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2025年08月28日

東証の上場維持基準の適用が本格化~基準未達企業の対応状況~

金融研究部 研究員 森下 千鶴

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5――基準未達企業の対応状況

上場維持基準を下回った企業は、上場廃止を回避するために様々な対応を迫られる。企業が選択し得る対応状況は大きく分けて4つの方向性に整理できる。

(1)上場維持基準への適合
最も基本的な対応は、本来の上場維持基準を満たすべく経営改善を進めることである。具体的には、業績の向上を通じた時価総額や純資産の拡大、コーポレートガバナンス体制の強化、さらには株主還元の充実を通じて投資家の評価を高め、流通株式時価総額や株価水準を引き上げる取り組みが挙げられる。

(2)市場区分の変更
次に、基準未達の内容によっては、より緩やかな基準が設定されている市場区分への移行を選択する企業も想定される。特に、プライム市場の基準を下回った企業によるスタンダード市場への移行が典型例である。実際、プライム市場の基準未達企業67社のうち63社はスタンダード市場の基準に適合している。また、グロース市場で時価総額基準を満たさない26社のうち14社がスタンダード市場の基準に適合していた。このことは、多くの企業にとって市場変更が上場廃止回避の有力な選択肢であることを示している。ただし、市場区分の変更はおよそ半年の期間を要するため、自社の状況や経営戦略を踏まえ、早めの判断と準備が必要である。また、市場区分ごとの特徴や自社との相性を十分に見極めることも欠かせない。

(3)他取引所への重複上場
第三の対応策として、東京証券取引所に上場しつつ、名古屋・札幌・福岡といった地方取引所に重複上場する手段がある。地方取引所は東証に比べて上場基準が緩やかであり、たとえば東証で問題となりやすい流通株式時価総額基準が設けられていない場合や、流通株式比率の基準が低めに設定されている場合がある(図表5)。そのため、重複上場を行えば、仮に東証で上場廃止となったとしても、「上場企業」としての地位や投資家との接点、さらには資金調達の場を維持できるというメリットがある。
図表5 名証の主な上場維持基準
図表6は東証上場企業のうち、名証・札幌・福証に重複上場している企業数の推移である。重複上場企業数は2023年まで10社前後で推移していたが、2024年には22社と倍増した。2025年も8月20日時点で同水準の22社が確認されている。この結果からも、東証の上場維持基準見直しを契機に、上場廃止リスクに備える動きが強まっていることがうかがえる。
図表6 東証と重複上場する企業数
もっとも、このような重複上場は、東証が市場再編を通じて目指す「上場後も企業に成長を促す仕組み」とは必ずしも整合的ではない。ただ、企業にとっては上場基盤を保持しつつ将来的な成長に備える手段として選択される場合もあると考えられる。
 
(4)非公開化
第四の対応策は、上場を維持せず、あえて株式市場から撤退して非公開化を選択するケースである。非公開化は、証券取引所で株式を売買できない状態とすることで、上場に伴う費用や開示書類作成等の負担を軽減し、経営の自由度を高めることを目的とする。
 
2024年末時点の東京証券取引所の上場企業数は3,842社と、前年から1社減少した(図表7)。上場企業数が減少に転じるのは、東証と大証が経営統合した2013年以来初めてである。その背景には、MBO(経営陣による自社株買収)や親子上場の解消などを通じた非公開化の増加も影響していると考えられる。実際、2024年に上場廃止となった企業は94社と、前年から33社増加した。
図表7 上場企業数の推移

6――まとめ

6――まとめ

本稿では、2025年3月に経過措置が終了し、新しい上場維持基準が本格的に適用されるなかで、基準未達企業の現状と対応について検討した。2025年8月時点で、上場会社3,800社のうち217社(全体の約6%)が基準未達となっており、今後は改善期間や経過措置の終了を経て、上場廃止に至る企業が増加する可能性がある。
 
市場別にみると、プライム・スタンダード市場では流通株式時価総額基準の未達が多く、グロース市場では時価総額基準の未達が目立った。とりわけグロース市場については、時価総額基準の厳格化(「上場後10年40億円」から「上場後5年100億円」へ)の方針も示されており、企業にはより早期からの成長戦略の実現が求められる。
 
基準未達企業の対応策としては、業績改善や株主還元の強化による基準適合のほか、市場区分の変更、地方取引所への重複上場、さらにはMBOや親子上場の解消を通じた非公開化など、多様な選択肢が存在する。実際、2024年末の東証上場企業数は3,842社と、2013年以来初めて減少に転じており、その背景には非公開化の増加がある。
 
総じて、新しい上場維持基準の適用は、企業に株式市場との向き合い方を再定義することを迫っている。新しい上場維持基準が厳格化されたことは、企業への負担や短期的には形式的な対応を強いることも否定できない。しかし、従来の基準は新規上場基準と比べて廃止基準が著しく低く、一度上場すれば低いハードルで継続できる構造であった。この点を踏まえれば、新しい上場維持基準は「上場企業として最低限求められる姿」を明確にしたものといえる。今後は、基準未達企業やボーダーライン上の企業を含め、基準適合を目指す企業に加え市場区分の変更や非公開化など、それぞれの立場に応じた戦略的対応を選択する企業がさらに増えるだろう。すなわち、今回の市場再編は負担であると同時に、企業に中長期的な戦略の再構築を促し、投資家との信頼関係を強化する契機ともなり得ていると考える。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年08月28日「基礎研レポート」)

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金融研究部   研究員

森下 千鶴 (もりした ちづる)

研究・専門分野
株式市場・資産運用

経歴
  • 【職歴】
     2006年 資産運用会社にトレーダーとして入社
     2015年 ニッセイ基礎研究所入社
     2020年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)

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