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- マスク着用の健康への影響-コロナ禍の研究を経て分かっていること/いないこと
2025年06月12日
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1――マスク着用の感染拡大予防効果はあり、特に感染源対策としてより強い根拠がある
1|感染拡大予防効果があることは概ね確立している
マスク着用の健康への影響としてまず挙げられるのは、感染拡大予防効果だろう。マスク着用に感染拡大予防効果があることは、コロナ禍の研究蓄積を経た現在、概ね確立されていると見なされている。コロナ禍中およびその後に発表された、学術誌に掲載されてきたマスクの効果に関する複数のレビュー論文(マスクの効果について、それまで行われてきた多くの研究結果を総合的に検証した論文)で、感染拡大予防効果が確認されてきたことが根拠である1,23,4。
これを聞いて、マスクに感染拡大予防効果があるなんてあたりまえじゃないかと思う人がいるかもしれない。しかし、コロナ禍前までは、実社会の中で一般の人々によるマスク着用に感染拡大予防効果があるかどうかについての科学的な証拠は乏しく、その効果の有無は物議を醸していた4。実験室の中でマスクの感染拡大予防効果が確認できたとしても、実社会の中でマスク着用に感染拡大予防効果があるかどうかを確認するのは実は難しい。感染症が蔓延する中でマスクをつけた人とつけなかった人の感染率を比較しても、もともと両者はマスク着用以外にも、手洗いなどの感染予防行動が異なる可能性があるため、マスク着用の効果のみを測ることはできない。ランダム化比較試験aを行う場合でも、参加者にマスク着脱を強制することは倫理的に問題があることに加え、感染率への影響を計測するためには一定の期間が必要で、その期間に実験参加者がどの程度適切にマスクを着用しているのか把握することは困難である。
こうした検証の難しさに様々な形で対処しながら行われてきた研究蓄積から、総合的に見て、マスク着用に感染拡大予防効果があるかどうかという議論は最近まで続いてきた。その象徴とも言えるのが2023年1月に発信されたコクランレビュー6に関する議論である。このコクランレビューでは、マスク着用の感染拡大防止効果には不確実性があると結論つけられた。上記に示したような困難さから因果関係を検証できた研究が少なく、マスク着用の効果が確認できないために効果に不確実性があることと、マスク着用に感染拡大予防効果が無いことは、異なる意味を持つ。コクランレビューの発信は前者を意味していたが、一部の人には、マスク着用には効果が無いという仮定を裏付けるものとして捉えられたために話題となったようだ。コクランレビューの編集長は、2023年3月に、よりわかりやすい表現を使うべきだったと謝罪している7。
その後、2024年に出版された別のレビュー論文は、このコクランレビューに対応することが目的の一つであると記載された上で、そのほかの複数のレビュー論文と同様に、マスクの感染拡大防止効果が確認されていると結論付けた4。コロナ禍前の研究でマスクの効果が確認されてこなかったケースが見られる理由としては、マスクの利用が適切に行われていなかったことでその効果が過小評価されてきた可能性があることが指摘されている8。マスクの実社会の一般の人々の間での感染拡大予防効果は、コロナ禍で多くの研究が行われたことで議論が進み、改めて「効果あり」という共通認識に至ったといえるだろう。
a 実験参加者を介入を行うグループと介入を行わないグループにランダムに割り振ることで、介入を行うグループと行わないグループの間の同質性を担保して、介入の効果を計測する手法。例えばマスク着用の感染症感染率への影響を検証する場合は、実験参加者を、マスクを着用する人のグループとマスクを着用しない人のグループにランダムに割り振ることで、マスクを着用するグループと着用しなかったグループのグループとしての同質性を担保した上で、どの程度感染率に差が見られるのかを確認することで、マスク着用の感染率への影響を計測する。
1 Chu, D.K. et al. (2020). Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis. The Lancet, 395. (https://www.thelancet.com/article/S0140-67362031142-9/fulltext, 20250428 accessed)
2 Howard, J. et al. (2021). An evidence review of face masks against COVID-19. PNAS. (https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2014564118, 20250501 accessed)
3 Li, H. et al. (2022) Efficacy and practice of facemask use in general population: a systematic review and meta-analysis. Transl Psychiatry 12, 49. (https://doi.org/10.1038/s41398-022-01814-3, 20250501 accessed)
4 Greenhalgh, T. et al. (2024). Masks and respirators for prevention of respiratory infections: a state of the science review. Clin Microbiol Rev 37: e00124-23. (https://journals.asm.org/doi/10.1128/cmr.00124-23, 20250501 accessed)
5 Brooks, J. T.& Butler J.C. (2021) Effectiveness of Mask Wearing to Control Community Spread of SARS-CoV-2. JAMA. 325(10):998–999. (https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2776536%20, 20250501 accessed)
6 Jefferson, T. et al. (2023). Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses. Cochrane Database of Systematic Reviews, 1. Art. No.: CD006207. ( https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD006207.pub6/full, 20250501 accessed)
7 “Statement on 'Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses' review” (2023/3/10) (https://www.cochrane.org/news/statement-physical-interventions-interrupt-or-reduce-spread-respiratory-viruses-review, 2025/4/28 accessed)
8 Kollepara, P.K. et al. (2021). Unmasking the mask studies: why the effectiveness of surgical masks in preventing respiratory infections has been underestimated. J Travel Med. 11;28(7). (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8499874/, 2025/5/9 accessed)
マスク着用の健康への影響としてまず挙げられるのは、感染拡大予防効果だろう。マスク着用に感染拡大予防効果があることは、コロナ禍の研究蓄積を経た現在、概ね確立されていると見なされている。コロナ禍中およびその後に発表された、学術誌に掲載されてきたマスクの効果に関する複数のレビュー論文(マスクの効果について、それまで行われてきた多くの研究結果を総合的に検証した論文)で、感染拡大予防効果が確認されてきたことが根拠である1,23,4。
これを聞いて、マスクに感染拡大予防効果があるなんてあたりまえじゃないかと思う人がいるかもしれない。しかし、コロナ禍前までは、実社会の中で一般の人々によるマスク着用に感染拡大予防効果があるかどうかについての科学的な証拠は乏しく、その効果の有無は物議を醸していた4。実験室の中でマスクの感染拡大予防効果が確認できたとしても、実社会の中でマスク着用に感染拡大予防効果があるかどうかを確認するのは実は難しい。感染症が蔓延する中でマスクをつけた人とつけなかった人の感染率を比較しても、もともと両者はマスク着用以外にも、手洗いなどの感染予防行動が異なる可能性があるため、マスク着用の効果のみを測ることはできない。ランダム化比較試験aを行う場合でも、参加者にマスク着脱を強制することは倫理的に問題があることに加え、感染率への影響を計測するためには一定の期間が必要で、その期間に実験参加者がどの程度適切にマスクを着用しているのか把握することは困難である。
こうした検証の難しさに様々な形で対処しながら行われてきた研究蓄積から、総合的に見て、マスク着用に感染拡大予防効果があるかどうかという議論は最近まで続いてきた。その象徴とも言えるのが2023年1月に発信されたコクランレビュー6に関する議論である。このコクランレビューでは、マスク着用の感染拡大防止効果には不確実性があると結論つけられた。上記に示したような困難さから因果関係を検証できた研究が少なく、マスク着用の効果が確認できないために効果に不確実性があることと、マスク着用に感染拡大予防効果が無いことは、異なる意味を持つ。コクランレビューの発信は前者を意味していたが、一部の人には、マスク着用には効果が無いという仮定を裏付けるものとして捉えられたために話題となったようだ。コクランレビューの編集長は、2023年3月に、よりわかりやすい表現を使うべきだったと謝罪している7。
その後、2024年に出版された別のレビュー論文は、このコクランレビューに対応することが目的の一つであると記載された上で、そのほかの複数のレビュー論文と同様に、マスクの感染拡大防止効果が確認されていると結論付けた4。コロナ禍前の研究でマスクの効果が確認されてこなかったケースが見られる理由としては、マスクの利用が適切に行われていなかったことでその効果が過小評価されてきた可能性があることが指摘されている8。マスクの実社会の一般の人々の間での感染拡大予防効果は、コロナ禍で多くの研究が行われたことで議論が進み、改めて「効果あり」という共通認識に至ったといえるだろう。
a 実験参加者を介入を行うグループと介入を行わないグループにランダムに割り振ることで、介入を行うグループと行わないグループの間の同質性を担保して、介入の効果を計測する手法。例えばマスク着用の感染症感染率への影響を検証する場合は、実験参加者を、マスクを着用する人のグループとマスクを着用しない人のグループにランダムに割り振ることで、マスクを着用するグループと着用しなかったグループのグループとしての同質性を担保した上で、どの程度感染率に差が見られるのかを確認することで、マスク着用の感染率への影響を計測する。
1 Chu, D.K. et al. (2020). Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis. The Lancet, 395. (https://www.thelancet.com/article/S0140-67362031142-9/fulltext, 20250428 accessed)
2 Howard, J. et al. (2021). An evidence review of face masks against COVID-19. PNAS. (https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2014564118, 20250501 accessed)
3 Li, H. et al. (2022) Efficacy and practice of facemask use in general population: a systematic review and meta-analysis. Transl Psychiatry 12, 49. (https://doi.org/10.1038/s41398-022-01814-3, 20250501 accessed)
4 Greenhalgh, T. et al. (2024). Masks and respirators for prevention of respiratory infections: a state of the science review. Clin Microbiol Rev 37: e00124-23. (https://journals.asm.org/doi/10.1128/cmr.00124-23, 20250501 accessed)
5 Brooks, J. T.& Butler J.C. (2021) Effectiveness of Mask Wearing to Control Community Spread of SARS-CoV-2. JAMA. 325(10):998–999. (https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2776536%20, 20250501 accessed)
6 Jefferson, T. et al. (2023). Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses. Cochrane Database of Systematic Reviews, 1. Art. No.: CD006207. ( https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD006207.pub6/full, 20250501 accessed)
7 “Statement on 'Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses' review” (2023/3/10) (https://www.cochrane.org/news/statement-physical-interventions-interrupt-or-reduce-spread-respiratory-viruses-review, 2025/4/28 accessed)
8 Kollepara, P.K. et al. (2021). Unmasking the mask studies: why the effectiveness of surgical masks in preventing respiratory infections has been underestimated. J Travel Med. 11;28(7). (https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8499874/, 2025/5/9 accessed)
2|感染拡大予防効果の程度は感染源対策の効果の方が大きいかもしれない
では、マスクの感染拡大予防効果はどの程度なのだろうか。マスクの感染拡大予防効果を、(1)罹患者がウイルスを拡散させない効果、(2)罹患していない個人が自分自身の罹患を防ぐ効果、(3)地域レベルの感染拡大予防効果に分けて先行研究を紹介する。
まず、マスクの(1)の効果(罹患者がウイルスを拡散させない効果)は、実験室レベルで確認されてきた。新型コロナウイルスについて、罹患者の呼気の中のウイルス量を、N95マスクbでは98%、布マスクでは87%、医療用マスクでは74%それぞれ減少させることが確認されている9。さらに、東大などの研究グループが、2体のマネキンを50cm離して対面させ、片方のマネキンから新型コロナウイルスを放出させて行った実験では、ウイルスを放出するマネキンがマスクをした場合、マスクをしていない場合と比べると、医療用マスクでも布マスクでも、対面したマネキンのウイルス吸い込み量を50%以上減らす効果が見られた10。実社会での検証としては、中国で行われた研究で、インフルエンザのような症状がある患者が家の中で医療用マスクをした場合、同居家族にインフルエンザのような症状が出る確率を約68%減少させたという報告があるc,11。
次に、(2)の効果(罹患していない個人が自分自身の罹患を防ぐ効果)についても、いくつかの研究で検証されている。まず、上段でも紹介した東大が行った研究では、新型コロナウイルスを排出するマネキンと対面した側のマネキンは、マスクをしていない場合と比較して、N95マスクをした場合では80-90%、布マスクでは20-40%、ウイルスを吸い込む量が減少した。この研究では、罹患者がマスクをした時にウイルスの飛散を防ぐ効果の方が、対面した人がウイルスの吸い込みを防ぐ目的でマスクをした時よりも、ウイルス感染を防ぐ効果が大きいことを指摘している11。
また、実社会では、米国の研究で、室内で常にマスクをしていた人は、マスクをしていない人に比べて、布マスクで56%、医療用マスクで66%、N95/NK95で83%、コロナ禍で新型コロナ陽性となる確率が低かったと報告された12。ただ、この研究はマスク着用と感染率の間に因果関係があることを示すものではなく、マスク以外の予防行動の影響等が排除できていない点に注意が必要である。また、ノルウェーで2023年に行われたランダム化比較試験では、14日の間で、コロナやインフルエンザのような症状を感じた人の割合は、マスクをしたグループで、マスクをしなかったグループと比べて約3ポイント少なかったが、新型コロナの陽性率については、統計的に有意な違いが確認できなかった13。また、デンマークで2020年に行われたランダム化比較試験でも、マスクをしたグループとしなかったグループの間で新型コロナの陽性率に違いがない可能性を排除できないものであった14。
効果が無い可能性を否定できないからといって、効果が無いと断定することはできない。また、研究実験に参加しているという意識が参加者の行動を変えている可能性もあるため、こうした研究結果の解釈には注意が必要である。しかし、実験室の中で行われた実験でN95以外のマスクではその効果が限定的であることが確認されていることや、実社会でも大きな因果効果が確認されていない状況から、現在のところ、マスクが着用者の感染率を下げる効果については限定的と見られているのではないだろうか。
最後に、(3)の効果(地域レベルの感染拡大予防効果)についても様々な研究で確認されてきた5。例えば、バングラデシュで行われたランダム化比較試験では、マスク配布や呼びかけによってマスク着用率が約29ポイント上昇した地域では、血液検査で過去にコロナにかかったことがあることが確認された人の割合が9%少なかった。他にも、大規模なデータを用いて行われた研究では、公共の場所で100%の人がマスクをした場合には、だれもしない場合に比べて約25%ウイルス感染を抑えると推定された4。カナダのマスク着用義務政策を検証した研究でも、マスクの着用義務は、ウイルス感染を24%程度減らしたと推定されている16。年齢などを考慮に入れて推定した場合、その効果は44%から86%と、さらに大きい可能性があることも報告されている15。また、世界51カ国のマスク着用義務の指示の影響を検証した研究では、マスク着用義務の発令で、平均的に、マスク着用率は約8.8ポイント増え、新型コロナ感染症の実効再生産数は0.31減少したと報告されている17。
マスクの感染拡大予防効果の大きさについては、研究によって推定値に幅はあるが、ある程度看過できない大きさであることや、感染源対策としてより強い根拠があること18については、共通の認識が得られていると考えられる。
b 試験粒子(0.3㎛)以上を95%捕集できる、米国労働安全研究所が認定したマスク(全国マスク工業会https://www.env.go.jp/content/900403853.pdf)
c サンプルサイズが小さいこともあり、この研究で、マスクをした場合とマスクをしなかった場合のインフルエンザのような症状が出る人の割合の統計的に有意な違いは認められていない。
9 Lai, J. et al. (2024). Relative efficacy of masks and respirators as source control for viral aerosol shedding from people infected with SARS-CoV-2: a controlled human exhaled breath aerosol experimental study
eBioMedicine,104, 105157 (https://www.thelancet.com/journals/ebiom/article/PIIS2352-3964(24)00192-0/fulltext, 2025/5/9 accessed)
10 Ueki, H. et al. (2020). Effectiveness of face masks in preventing airborne transmission of SARS-CoV-2. mSphere. 5(5):e00637-20. (https://doi.org/10.1128/msphere.00637-20 20250501 access)
11 MacIntyre, C.R. et al. (2016). Cluster randomised controlled trial to examine medical mask use as source control for people with respiratory illness. BMJ Open 2016;6:e012330. (https://bmjopen.bmj.com/content/bmjopen/6/12/e012330.full.pdf, 2025/5/9 accessed)
12 Andrejko, K.L. et al. (2022) Effectiveness of face mask or respirator use in indoor public settings for prevention of SARS-CoV-2 infection — California, February–December 2021. Morbidity and Mortality Weekly Report. (https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/mm7106e1.htm, 2025/5/9 accessed)
13 Solberg, R.B. et al. (2024). Personal protective effect of wearing surgical face masks in public spaces on self-reported respiratory symptoms in adults: pragmatic randomised superiority trial. BMJ 2024;386:e078918. (https://www.bmj.com/content/386/bmj-2023-078918, 2025/5/9 accessed)
14 Bundgaard, H, et al. (2021). Effectiveness of adding a mask recommendation to other public health measures to prevent SARS-CoV-2 infection in Danish mask wearers : A randomized controlled trial. Ann Intern Med. 2021 Mar;174(3):335-343. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33205991/, 2025/5/9 accessed)
15 Karaivanov, A, et al. (2021). Face masks, public policies and slowing the spread of COVID-19: evidence from Canada. J Health Econ 78:102475. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0167629621000606, 2025/5/9 accessed)
16 Peng, A. et al. (2024). Impact of community masking on SARS-CoV-2 transmission in Ontario after adjustment for differential testing by age and sex. PNAS Nexus. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38463611/, 2025/5/9 accessed)
17 Näher, A.F. et al. (2024). Effects of face mask mandates on COVID-19 transmission in 51 countries: retrospective event study. JMIR Public Health Surveill 2024;10:e49307. (https://publichealth.jmir.org/2024/1/e49307/, 2025/5/9 accessed)
18 Cheng, K.K. et al. (2022). Wearing face masks in the community during the COVID-19 pandemic: altruism and solidarity. The Lancet, 399,10336, e39 - e40. (https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)309181/fulltext, 2025/5/9 accessed)
では、マスクの感染拡大予防効果はどの程度なのだろうか。マスクの感染拡大予防効果を、(1)罹患者がウイルスを拡散させない効果、(2)罹患していない個人が自分自身の罹患を防ぐ効果、(3)地域レベルの感染拡大予防効果に分けて先行研究を紹介する。
まず、マスクの(1)の効果(罹患者がウイルスを拡散させない効果)は、実験室レベルで確認されてきた。新型コロナウイルスについて、罹患者の呼気の中のウイルス量を、N95マスクbでは98%、布マスクでは87%、医療用マスクでは74%それぞれ減少させることが確認されている9。さらに、東大などの研究グループが、2体のマネキンを50cm離して対面させ、片方のマネキンから新型コロナウイルスを放出させて行った実験では、ウイルスを放出するマネキンがマスクをした場合、マスクをしていない場合と比べると、医療用マスクでも布マスクでも、対面したマネキンのウイルス吸い込み量を50%以上減らす効果が見られた10。実社会での検証としては、中国で行われた研究で、インフルエンザのような症状がある患者が家の中で医療用マスクをした場合、同居家族にインフルエンザのような症状が出る確率を約68%減少させたという報告があるc,11。
次に、(2)の効果(罹患していない個人が自分自身の罹患を防ぐ効果)についても、いくつかの研究で検証されている。まず、上段でも紹介した東大が行った研究では、新型コロナウイルスを排出するマネキンと対面した側のマネキンは、マスクをしていない場合と比較して、N95マスクをした場合では80-90%、布マスクでは20-40%、ウイルスを吸い込む量が減少した。この研究では、罹患者がマスクをした時にウイルスの飛散を防ぐ効果の方が、対面した人がウイルスの吸い込みを防ぐ目的でマスクをした時よりも、ウイルス感染を防ぐ効果が大きいことを指摘している11。
また、実社会では、米国の研究で、室内で常にマスクをしていた人は、マスクをしていない人に比べて、布マスクで56%、医療用マスクで66%、N95/NK95で83%、コロナ禍で新型コロナ陽性となる確率が低かったと報告された12。ただ、この研究はマスク着用と感染率の間に因果関係があることを示すものではなく、マスク以外の予防行動の影響等が排除できていない点に注意が必要である。また、ノルウェーで2023年に行われたランダム化比較試験では、14日の間で、コロナやインフルエンザのような症状を感じた人の割合は、マスクをしたグループで、マスクをしなかったグループと比べて約3ポイント少なかったが、新型コロナの陽性率については、統計的に有意な違いが確認できなかった13。また、デンマークで2020年に行われたランダム化比較試験でも、マスクをしたグループとしなかったグループの間で新型コロナの陽性率に違いがない可能性を排除できないものであった14。
効果が無い可能性を否定できないからといって、効果が無いと断定することはできない。また、研究実験に参加しているという意識が参加者の行動を変えている可能性もあるため、こうした研究結果の解釈には注意が必要である。しかし、実験室の中で行われた実験でN95以外のマスクではその効果が限定的であることが確認されていることや、実社会でも大きな因果効果が確認されていない状況から、現在のところ、マスクが着用者の感染率を下げる効果については限定的と見られているのではないだろうか。
最後に、(3)の効果(地域レベルの感染拡大予防効果)についても様々な研究で確認されてきた5。例えば、バングラデシュで行われたランダム化比較試験では、マスク配布や呼びかけによってマスク着用率が約29ポイント上昇した地域では、血液検査で過去にコロナにかかったことがあることが確認された人の割合が9%少なかった。他にも、大規模なデータを用いて行われた研究では、公共の場所で100%の人がマスクをした場合には、だれもしない場合に比べて約25%ウイルス感染を抑えると推定された4。カナダのマスク着用義務政策を検証した研究でも、マスクの着用義務は、ウイルス感染を24%程度減らしたと推定されている16。年齢などを考慮に入れて推定した場合、その効果は44%から86%と、さらに大きい可能性があることも報告されている15。また、世界51カ国のマスク着用義務の指示の影響を検証した研究では、マスク着用義務の発令で、平均的に、マスク着用率は約8.8ポイント増え、新型コロナ感染症の実効再生産数は0.31減少したと報告されている17。
マスクの感染拡大予防効果の大きさについては、研究によって推定値に幅はあるが、ある程度看過できない大きさであることや、感染源対策としてより強い根拠があること18については、共通の認識が得られていると考えられる。
b 試験粒子(0.3㎛)以上を95%捕集できる、米国労働安全研究所が認定したマスク(全国マスク工業会https://www.env.go.jp/content/900403853.pdf)
c サンプルサイズが小さいこともあり、この研究で、マスクをした場合とマスクをしなかった場合のインフルエンザのような症状が出る人の割合の統計的に有意な違いは認められていない。
9 Lai, J. et al. (2024). Relative efficacy of masks and respirators as source control for viral aerosol shedding from people infected with SARS-CoV-2: a controlled human exhaled breath aerosol experimental study
eBioMedicine,104, 105157 (https://www.thelancet.com/journals/ebiom/article/PIIS2352-3964(24)00192-0/fulltext, 2025/5/9 accessed)
10 Ueki, H. et al. (2020). Effectiveness of face masks in preventing airborne transmission of SARS-CoV-2. mSphere. 5(5):e00637-20. (https://doi.org/10.1128/msphere.00637-20 20250501 access)
11 MacIntyre, C.R. et al. (2016). Cluster randomised controlled trial to examine medical mask use as source control for people with respiratory illness. BMJ Open 2016;6:e012330. (https://bmjopen.bmj.com/content/bmjopen/6/12/e012330.full.pdf, 2025/5/9 accessed)
12 Andrejko, K.L. et al. (2022) Effectiveness of face mask or respirator use in indoor public settings for prevention of SARS-CoV-2 infection — California, February–December 2021. Morbidity and Mortality Weekly Report. (https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/mm7106e1.htm, 2025/5/9 accessed)
13 Solberg, R.B. et al. (2024). Personal protective effect of wearing surgical face masks in public spaces on self-reported respiratory symptoms in adults: pragmatic randomised superiority trial. BMJ 2024;386:e078918. (https://www.bmj.com/content/386/bmj-2023-078918, 2025/5/9 accessed)
14 Bundgaard, H, et al. (2021). Effectiveness of adding a mask recommendation to other public health measures to prevent SARS-CoV-2 infection in Danish mask wearers : A randomized controlled trial. Ann Intern Med. 2021 Mar;174(3):335-343. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33205991/, 2025/5/9 accessed)
15 Karaivanov, A, et al. (2021). Face masks, public policies and slowing the spread of COVID-19: evidence from Canada. J Health Econ 78:102475. (https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0167629621000606, 2025/5/9 accessed)
16 Peng, A. et al. (2024). Impact of community masking on SARS-CoV-2 transmission in Ontario after adjustment for differential testing by age and sex. PNAS Nexus. (https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38463611/, 2025/5/9 accessed)
17 Näher, A.F. et al. (2024). Effects of face mask mandates on COVID-19 transmission in 51 countries: retrospective event study. JMIR Public Health Surveill 2024;10:e49307. (https://publichealth.jmir.org/2024/1/e49307/, 2025/5/9 accessed)
18 Cheng, K.K. et al. (2022). Wearing face masks in the community during the COVID-19 pandemic: altruism and solidarity. The Lancet, 399,10336, e39 - e40. (https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)309181/fulltext, 2025/5/9 accessed)
(2025年06月12日「基礎研レポート」)
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03-3512-1882
経歴
- 【職歴】
2010年 株式会社 三井住友銀行
2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
2021年7月より現職
【加入団体等】
日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
博士(国際貢献、東京大学)
2022年 東北学院大学非常勤講師
2020年 茨城大学非常勤講師
岩﨑 敬子のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2025/06/12 | マスク着用の健康への影響-コロナ禍の研究を経て分かっていること/いないこと | 岩﨑 敬子 | 基礎研レポート |
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2025年06月13日
DeepSeekに見るAIの未来 -近年のAI進化の背景とは -
2025年06月13日
株主提案による役員選任議案-フジメディア・ホールディングス
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2025年06月06日
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2025年04月02日
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2024年11月27日
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【マスク着用の健康への影響-コロナ禍の研究を経て分かっていること/いないこと】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
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