コラム
2015年11月30日

“鳴かぬなら鳴かせてみせよう“では困る~安倍政権と企業のせめぎ合い

経済研究部 シニアエコノミスト   上野 剛志

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安倍政権が、企業に対する賃上げ・設備投資増額要請を強めている。日本経済の好循環を起こすためには、企業によるこれらの前向きな支出が欠かせないとの立場だ。一方、企業側から見ると、事業コストの増加や将来のリスクに繋がりかねない大幅な賃上げや設備投資に踏み切るには、持続的な経済成長が必要との思いがあるはず。賃上げ・設備投資と経済成長は“ニワトリとタマゴの関係”にあると言えるのだが、“どちらが先なのか”を巡って政府と企業の間に認識の隔たりが感じられる。

そうした中、今月26日には、企業経営側が官民対話において賃上げと設備投資について前向きな表明を行うと同時に、政府が法人税減税の前倒しを関係省庁に指示した。法人税減税を材料として、政府が企業経営に大きく介入する姿が浮き彫りになった。

アベノミクス開始から3年がたとうとしているが、最近の安倍政権は、企業に対する強引な態度がますます目立つようになっている。具体的には、賃上げ・設備投資への直接的な要請のほか、携帯料金の引き下げ要請や最低賃金の大幅な引き上げ方針などが挙げられる。与党内には企業の内部留保に課税すべきとの声もある。まさに、秀吉ばりの「鳴かぬなら鳴かせてみせよう(ホトトギス)」というスタンスである。

確かに、現在の企業収益が過去最高レベルに達している割には、賃上げや設備投資の動きが鈍いという点は否めず、日本経済が直近2四半期連続でマイナス成長に陥る中で、政府が企業に催促をしたくなる気持ちも理解できる。ただし、民間企業の主力である株式会社にとっての最大かつ直接的な目標は利益の最大化であって、日本経済の成長を事業目的としているわけではない。また、企業は現時点においても海外への投資は活発に行っている。つまり、自社の経済合理性に基づき、グローバルな視点で成長が期待できる市場を見定めて投資を実行している。政府が日本国内での設備投資を活発化させたいのであれば、企業の投資先選定を巡る国際競争に勝つ必要がある。

安倍首相は2013年春の施政方針演説において、「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指す」と宣言した。さらにその後に発表された成長戦略(日本再興戦略)においては、具体的に、「世界銀行のビジネス環境ランキングにおいて、2020年までに先進国で3位以内に入る」との目標値も掲げている。では、現実はどうだろうか?同ランキングの最新版である2016年版(2015年10月27日発表)における日本の順位は34位に留まり、しかも順位は年々後退している(2013年版24位→14年版27位→15年版29位→16年版34位)。

先進国の中でも24位に留まり、目標である3位は遥か彼方だ。さらに、昨今の企業への強引な介入姿勢は、企業経営の自由を尊重しているようには見えない。短期的にはそれなりに効果があったとしても、中長期で見ると、かえって投資先としての日本の魅力を損ね、日本企業による国内での業容拡大意欲や海外企業による日本への進出意欲を削ぐことにもなりかねない。資本主義経済下においては、企業がどうお金を使うかの判断は、出来るだけ企業に任せるべきだ。

確かに安倍政権発足以降、円高の是正や法人税減税、TPPの大筋合意など、企業経営にとってプラスとなる取組みを進めてきたことは評価できる。しかし、まだやるべきことは数多く残っている。具体的には、労働規制をはじめとする規制緩和を通じた成長戦略の推進や煩雑な各種ビジネス手続きの解消、持続可能な社会保障制度の構築などだ。日本経済活性化のためには、企業の目線が海外だけでなく国内にも向かうように、投資先としての魅力を高めていく必要がある。

日本経済の5年後、10年後を見据えた場合、政権が「鳴かぬなら鳴かせてみせよう」というスタンスを取るよりも、「鳴かぬなら鳴きたくなるようにしてみせよう」というスタンスを真摯に貫き通す方が得策だと筆者は考える。

ホトトギスも羽を休められる枝など居心地のいい環境がなければ、鳴かないだろう。

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経済研究部   シニアエコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融、日本経済

(2015年11月30日「研究員の眼」)

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