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2025年10月15日

「生活の質」と住宅価格の関係~教育サービス・治安・医療サービスが新築マンション価格に及ぼす影響~

金融研究部 上席研究員 吉田 資

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1.はじめに

コロナ禍を契機にテレワークが急速に普及し、在宅時間が増えたこと等を背景に、人々の間で「生活の質(Quality of Life)」への関心が高まっている1。内閣府「満足度・生活の質に関する調査」によれば、「生活の質」は、「家計と資産」、「雇用と賃金」、「仕事と生活(ワークライフバランス)」等、およそ11の要因によって決まると考えられている(図表-1)。また、コロナ禍以降に、これらの要因の改善に取り組んだことで、「生活の質」が向上したとの調査結果2も報告されている。
図表-1 「生活の質」の決定要因
上記の「生活の質」の決定要因のうち、「教育水準と教育環境」(教育)、「身の回りの安全」(治安)、「健康状態」(医療)は、住居選択にも大きな影響を及ぼしているようだ。

「教育」と「治安」に関して、リクルート「2024年関西圏新築マンション契約者動向調査」によれば、「住まい探しで求めた暮らし方のイメージ」をたずねたところ、「日々の生活がしやすい(41%)」や「仕事や通勤に便利(34%)」と並んで、「子育て・教育がしやすい(29%)」や「安全な暮らしができる(17%)」との回答が上位に挙がっている(図表-2)。また、アットホーム「学区情報に関する調査」では、ファミリー・夫婦世帯の8割以上が住まい探しの際に「学区情報」を重視していると報告している。さらに、同社の「住まい探しと防犯意識の実態調査」によれば、引越し時に周辺の治安状況を確認している人は半数を超えている。

「医療」についても、高齢化の進展に伴い、住居選択に与える影響が拡大している。前述のリクルート社の調査によれば、新築マンション購入世帯のうちシニアカップル世帯の割合は、2010年の4%から2024年には10%へと倍増している。内閣府「令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査」によれば、「住まいや地域の環境について重視すること」として、「医療や介護サービスなどが受けやすいこと」を挙げた回答が最も多く、約6割を占めている。

こうした背景から、「生活の質」に関わる「教育」、「治安」、「医療」に関連する情報が、不動産取引にどのような影響を及ぼすのかを把握することは重要だと考えられる。そこで本稿では、大阪市を対象に、地域の「教育サービス」・「治安」・「医療サービス」が新築マンション価格に与える影響について分析する。
図表-2 住まい探しで求めた暮らし方のイメージ(上位10位)
 
1 カバーマーク「QOL(生活の質)に関する調査」によれば、コロナ前後を比べ、「QOLを向上させたいと思う意識が高まった」との回答は、39%を占めた。
2 SOMPOインスティチュート・プラス「生活様式の変化に関するアンケート調査」によれば、友人との飲み会への参加等、コロナ禍前より社会とのつながりを増やした人は生活の満足度が高いとのことである。

2.「生活の質」と住宅価格の関係

2.「生活の質」と住宅価格の関係

2-1.分析対象
本章では、「生活の質」と住宅価格の関係について考察する。具体的には、「生活の質」に関わる「教育サービス」・「治安」・「医療サービス」に関する情報が、新築マンション価格にどのような影響を及ぼしているのかを分析する。

新築マンションの購入検討者が、「教育サービス」に関する情報を考慮している場合、高い「教育サービス」を享受できる地域に所在するマンションの価格は高くなると考えられる。同様に、「治安」が良い地域や、良い「医療サービス」を享受できる地域に所在するマンションの価格も高くなると考えられる。
2-1-1.「住宅価格」のデータ
本稿の分析では、大阪市に所在する新築マンションを対象とする。具体的には、2023年から2024年に竣工した新築マンションの物件データを用いて分析を行う。物件データの基本統計量は下図の通りである(図表-3)。
図表-3 データの基本統計量
2-1-2.「生活の質」のデータ
(1)「教育サービス」
「教育サービス」に関するデータは、文部科学省「全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)」の結果を用いた。「全国学力テスト」は、全国の児童生徒の学力状況を把握することを目的として、小学校6年生と中学校3年生を対象に、2007年より実施されており、国語、算数・数学、理科(中学生は英語の年度もあり)の学力テストが行われている。本稿では、全国学力テストの平均正答率を、地域の「教育サービス」水準を表すデータとして採用した。
 
(2)「治安」
「治安」に関するデータは,大阪府警察「犯罪オープンサイト」の犯罪発生情報を用いた。「犯罪オープンサイト」は、大阪府で発生した犯罪(ひったくり・車上ねらい・部品ねらい・自動販売機ねらい・自動車盗・オートバイ盗・自転車盗)の情報が掲載されている。本稿では、町丁目毎に犯罪件数を集計し、町丁目の面積で除した値を、地域の「治安」水準を表すデータとして採用した。
 
(3)「医療サービス」
「医療サービス」に関するデータは、国土交通省「国土数値情報」に掲載されている医療機関データを用いた。本稿では、当該物件の半径1㎞圏内に所在する医療機関数(「病院」および「一般診療所」の件数)を、「医療サービス」水準を表すデータとして採用した。
2-2.分析手法
分析手法は、地価分析などの不動産市場分析で多く用いられるヘドニック・アプローチを採用した。この考え方に基づき、以下の推定式を構築し、「教育サービス」・「治安」・「医療サービス」が新築マンション価格に及ぼす影響を推定した。
推定式
2-3.分析結果
「生活の質」に関わる「教育サービス」、「治安」、「医療サービス」はいずれも新築マンション価格に対し、統計的に有意な影響を与えていることが分かった(図表-4)。以下、分析結果について考察する。
図表-4 推定結果
図表-5 推定結果の解釈
(1)「教育サービス」
新築マンション価格は、最寄り(通学学区)の小学校における学力テストの平均正答率が1%高い場合、約0.5%高くなることが示唆された(図表-4、5)。アメリカのボストン郊外を調査対象とした先行研究3では、学校の成績が5%上昇した場合、住宅価格は2.5%上昇するとの結果を報告されており、本稿の分析結果と整合する。

大阪市における学力テスト結果の公開と人口流入の関係に関する研究4では、学力テストの結果が転入者の居住地選択に利用されており、大阪市の人口動態に影響を与えていると報告されている。

また、大阪市では、2019年度からすべての区で「学校選択制5」が導入されている。文部科学省が実施した学校選択制に関する調査によれば、「学校選択制により、保護者の学校教育への関心が高まった」との回答は約3割を占めた。このような教育への関心の高まりが、新築マンションの価格形成にも影響を与えていると考えられる。
 
3 Black, S. E. (1999) “Do better school matter? Parental valuation of elementary education” The Quarterly Journal of Economics pp.577-599
4 中西 広大(2019)「大阪市における学力テスト結果公開と人口流入 : 小・中学校における学校選択制の検討から」『都市文化研究』 Vol.21,66-79
5 保護者や子どもの希望により、住所地で定められた通学区域に基づく「指定校」以外の学校を選べる制度。居住する区内の全ての学校から選択が可能な「自由選択制」や、通学区域または隣接する校区の小学校から選ぶ「隣接区域選択制」、中学校区内の小学校から選ぶ「ブロック選択制」等、区により形態が異なる。通学区域に居住する生徒の入学が優先される行政区が多い。
(2)「治安」
新築マンション価格は、地域の犯罪発生件数(1haあたり)が1件増加した場合、約▲2.1%下落することが示唆された(図表-4、5)。

大阪市の刑法犯認知件数は、約6.3万件(2014年)から約3.1万件(2021年)へと半数以下に減少した後、増加に転じており、約4.0万件(2024年)となった(図表-6)。また、HOME ALSOK研究所「全国治安ワーストランキング2024」によれば、大阪府は刑法犯遭遇率および刑法犯検挙率がワースト1位、刑法犯認知件数がワースト2位となっている。こうした状況を受けて、居住地選択において治安への関心が高いことが伺われる。
図表-6 大阪市 刑法犯認知件数の推移
(3)「医療サービス」
新築マンション価格は、当該物件から1㎞圏内にある医療機関の数が1件増加した場合、約0.1%上昇することが示唆された(図表-4、5)。

横浜市の公示地価を対象とした先行研究6では、1㎞圏内にある医療機関の数が1件増加した場合、地価が約0.2%上昇するとの結果が報告されており、本稿の分析結果と概ね整合する。

大阪府「新型コロナウイルス感染症の影響に関する府民アンケート」によれば、「興味関心が高まったものや不安を感じていること」をたずねた所、「健康(54%)」との回答が最も多く、過半数を占めた。また、ドクターズ・ファイル「患者のクリニック選びに関する調査」によれば、「病院に受診する際に比較検討する」との回答が約7割を占めた。

このように、コロナ禍以降、健康への関心が高まり、受診可能な医療機関の選択肢を増やしたいという意向が強くなったことが、新築マンションの価格形成にも影響を与えていると考えられる。
 
6 菅原 琢磨(2009)「「地価情報を用いた地域医療システムの価値評価-ヘドニック法による地域社会の「安心」の測定-」」『医療経済研究』 Vol.21,115-135

3.おわりに

3.おわりに

本稿では、「生活の質」に関わる「教育サービス」、「治安」、「医療サービス」が新築マンション価格に対して統計的に有意な影響を及ぼすことを確認した。

コロナ禍以前の住まい選びは、都心へのアクセスの良さ等、交通利便性を重視する傾向にあった。しかし、コロナ以降のテレワークの急速な普及により通勤時間に対する考え方が変化し7、住まい選びの基準も多様化している。「生活の質」に関する関心が高まるなか、今後は不動産取引において「教育サービス」、「治安」、「医療サービス」に関する情報の重要性が増し、新築マンション価格に及ぼす影響が大きくなる可能性がある。

森記念財団都市戦略研究所が、経済や住みやすさなど都市を多角的に評価した「日本の都市特性評価8」によれば、大阪市は5年連続で首位を維持している。「経済・ビジネス」や「交通・アクセス」の項目の評価が高い一方、「安心・安全」と「健康・医療」の項目は偏差値50を下回るなど低い水準にとどまっている。こうした状況を踏まえ、大阪市は、2025年に「大阪市未来都市創生総合戦略」を策定し、KPIとして、「全国学力・学習状況調査における平均正答率の対全国比」、「街頭犯罪等の認知件数」、「健康寿命」を設定した。今後、大阪市は「教育サービス」、「治安」、「医療サービス」の向上に積極的に取り組むことが期待され、住宅市場への影響についても注視する必要がありそうだ。
 
7 アルヒ株式会社「住宅購入検討者に対し「コロナ禍を経た街選びと家選びの実態調査」を実施~ワークスタイルが柔軟になり、通勤時間に対する考え方が多様化~」(2023年6月22日)
8 東京23区を除く136都市が対象。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年10月15日「不動産投資レポート」)

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金融研究部   上席研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所
     2025年7月より現職

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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