2025年10月17日

「SDGs疲れ」のその先へ-2015年9月国連採択から10年、2030年に向け問われる「実装力」

生活研究部 准主任研究員 小口 裕

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■ 経済・雇用領域―成長と実感のギャップをどう埋めるか

この領域は、働く場を増やし、仕事の質を高め、生産性を底上げするためのゴール群で構成される。企業経営でいえば、中期的な成長戦略や人への投資に相当するが、雇用の安定や人材育成、技術導入、設備投資など、企業の競争力向上を通じて、「稼ぐ力」を社会全体に広げていくことが課題となる。都市やインフラ、資源・エネルギーの改善と結びつくほど波及効果が大きい政策領域とも言える。

6 |ゴール8:働きがいも経済成長も ― 成長の「実感」をどう取り戻すか
ゴール8は、経済成長・雇用・生産性・働きがいなどの「経済・雇用」領域が基軸となる。制度面ではガバナンス(労働法制・競争政策)、資源・エネルギー(効率化・制約対応)、国際協力(投資・観光・貿易)が周辺を支え、量的拡大と、働きやすさや人材投資の質の向上を狙う多層的なターゲット群となっている(数表6-2)。
数表6-1:目標達成状況/数表6-2:SDGsターゲットの領域別該当
VNR報告書の達成度評価によれば、達成1項目、改善5項目、後退2項目となり、全体として達成・改善が優位な結果となった(数表6-1)。達成は「ウェルビーイング」領域(1項目)、改善は「経済・生産性・雇用」領域(5項目)で見られたが、後退は「ウェルビーイング」領域(労働災害発生率[8.8.1])と「国際協力・外部性(ODA・貿易・国際制度・越境)」領域(対外政府開発援助額[8.a.1])の2項目である。

報告書の分析によると、雇用や賃金面では改善が優勢であるものの、産業や地域間でばらつきが残り、全体の停滞感が指摘されている。たとえば、政府はR&D投資総額30兆円(5年)、GX(グリーントランスフォーメーション)で官民150兆円投資を掲げ、イノベーションと脱炭素を成長軸に据えるが、商業化やユニコーン企業の創出は依然として遅れている。

また、働き方改革による長時間労働の是正や柔軟な勤務制度の導入が就労環境の改善を進め、観光需要の回復が地域経済の再生を支えているが、こうしたマクロの改善が必ずしも生活実感に結びついていない点は、今後の課題として残るとされる。
7 |ゴール9:産業と技術基盤―成長の裏で問われるインフラの持続可能性
ゴール9は、インフラ整備、持続可能な産業化、イノベーション促進の3本柱から構成される。政策的には「経済・雇用」が中核にあり、それを「都市インフラ」「資源・エネルギー」「国際協力」が連携して支えるターゲット群で構成される。国内産業の競争力強化を軸に、インフラ整備、エネルギー効率化、国際的な技術展開が多層的に進む点が特徴となる(数表7-2)。
数表7-1:目標達成状況/数表7-2:SDGsターゲットの領域別該当
VNR報告書の達成度評価によれば、改善が6項目にのぼり、後退項目はなく、全体として前進が優位と評価された。改善項目の内訳は、「経済・生産性・雇用」領域(3項目)、「都市・地域インフラ(交通・住まい・廃棄物・上下水道・デジタル)」領域(1項目)、「資源・エネルギー・気候」領域(1項目)、「国際協力・外部性」領域(1項目)であり、とりわけ「経済・生産性・雇用」領域での改善が目立つ(数表7-1)。

報告書の分析によると、マクロでは名目GDPや実質成長率の上昇、失業率の改善、国土強靭化や研究開発の推進など、着実な成果の積み上げが見られる。国際的にもインフラ輸出の拡大が進み、ポジティブな評価を支えた要因となった。一方で、老朽化インフラの更新をいかに平準化するか、災害リスク対応における地域間格差をどう埋めるかといった大きな課題が依然として残る。
■ 都市インフラ領域―まちの安全から、暮らしの豊かさへ
この領域は、移動、住まい、安全、公共空間など、暮らしの器を整える領域である。使いやすい交通、災害に強い街区、歩きやすいまち、仕事と住まいの距離の最適化など、日常の使い勝手を高めることを目的とするゴール群で構成される。企業でいえば、現場や物流の効率化、オフィス環境の最適化に相当すると言えるだろう。都市計画を通じて健康やレジリエンス、資源循環に外部効果をもたらすことから、点ではなく線・面で整えることで、他領域の成果を引き出す基盤に繋がる領域である。

8|ゴール11:住み続けられるまちづくりを―防災と生活、持続性のカギは現場力
ゴール11は、都市インフラ・レジリエンス・ガバナンスを中核に、デジタル活用、地域交通、観光政策といった周辺領域が支えるターゲット群で構成される。防災・減災といったハード整備に加え、制度設計や住民参加といったソフト施策が組み合わされ、まちの安全性と包摂性を同時に高めながら、暮らしのインフラ全体を維持・再設計することを目的とする(数表8-2)。
数表8-1:目標達成状況/数表8-2:SDGsターゲットの領域別該当
VNR報告書の達成度評価によれば、達成3項目・改善2項目・後退1項目となり、着実な前進が見られる(数表8-1)。内訳は、「レジリエンス&リスク管理(防災・公衆衛生危機等)」領域(達成2項目、改善1項目、後退1項目)、「資源・エネルギー・気候」領域(達成1項目)、「都市・地域インフラ」領域(改善項目)である。後退は「災害による死者・行方不明者(11.5.1)」が該当する。

報告書の分析によれば、「防災・強靭化では成果が顕著だが、交通や生活の持続性では地域差が大きい、という構図が浮かぶ。防災・減災インフラの整備や制度更新では前進が見られる一方で、地域交通、住宅、生活サービスの分野では停滞や後退も残る。

特に、人口減少や高齢化が進む地域では、交通や生活サービスの撤退に伴い、移動や避難機会に格差が生じている。また、避難所運営や復旧現場におけるジェンダーや障害者対応の均質化が進んでいないなど、「制度は整ったが現場対応力が追いついていない」状況が課題として指摘されている。
■ 資源・エネルギー・気候領域―「整備から持続へ」の転換期
この領域は、水やエネルギーを無駄なく使い、環境負荷を抑えながら、気候変動に対応することを目的としたゴール群で構成される。安全な水の確保、再エネと省エネの推進、資源循環、化学物質の適正管理など、限られた資源を効率的に回す仕組みが中心となる。企業でいえば、ユーティリティコストと環境リスク管理を担い、調達から利用、廃棄までのプロセスを横断的に整える領域である。

9|ゴール6:安全な水と衛生をすべての人に―インフラをつくる時代から、持続させる時代へ
このゴールは、「都市インフラ」「資源・気候」「自然資本」「ガバナンス」「国際協力」など幅広い政策領域が含まれる。都市部の上下水道整備、水質保全、流域連携による水循環の最適化、さらに発展途上国への水・衛生支援までを包括するターゲット群で構成されており、インフラ整備と制度運用の両輪で水の持続性を追求する点が特徴である(数表9-2)。
数表9-1:目標達成状況/数表9-2:SDGsターゲットの領域別該当
VNR報告書の達成度評価によれば、改善3項目・後退1項目となり、全体として着実な前進が見られた(数表9-1)。改善は「都市・地域インフラ(交通・住まい・廃棄物・上下水道など)」領域の3項目である一。方、「国際協力・外部性」領域では、水・衛生支援(6.a.1)においてわずかな後退が見られる。

報告書の分析によると、日本は世界的にも高水準の飲料水アクセスを維持し、上水の安全性も安定している。しかしその一方で、湖沼の有機汚濁や地下水の汚染など、局所的な環境指標の遅れが指摘されており、老朽化したインフラの更新が新たな課題となる。

また、能登半島地震での広域断水や処理施設の停止が示したように、災害時の脆弱性や、人口減少・高齢化によって小規模自治体で水道事業の持続性が揺らぎつつある点も課題として挙げられている。
10|ゴール7:エネルギーをみんなに、そしてクリーンに―効率」と「安定供給」の両立を探る移行期
ゴール7は、「資源・エネルギー・気候」を中核に、「国際協力」がそれを補完するターゲット群で構成される。国内では、再生可能エネルギーの普及や省エネ推進が中心課題であり、これに電力インフラ整備や分散型エネルギーの導入が重なる。一方、国外では、技術移転などの国際協力が重要な柱を担う(数表10-2)。
数表10-1:目標達成状況/数表10-2:SDGsターゲットの領域別該当数
VNR報告書の達成度評価によれば、達成1項目・改善3項目・後退1項目となり、全体として前進が優勢な領域とされた(数表10-1)。内訳を見ると、「資源・エネルギー・気候」領域で達成1項目・改善2項目、「国際協力・外部性」領域で改善1項目・後退1項目。後退は「クリーンエネルギー研究開発投資(7.a.1)」である。

報告書の分析によると、日本の再生可能エネルギー比率は2010年代以降拡大を続け、2022年度には電源構成の2割強に達している。再エネ導入の拡大や省エネ法に基づく効率改善が成果を支えた一方で、電力供給の安定確保や系統整備などの課題も残るとされる。
11|ゴール12:つくる責任 つかう責任―行動変容を支える「仕組みの設計力」が問われる
このゴールは、「資源・エネルギー・気候」と「ガバナンス」を軸としたターゲット群で構成される。法制度、ガイドライン、認証制度を通じて、廃棄物管理からサプライチェーン全体の効率化、さらにエシカル消費(倫理的消費)の普及までを包含し、自治体・企業・消費者といった幅広いプレイヤーの行動を方向づける。言わば、経済循環と社会価値創造の両立を目指す政策領域と言える(数表11-2)。
数表11-1:目標達成状況/数表11-2:SDGsターゲットの領域別該当数
VNR報告書によれば、達成2項目・改善2項目となり、後退は見られず、全体として前向きな進展が確認された(数表11-1)。内訳は、「公正・ガバナンス」領域(達成1項目)、「資源・エネルギー・気候」領域(改善1項目)、「国際協力・外部性」領域(改善1項目)である。

報告書の分析によると、食品ロス削減目標の前倒し達成など、資源循環が推進されており、生産・流通・販売の最適化も進展している。また、消費者の間にも、食材の使い切りや持ち帰りといった、小規模ながらも実践的な行動変容が着実に広がりを見せる。その一方で、エシカル消費やサステナブル商品への理解・購買行動は限定的であり、社会的成熟には十分に至っていない点が課題とされる。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年10月17日「基礎研レポート」)

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生活研究部   准主任研究員

小口 裕 (おぐち ゆたか)

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

経歴
  • 【経歴】
    1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事

    2008年 株式会社日本リサーチセンター
    2019年 株式会社プラグ
    2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所

    2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
    2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
    2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
    2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員

    【加入団体等】
     ・日本行動計量学会 会員
     ・日本マーケティング学会 会員
     ・生活経済学会 准会員

    【学術研究実績】
    「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
    「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
    「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
    「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
    「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
    「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)

    *共同研究者・共同研究機関との共著

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