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女性とリスキリング~男性より大幅に遅れ、過去の経験不足の影響も~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
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3――女性のリスキリング率の低さの原因に関する考察
ここからは、女性のリスキリングと学び直しの実施割合が男性よりも低いことについて、考えられる要因を、統計データと先行研究を基に考えたい。一つ目は、2の繰り返しになるが、女性の方が非正規雇用で働く割合が大きいことである。総務省「労働力調査」(2024年)によると、雇用者のうち非正規雇用で働く人の割合は、男性が24.0%に対して女性は64.3%と高い。リスキリングも学び直しも、正社員よりも非正社員の方が、実施率が低いため、結果的に実施状況に差が開いていると考えられる。
これは、企業は正社員に対しては、無期雇用を前提としているため、スキルを向上させ、必要に応じて配置換えを行い、組織に貢献してもらうことを前提にマネジメントを行っているが、非正規雇用の従業員に対しては、臨時的・短期的、または補助的な仕事をしてもらうために雇っていることが多いため、新たなスキルを持つ人材が必要になったときには、非正規雇用の労働者をリスキリングするよりも、別途、そのスキルを持つ人材を雇い入れようと想定しているからだと考えられる。
しかし、2で見たように、正社員同士を比べても、女性の方が男性よりもリスキリングの実施割合が小さい点は注意すべきだろう。
そこで、正社員同士であってもリスキリング実施率に差が生じる理由として、考えられることを挙げると、まず役職の違いがある。
上述の職業能力開発調査に戻ると、役職によって、リスキリング実施率に差がみられる。「役職は特になし」のうちOff-JTを受講したのは30.2%であるのに比べて、「係長、主任、課長相当職」、「課長相当職」、「部長相当職」はいずれも50%前後となっており、役職者の方が、受講率が高い。
実際に図表2を見ても、具体的なOff-JTの内容には、管理職の新規登用者に向けた研修や、在任中の管理職に対するマネジメント研修の実施率が3~4割を占めており、役職が上がることが、管理業務等のOff-JTを受講する機会となっていることが分かる。
これに対して、厚生労働省の「令和6年賃金構造統計調査」を用いて試算すると、雇用期間の定めがない労働者のうち、係長級を含む役職者の割合は、男性が31.5%に対して、女性が13.7%にとどまっているため、結果的に、女性がOff-JTを受ける機会が少ないと考えられる。
雇用形態と役職だけではなく、職業や職務の男女差も、リスキリング実施率に男女差を生じる要因の一つになっていると考えられる。職業能力開発調査によると、Off-JTの受講割合は、担当する業務によっても差がある(図表5)。全体では、Off-JTを「受講した」と回答した人の割合は37.0%だが、「管理的な仕事」の人だと52.5%と過半数を超えている。また「保安の仕事」(47.0%)、「専門的・技術的な仕事」(45.3%)、「生産工程の仕事」(40.0%)でも平均を上回っている。
専門職や技術職、生産工程の仕事などでは、ハイレベルの知識を習得したり、新たな技術を取り入れたりしていくことが必要であり、企業側が研修を提供する機会が多いためだと考えられる。しかし、これらの管理的な仕事や、生産工程の仕事に就いている労働者数は、男性よりも女性の方が少ない。総務省の「労働力調査」(2024年)によると、職業が「管理的職業従事者」の人は男性が104万人に対して女性が20万人、「生産工程従事者」は男性が604万人に対して女性が260万人となっている。
なお、女性の職業トップ3は「事務従事者」(861万人)、「専門的・技術的職業従事者」(636万人)、「サービス職業従事者」(575万人)であるが、このうち事務やサービスの仕事では、リスキリングの実施率が平均を下回っている(図表5)。
1から3までに挙げた点は、職場が女性に対するリスキリングの提供機会が少ない企業側の論点だが、四つ目に挙げるのは、個人側の論点である。すなわち、キャリア再構築に対する意識に関しては、女性の方が男性よりも低いため、仮に企業が機会を提供しても、女性の受講が少ない、というような問題である。
リスキリングの男女差に着目した先行研究は少ないが(そもそも、女性のリスキリングに関する研究自体が少ないのだが)、パーソル総合研究所の小林祐児氏は、男女別に分析を行っている。
リスキリングの具体的な順序として、新しいスキルを取り入れる心理的土壌を作るために、働く人自身が、手慣れている過去のやり方を意識的に棄却すること、すなわち「アンラーニング」が重要だと言われているが、小林氏の調査によると、このアンラーニングの経験が、女性、特に中高年女性は低いという(図表6)。
中高年女性の職務範囲が狭く、経験値が比較的小さい傾向があることについては、筆者もたびたび指摘してきた2。そして、筆者らの研究では、職場で様々な経験がある女性の方が、管理職希望が強いなど、過去の職務経験とキャリアアップへの意欲は関連していることを指摘してきた3。
しかし、小林氏の研究は、過去の職務経験不足は、単にキャリアアップへの意欲を阻害するだけではなく、自身の能力の限界に対する「気付き」を得る機会を逸失することによって、ミドル期以降に職場で新たな職務に挑戦したり、定年後にキャリアチェンジしたりすることへの障害になる可能性があることを示唆している。
現在の中高年女性の職務経験の範囲が狭いことについては、職場の男女差別が大きかった時代に、企業が女性に対する育成を後回しにしたためであり、過去の問題だと捉えている方もいるかもしれない。しかしながら、過去の経験不足により、現在に至るまで、社会の変化や、経営環境の変化を感知する力が磨かれず、「古い仕事の仕方を続けていても、役に立たなくなる」という危機感、切迫感を覚えられない、ということが考えられる。
図表3でみたように、「自分の目指すべきキャリアが分からない」と考えている女性が男性より多いという事実も、これまでの女性の経験不足と関連があるのではないだろうか。
1 小林祐児(2023)『リスキリングは経営課題 日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)
2 坊美生子(2024)「『中高年正社員』に着目したキャリア支援~『子育て支援』の対象でもなく、『管理職候補』でもない女性たち~」(基礎研レポート)。
3 一般社団法人定年後研究所・ニッセイ基礎研究所(2023)「中高年女性の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~「一般職」に焦点をあてて~」。
4――おわりに
しかし現状では、女性は企業主導のリスキリングも、個人による主体的な学び直しも、男性に比べて大きく遅れていることが、明白になった。この要因には、男女の雇用形態や役職、職務の違いが関連していると考えられるほか、過去の職務経験の違いが、現在における意識の差を生んでいる可能性があると述べてきた。
このような状況を改善するためには、まずは企業側が、リスキリングの実施状況に男女差がある事実を受け止めて、今後は、男性にも女性にもリスキリングの機会を広く提供し、人材として活用していく姿勢をもってほしい。現時点で女性の参加意欲が低い場合には、安易にリスキリングの対象から外すのではなく、本人の「限界認知」に代わるような動機付けをして、これまでの経験不足を補うように、丁寧な教育を行ってほしい。リスキリング後に、新しいスキルを活かした職務に配置換えをする際にも、成果を出させるために、女性たちの実践不足をフォローしたり、不安解消に取り組んだりすることが必要になるだろう。
女性自身もまた、長く働き続けて安定した報酬を得るためには、いつかはリスキリングが必要になることを認識し、勇気を出して、これまでとは違う仕事にチャレンジしてほしい。現時点では、職場での業務が忙しく、必要性を感じていない女性も、役職定年などに到達すると、突然、これまでの役割や職務を失う場合もある。またライフステージが上がり、シニアになれば、就ける職業や職務が変わるため、職業訓練が必要になる場合もあるだろう。
図表3でみたように、今は家庭の事情で時間がないという女性も多いと思うが、時期が変われば、突然、自分の時間が増える日はやって来るかもしれない。リスキリングや学び直しを無関係のことと思わずに、女性自身の職業生活を充実させるために、視野に収めておいてほしい。
(2025年09月10日「基礎研レポート」)
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03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
2023年度~ 和歌山市「有吉佐和子文学賞」意見聴取員
坊 美生子のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/09/10 | 女性とリスキリング~男性より大幅に遅れ、過去の経験不足の影響も~ | 坊 美生子 | 基礎研レポート |
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