2021年06月11日

ECB政策理事会-見通しは上方修正だが緩和姿勢は変わらず

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:政策変更なし

6月10日、欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)は政策理事会を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
変更なし(購入ペースも維持)

【記者会見での発言(趣旨)】
実質成長率は21年4.6%、22年4.7%、23年2.1%で、21年・22年を上昇修正
リスクは中立的である(上方修正)
・(資金調達環境の)引き締めは時期尚早で、景気回復とインフレ見通しへのリスクとなり得る

2.金融政策の評価:景気見通しは上方修正したが、緩和スタンスは変えず

今回の政策理事会では、現行の金融政策方針を維持することを決定した。

3月の理事会で資産購入ペースを年初から大幅に加速することを決定した際、今後はスタッフ見通しの公表とともに購入ペースを3か月ごとに見直すとしていたことから、今回は見通しの内容と購入ペースの変更に注目が集まっていた。

今回公表されたスタッフ見通しでは、成長率が上方修正され、コロナ禍からの回復力がこれまでの想定よりも大きいことが示唆された。また、理事会によるリスクバランスの評価も、これまでの「短期的に下方に傾いている」から「中立的(balanced)」となり上方修正されている。

一方で、資産購入ペースについては、3月に加速させたペースをそのまま維持している。景気見通しが改善したにも関わらず、購入ペースが維持された背景には、現在の金利上昇圧力がユーロ圏の経済見通しに対して強いという評価があったものと思われる。冒頭説明でも、市場金利の上昇が続き、金融調達環境が引き締まることはリスクであり、時期尚早と評価している。

質疑応答では、資産購入ペースに関する理事会内の意見に関する質問があったが、ラガルド総裁は「議論があった」と述べるにとどまり、具体的な議論の内容(購入ペース縮小など)については言及しなかった。また、PEPPの出口に関しても時期尚早であると述べており、緩和姿勢を持続するというハト派的な態度を貫いた。ユーロ圏では、年初以降、景気回復が腰折れするなかで長期金利が上昇しており、実体経済の状況と乖離しつつあった。ECBとしては見通しへの楽観的な見方が広がり、市場金利が上昇しないよう慎重な姿勢を取らざるを得なかったものと思われる。

3.声明の概要(金融政策の方針)

6月10日の政策理事会で発表された声明は以下の通り。

 
  • 政策金利の維持(変更なし、冒頭に移動)
    • 主要リファイナンスオペ(MRO)金利:0.00%
    • 限界貸出ファシリティ金利:0.25%
    • 預金ファシリティ金利:▲0.50%
       
  • PEPPの継続(文言を若干変更、政策の変更なし)
    • 総枠を5000億ユーロ増額し、合計1兆8500億ユーロの資産購入を実施
    • 購入期間は少なくとも2022年3月末まで実施
    • 理事会は、PEPPによる資産購入を新型コロナ危機が去るまで実施する
    • 資金調達環境とインフレ見通しの評価に基づき、次の四半期におけるPEPPのネット購入ペースは引き続き年初と比べて大幅な加速を見込んでいる
    • 理事会は、市場環境を見つつ資金調達環境のひっ迫(tightening)を防ぎ、感染拡大によるインフレ見通しの下方圧力に対抗するという観点から柔軟に購入を実施する
    • 理事会は、実施期間・資産クラス・国構成に関して柔軟に購入を行うことで、円滑に金融政策が伝達するよう支える
    • PEPPは良好な資金調達環境が維持される場合は総額を利用する必要はない。平等に、必要があれば枠(増額)の再調整を行う
       
  • PEPP元本償還分の再投資の実施(変更なし)
    • PEPPの元本償還の再投資は少なくとも2023年末まで実施する
    • 将来のPEPPの元本償還(roll-off)が適切な金融政策に影響しないよう管理する
       
  • 資産購入プログラム(APP)の実施(変更なし)
    • 月額200億ユーロの購入を実施
    • 毎月の購入は、緩和的な政策金利の影響が強化されるまで必要な限り継続
    • 政策金利の引き上げが実施される直前まで実施
       
  • フォワードガイダンス(変更なし)
    • インフレ見通しが、見通し期間において2%に十分近いがやや下回る水準へと確実に収束し、かつ、インフレ動向に一貫して反映されるまで、政策金利は現行水準もしくはより低い水準を維持する
       
  • 十分な流動性供給の実施(文言の変更、政策の変更なし)
    • リファイナンスオペを通じて十分な流動性供給を継続
    • TLTROⅢによる資金は、企業・家計への貸出支援に重要な役割を果たしている
       
  • 追加緩和へのスタンス(変更なし)
    • インフレが目標に向け推移するよう、必要に応じ、すべての手段を調整する準備がある
       

4.記者会見の概要

政策理事会後の記者会見における主な内容は以下の通り。

 
  • 本日の理事会には欧州委員会のドンブロウスキス副委員長も出席した
 
(冒頭説明)
  • 1-3月期の落ち込みの後、ユーロ圏経済は感染状況の改善とワクチン接種の著しい進展によって徐々に再開している
    • 最新データはサービス業活動の回復と活発な製造業生産の継続を示している
    • 経済活動は今年4-6月期には、さらなる封じ込め政策の緩和に伴って加速するだろう
    • 消費の活発化と世界的な需要の強さ、緩和的な財政・金融政策が回復を後押しする重要な要因となるだろう
    • 同時に、不確実性は残っており、短期的な見通しは、感染拡大や制限緩和後の経済の反応に依存する
    • インフレ率は、主にベース効果、一時的要因とエネルギー価格の上昇によって、ここ数か月は上昇している
    • インフレ率は4-6月期にさらに上昇し、その後、これらの要因が解消されるにつれて低下するだろう
    • 最新のスタッフ経済見通しは見通し期間におけるインフレ基調が徐々に加速することを示しているが、経済の弛み(slack)は見通し期間において、一部しか解消されないためインフレ基調の弱さは残るだろう
    • ヘッドラインインフレ率は見通し期間において、目標を下回った状況が続くだろう
       
  • パンデミック期間中に良好な資金調達環境を維持することは、不確実性の軽減と景況感の改善によって経済活動を支え、中期的な物価安定を守るために引き続き重要である
    • 3月の理事会以降、企業および家計の資金調達環境は引き続き広く安定している
    • しかしながら、市場では金利のさらなる上昇が見られる
    • この上昇は、経済見通しの改善を一部反映したものだが、上昇が持続すれば、広く資金調達環境が引き締まり、経済全体に影響を及ぼす可能性もある
    • このような引き締めは時期尚早であり、景気回復とインフレ見通しへのリスクとなり得る
       
  • 上記のような背景から、十分な金融緩和姿勢を続けることを再確認した
    • (金融政策の具体内容は上記第3節記載の通り)

(経済分析)
  • ユーロ圏の実質GDPは1-3月期には0.3%減少し、経済活動水準はコロナ禍前の19年10-12月期と比較して5.1%低い
    • 企業・家計の景況感調査、高頻度データは、4-6月期の経済活動の相当な改善を示唆している
       
  • 企業景況感調査は感染者数の減少に伴って、サービス活動の力強い回復を示しており、接触型活動は緩やかに正常化に向かうだろう
    • 製造業生産は引き続き堅調で、世界経済の需要の強さにより支えられているが、短期的には供給制約が生産活動にとってやや逆風となる可能性がある
    • 消費者景況感は強く、今後の個人消費の強い回復を示唆している
    • 財務状況は悪化しており先行きの経済に対する不透明感があるものの、設備投資は回復力を示している
       
  • 21年後半はワクチン接種の進展により、さらなる封じ込め政策の緩和が可能になることで、引き続き強い回復が見られると予想している
    • 中期的なユーロ圏経済は、引き続き金融・財政政策に支えられつつ、世界需要および域内需要の強さによってけん引されることが期待される
       
  • こうした評価は6月のスタッフ経済見通しのベースラインシナリオに広く反映されている
    • 実質成長率は21年4.6%、22年4.7%、23年2.1%を予想し、前回3月の見通しと比較すると、21年と22年は上方修正、23年は変わっていない
       
  • 全体としては、ユーロ圏経済の見通しを取り巻くリスクは、総じて中立的(balanced)と見ている
    • 一方では、世界需要の高まりと、社会・旅行制限の緩和による予想を上回る家計貯蓄の取り崩しによって、経済が強く回復することが予想される
    • もう一方では、変異株の流行を含む感染拡大の継続が、経済や資金調達環境に及ぼす影響が引き続き下方リスクとなっている
       
  • ユーロ圏のインフレ率は、3月に前年比1.3%、4月1.6%、5月2.0%と上昇している
    • この上昇は、主に月次の価格上昇とベース効果の双方による、エネルギー価格上昇率の急加速および、寄与は小さいが非エネルギー財価格がやや上昇したことによる
    • ヘッドラインインフレ率は主にドイツの一時的な付加価値税(VAT)引き下げが終了したことの影響を反映して秋にかけてさらに上昇する見込みである
    • インフレ率は来年には一時的な要因が解消され、世界的なエネルギー価格も安定することから、再度低下することが見込まれる
       
  • インフレ圧力の基調は、一時的な供給制約と世界経済の回復によって、今年はやや増加するだろう
    • しかし、総じて見れば、賃金上昇圧力の弱さや経済の弛み(slack)が大きいこと、為替相場の増価(ユーロ高)を反映して、インフレ基調は弱さが残るだろう
       
  • この評価は6月のスタッフ経済見通しのベースラインシナリオに広く反映されている
    • インフレ率は21年1.9%、22年1.5%、23年1.4%を予想し、3月の見通しと比較すると、21年、22年を主に一時的要因とエネルギー価格上昇により上方修正し、23年はインフレ基調の高まりとエネルギー価格の低下が釣り合うために変わっていない
    • エネルギーと食料品を除くHICPインフレ率(コアインフレ率)は21年1.1%、22年1.3%、23年1.4%で3月の見通しと比較して見通し期間にわたって上方修正している
       
  • 感染拡大の影響が剥落し、需給の大きな弛み(slack)が解消すれば、緩和的な金融・財政政策に支えられ、中期的な物価上昇圧力が高まるだろう
    • サーベイ・市場観測による長期的インフレ期待は低水準にとどまっているが、市場観測のインフレ期待は引き続き上昇している
 
(金融分析)
  • M3伸び率は、2月の12.3%、3月の10.0%に続き、4月には9.2%となった
    • 3月・4月の減速はコロナ危機の当初の資金流入急増による影響が前年比の部分から剥落するという大きなマイナスのベース効果による部分がある
    • また、感染状況の改善により流動性需要が低下し、家計・企業の預金需要が弱まっているという短期的な資金需要の安定も反映している
    • ユーロシステムの継続的な資産購入は、最も通貨を創造している要因となっている
    • 減速は見られるものの、狭義通貨(M1)が引き続き広義通貨の伸びをけん引している
    • これは、以前として高い金融部門における流動性選好や、流動性高い通貨を保有することの機会費用が小さいことと整合的である
       
  • 民間部門への貸付は2月の前年比4.5%から3月は3.6%、4月は3.2%と低下した
    • 非金融部門向けと家計向けで異なった動きであったが、全体は減速している
    • 非金融法人向け貸付は、2月の前年比7.0%から、3月5.3%、4月3.2%と低下した
    • これは、大きなマイナスのベース効果と一部4月よりも3月に貸付が前倒しでされる効果を反映している
    • 家計向け貸出伸び率は、2月は3.0%から3月3.3%、4月3.8%と上昇しており、月次の貸出が伸びている面とプラスのペース効果に支えられている
       
  • 総じて、我々の政策手段は、各国政府・欧州機関による政策とともに、特にコロナ禍の影響を大きく受けた人たちにとって、引き続き銀行の貸出環境と資金調達を支える重要な要素となるだろう
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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