2025年06月12日

金融技術革新の4類型とその波及効果-キャッシュレス化にみる「制度から始まるイノベーション」の形

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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2――金融分野における技術革新の特徴

技術革新とは、単なる技術的発明にとどまらず、それが制度や市場に組み込まれ、社会に新たな価値をもたらすまでの一連のプロセスを含む概念である。経済学者シュンペーターは、この技術革新(イノベーション)について、「制度(法制度やルール)」「担い手(企業家)」「対象(利用者や市場)」という三つの要素の相互作用が必要であると述べた。ここでいう「制度」とは、法令や監督規制といった形式的制度に加え、それらを補完する実務指針や社会的正当性といった非明文化のルールも含む広義の市場ルールを指す。制度がなければ行動は正当化されず、担い手がいなければ実行されず、対象に受け入れられなければ市場として成立しない。イノベーションはこの三者の交点で初めて、社会に変化をもたらす力学となる。

この三要素の枠組みは、本来、製造業や物流など、物理的なモノやサービスに関する技術革新を説明するために用いられてきた。しかしながら、近年の経済構造の中では、情報・金融・通信など「価値や情報の流れ」を中心とする非物質的な分野においても、制度・担い手・対象の三要素が密接に関与しており、この枠組みの応用可能性は広がっている。

金融分野もまた、こうした非物質的サービスに位置づけられる領域である。金融の本質は、モノやサービスを直接生産することではなく、価値の媒介にあるとしばしば指摘される。貨幣の三機能(交換手段、価値尺度、価値保存)に対応するかたちで、金融サービスは資金の供給者と需要者を結びつけ、将来の投資や経済活動を支える制度的仕組みとして機能している。

この媒介機能に対し、シュンペーター自身は企業者による「新たな結合」の実現には、将来の利益を先取りする信用供与の仕組みが不可欠であり、それを担うのが銀行を中心とした金融制度であると位置づけた。すなわち、シュンペーターの理論において金融は、他産業における技術革新を可能にするインフラ的存在であり、それ自体がイノベーションの基盤として重視されている。
1三要素モデルによる金融市場の再構成
金融市場そのものにおいても、技術革新が進行していることは事実である。金融分野における技術革新についても、シュンペーターの三要素モデルの枠組みで説明することが可能である。金融市場において三要素モデルを適用する場合、以下のような再構成となる。

・制度:信用供与や資金移動などの金融サービスを成立させる法制度・規制・市場ルール
・担い手:銀行や証券会社、フィンテック企業など、価値の媒介機能を実行する主体
・対象:金融市場で資金のやり取りを行う企業や個人(借り手・預け手・投資家など)

この構成により、金融市場もまた、制度・担い手・対象の三者が交差する場として捉えることができる。以下では、この三要素が変化することで金融にどのような技術革新が生じうるかを、三つの側面に整理して考察する。

(1)制度設計の変革
例:制度的に新たなルール(公的な補助制度や与信基準の見直しなど)が適用されることで、融資判断の基準が変化し、これまで制度上不適格とされていた取引にも道が開かれる。これは、金融サービスの媒介条件そのものの再設計にあたる。

(2)担い手の変化
例:従来は銀行などの伝統的金融機関が信用供与の主たる主体であったが、近年ではフィンテック企業やプラットフォーマーが台頭し、信用判断や決済手段の提供を担うようになっている。これは、媒介機能の構造を変え、業界内の競争構造や収益構造に変化を与える可能性がある。

(3)対象の拡張
例:制度の大幅な変更がなくても、技術革新や運用上の工夫によって、これまで金融サービスの対象になりにくかった若年層、小規模事業者、信用履歴の乏しい層などが媒介の対象として組み込まれ、金融の包摂性が向上することが期待できる。
2漸進的革新としての金融イノベーション
このような変化は、金融制度を全面的に破壊し、新たな仕組みに置き換えるような「創造的破壊」の型とは異なる。金融における技術革新においては、金融機能を提供する担い手の変更・更新の可能性はあるが、既存の制度や機能を温存しつつ、新たな接続可能性を追加していく「支援」や「拡張」として進展することが多いと考えられる。

この点において、金融の技術革新とは、社会における他のイノベーションを支える制度的インフラの刷新であり、金融市場の内部改革であると同時に、企業活動や個人の経済行動における技術革新を促進する「基盤強化型イノベーション」としての性格を持つ。

したがって、金融における革新の意義は、単なる業務の効率化や新技術の導入ではなく、「価値の媒介機能そのものの再構成」にある。これが、他分野の技術革新とは異なる、金融に固有の技術革新の特徴といえる。

3――金融技術革新の4類型

3――金融技術革新の4類型

1分類の前提と三要素モデルの応用
第2章では、シュンペーターのイノベーション論における「制度・担い手・対象」という三要素の枠組みを、金融分野に適用することの妥当性と留意点を検討した。金融は物理的なモノを生産しないという性質上、技術革新の成果が見えにくく、破壊的な変化として捉えられにくい。しかし、価値の媒介という本質的機能を更新しうる技術革新は確かに存在しており、これを三要素モデルに基づいて再整理することで、金融固有の変化の構造が明らかになる。

ここで提示する四類型は、この三要素(制度・担い手・対象)のいずれか、あるいは複数に変化が生じたとき、金融における媒介機能がどのように革新されうるかを整理するものである。

(1)制度更新型:法制度やルールの整備・変更によって、これまで資金供給が難しかった取引や主体に対し、制度的に正当性が付与され、媒介の条件が変化する。

(2)機能転換型:担い手の変更・更新により、媒介の方法や技術が更新され、業界構造に変化がもたらされる。代表的なのが公的金融から民間金融への移行、フィンテックによる信用判断・決済機能の代替などである。

(3)包摂拡大型:技術や運用の工夫によって、これまで金融の対象となりにくかった層(例:若年層、小規模事業者)が新たに媒介対象に組み込まれ、金融の包摂性が拡大する。

(4)社会的受容型:制度や担い手は既に存在しているにもかかわらず、社会的な慣習や利用行動の変化によって、既存制度の実効性が初めて発揮される。
 
これらの分類は、制度の整備、技術の導入、運用の工夫、利用者の行動変容といった異なる観点から、媒介機能の更新プロセスを切り分けるための整理軸である。ただし、実際の技術革新はこれらの型が単独で生じるとは限らず、複数の型が重層的に重なり合う形で現れることが多い。したがって、以下ではそれぞれの類型について典型的な事例を挙げつつ、類型間の接点や制度との関係性についても補足する。なお、実際の事例においては、複数の類型にまたがる技術革新も多く存在する。たとえば、制度更新型であると同時に包摂拡大型である場合や、制度が存在していても社会的受容の獲得によって初めて実現されるケースなどが該当する。本章では分析の便宜上、代表的な型に分類して整理する。
2制度更新型
制度更新型とは、金融市場において法制度やルールが見直されることで、新たな主体や取引が制度的に許容されるようになり、媒介機能の構造が実質的に変化する技術革新の類型である。これは金融サービスの「正当な媒介」とされる範囲を制度的に拡張するものであり、形式的には制度の変更であっても、実質的には金融市場の構造を変える変化として位置づけられる。

この類型に該当するイノベーションは、往々にして既存の技術やアイデアが「制度の壁」によって市場に浸透できなかった場面で顕著になる。たとえば、ある種の与信モデルや信用補完の枠組みが技術的に可能であっても、それが金融庁などの規制当局によるガイドラインや業法に抵触する限り、制度内のサービスとは認められない。しかし、制度そのものが更新されれば、その技術は初めて「正当な媒介」として社会に受け入れられる。

制度更新型の技術革新は、次のような要素によって特徴づけられる。

(1)制度が媒介機能の許容範囲を規定する
金融サービスは制度に強く依存しており、たとえ技術的に実行可能であっても、制度上「融資してよい」「提供してよい」とされなければ、媒介機能としては成立しない。

(2)制度の変更が新たな金融サービスを可能にする
制度変更によって初めて、金融サービスの対象が拡張される。これは、担い手の変更や対象の拡張ではなく、媒介機能そのものの「制度的な条件づけ」の更新である。

(3)既存制度の「制度疲労」を乗り越える契機となる
制度が現状の技術に追いつかない状態が長期化すれば、「制度疲労」が起こり、現場の実務と制度の乖離が深刻化する。制度更新型のイノベーションは、こうした乖離を是正し、制度と現実の接続性を再構成する契機となる。
 
こうした観点から、制度更新型の技術革新は、金融機能の本質である「価値の媒介」に関わる条件を根本から再設計するものであり、他の類型よりも制度的側面に強く依存する点に特徴がある。

本類型に該当する事例としては、成人年齢を18歳に引き下げた民法改正(2022年)、サービスの提供範囲を非金融分野にまで拡張することを可能にした銀行法改正(2021年)、スタートアップ向けの信用補完を整備した信用保証制度の再設計(2023年)、および住宅ローン減税における子育て世帯・若者世帯向け支援の強化(2024年)などがある。

これらは一見すると政策変更に見えるかもしれないが、その本質は制度の再構成を通じて、金融の媒介機能に対する制度的な技術革新をもたらすものである。
3機能転換型(担い手の拡大・更新)
機能転換型とは、公的金融から民間金融への移行や、非金融分野からの新規参入などを契機に、金融機関が媒介機能を再定義し、その担い手としての役割を拡大・更新することで実現される技術革新の類型である。この場合、必ずしも制度変更を前提とせず、金融機能が自律的な変容を遂げることによって、媒介の様式そのものを変えるという点で特徴づけられる。

たとえば、預金を集めて貸し出すという銀行の基本機能に対し、オンラインプラットフォームの提供、サブスクリプション型サービス、デジタル通貨の発行支援など、従来とは異なる役割を担う動きが挙げられる。こうした機能転換は、単なる業務領域の拡張ではなく、「金融機能の再設計」を意味する。この類型は、以下のような特徴を持つ。

(1)既存担い手や新規参入による中核機能の変容
技術革新を受けて、従来の預貸モデルや窓販業務に加え、デジタルアセット管理、BaaS(Banking as a Service)、APIエコノミーの提供など、金融機能の提供様式が多様化している。

(2)「金融機能」そのものの再定義
「信用創造」「リスク変換」「流動性供給」といった伝統的金融機能が、技術的環境に応じて見直され、非金融企業による金融サービス提供との境界も曖昧化しつつある。

(3)制度を前提とした「内的転換」であること
制度改正や法令の全面的改定を待つことなく、既存制度の枠内で可能な変革である点に特徴がある。これは「制度疲労」への対応ではなく、制度適応的な進化といえる。
 
こうした機能転換型のイノベーションは、既存プレイヤーが自らの戦略と環境対応によって行う「自己革新」や、プラットフォーマーやフィンテック企業の参入などを通じて、金融業界の構造転換を内在的に進める動きとして重要である。

代表的な事例としては、経営のホールディングス化、金融機関や非金融領域によるオンラインやモバイルによる金融サービスの提供、地域通貨・電子マネーの発行、AIによる信用リスク管理の高度化などが挙げられる。いずれも、既存プレイヤーや新規参入によって金融機能の枠組みを再定義し、新たな媒介様式を構築する点で、本類型に位置づけられる。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
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(2025年06月12日「基礎研レポート」)

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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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