2015年12月21日

介護施設の拡充は進むか-待機高齢者を減らすには、何が有効か?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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3介護職員は、不足する見通し

介護職員は、今後、不足する見通しとなっている。2000年の公的介護保険制度の創設当初、介護職員の数は大きく増加した。しかし、近年、増加のペースは徐々に衰えてきている。2013年に、介護職員数は170.8万人となっている。厚生労働省の推計では、2025年には、253万人の介護職員の需要に対し、215.2万人の供給に留まり、37.7万人の不足が生じるとの見通しが示されている。
 
図表6-1. 介護職員数の推移 (実績)
介護職員の賃金は他職種と比べて低い。このことが、介護職への就業者増加を滞らせている。このため、介護施設があっても、そこで働く介護職員が足りず、施設の部屋が空いたままになるといった事態が生じている。これが、施設の数が増えても、定員数が伸びない原因の一つと考えられる。この状況を改善するため、介護職員の待遇改善が図られてきた。2015年4月には、介護職員の給与は月1.2万円程度引き上げとなるよう手当てされ、その効果が期待される。
 
図表7. 職種別の給与額
介護職は、日常的に夜勤があり、時として人の命を預かる重要な職務にもかかわらず、介護職員の賃金が低いのはなぜだろうか。本来、需要の高い職種は、賃金が上昇するはずであろう。しかし、介護職には、これまでに特有の経緯があり、賃金の上昇につながってこなかったものと考えられる。

介護保険制度スタート前、高齢者の介護は家族が行うことが前提となっていた。家族では対応しきれない場合に、行政より所得等の調査を受けた上で、市町村長の「措置」により、介護サービスが始まる仕組みであった。これが、制度開始後は、「契約」に基づくサービスとなった。しかし、介護には、いまも、高齢者福祉の一環として、高額の報酬や賃金をつけるものではないという考え方が、社会に残っているのではないだろうか。即ち、介護は、その重要性が理解されていないものと考えられる。

介護職員は、重労働にもかかわらず、サービス時に感謝の言葉をかけてもらうことで納得するケースが多いという。賃金問題で、雇用者と労働闘争などに至るケースは少ない。例えば、労働組合の業種別の組織率を見ると、介護職員の属する社会保険・社会福祉・介護事業は4%であり、10%の医療業や、17.4%の全産業よりも低い。このようなことも、低賃金問題の背景にあるものと考えられる。
 
図表8. 労働組合の組織率 (2014年6月)

4――政府の介護施設整備目標

2015年11月の一億総活躍国民会議(第3回)で、厚生労働省は、介護施設の整備目標を打ち出した。そこでは、2020年代初頭に、特養・サ高住など、合わせて50万人分以上の施設整備を行うとした。また、これに対応する形で、同年12月に閣議決定した平成27年度補正予算案では、介護基盤の整備加速化事業に922億円、介護人材の育成・確保・生産性向上に444億円、サ高住の整備に189億円を充てている。これらのうち、1,000億円以上が、地域医療介護総合確保基金7(介護分)の積み増しに充てられる見通しとされている。今後、2016年の通常国会で、審議される予定となっている。
 
7この基金は、診療報酬・介護報酬とは別に、医療・介護政策の実現手段の1つとして、2014年度より、消費税増税分を活用して、各都道府県に設置されたもの。地域医療構想の一環として作成される、都道府県計画の財政的裏付けとなっている。医療関連の事業に加え、2015年度からは、介護関連の事業 (地域密着型サービス等の介護施設等の整備に関する事業、介護従事者の確保に関する事業) も、対象となっている。

5――おわりに (私見)

今後、介護サービスの基盤整備に関連して、3つのことを踏まえる必要があると考えられる。(1)重度の要介護者については、施設での介護が必要な場合が多いため、特養の整備を進める在宅介護は、24時間体制のケアであり、その最終責任者は家族となる。自宅で最期を迎えたい、自宅で看取りたい、という本人や家族の意向を十分に踏まえる必要はあろう。しかし、その一方で、家族の過重な介護ケア負担を避けるために、特養の整備を進めることが必要と考えられる。

(2)軽度の要介護者等に向けて、特養だけではなく、高齢者住居の多様化を進める特養の定員数がなかなか伸びない現状では、軽度の要介護者や、家族の在宅ケアが可能な高齢者は、現在の待機状態が続くものと考えられる。そこで、特養の代替として、入居費用が手頃な、サ高住、認知症高齢者グループホーム、軽費老人ホーム等、多様な高齢者住居の整備が求められる。

(3)介護職員の更なる待遇改善を進め、人材の雇用・育成を促進する介護職員の需給見通しを見る限り、いくら介護施設を整備しても、それだけでは、そこでサービスを行う介護職員が不足してしまうことは明らかである。施設整備に並行して、介護職に関する理解を高め、介護職員の待遇を改善して、人材の雇用・育成を進めることが不可欠である。

これらを通じて、「新三本の矢」の「介護離職ゼロ」を目指すべきではないだろうか。引き続き、介護施設整備や、介護職員の待遇改善の進捗に、注目していく必要があるものと思われる。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2015年12月21日「基礎研レター」)

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