2011)
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

欧米では、人口の高齢化に伴い、長寿リスクの研究が行われている。特に、高齢者の死亡率について、技術的な点を端緒に、生物学や、人口学等の幅広い視点で、議論が交わされている。

この議論は、日本の高齢者の死亡率の検討にも、大いに参考になるものと考えられる。イギリスでは、今後も研究が継続されて、報告書の改訂版が公表される見通しである。日本でも、継続した研究・検討が必要となろう。引き続き、高齢者死亡率を巡る議論に、注目する必要があるものと考えられる。
 
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2016年03月08日「基礎研レター」)

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