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2025年06月06日

家計消費の動向(単身世帯の比較:~2025年3月)-節約余地が小さく、二人以上世帯と比べて弱い消費抑制傾向

生活研究部 上席研究員 久我 尚子

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1――はじめに~個人消費は足踏み状態、消費市場で存在感の増す単身世帯、全体の約4割で増加傾向

これまで「家計消費の動向」レポートでは、消費内訳については主に二人上世帯の動向について分析してきた。一方で、近年では単身世帯が全体の約4割を占めて増加傾向にあり(図表1)、消費全体への影響力が強まっている。よって、今後は単身世帯についても定期的に分析していく。

さて、2025年3月の個人消費は、既出レポート1で示した通り、実質賃金の回復が依然として不十分であることから足踏み状態が続いている(図表2)。同月の現金給与総額は前年同月比で▲2.1%(速報値)であり、前月(▲1.5%)からさらに低下している(厚生労働省「毎月勤労統計」)。今年の春闘では昨年を上回る高い賃上げが実現されたものの、実質賃金が安定的にプラス圏で推移するまでには、一定の時間を要する見通しである。

こうした状況を踏まえ、本稿では、総務省「家計調査」を基に、コロナ禍以降、2025年3月までの単身世帯の消費動向について分析する。
図表1 家族類型別に見た一般世帯の割合/図表2 総消費動向指数(CTIマクロ)(2020年=100)

2――単身世帯の消費支出の概観

2――単身世帯の消費支出の概観~二人以上世帯より消費抑制傾向は弱い、娯楽にはやや積極姿勢

1|消費支出全体の状況~抑制傾向がやや弱い、節約余地や所得減少幅が相対的に小さいことが影響か
単身世帯の消費動向について、二人以上世帯と同様に世帯消費動向指数2を用いて見ていきたい。なお、世帯消費動向指数は、各世帯の消費支出の平均額の推移を示す指数で、2020年を100として捉えたものであり、費目別の値は「消費支出」の指数値の内訳となっている。このため、単身世帯と二人以上世帯の指数についての水準そのものを比較するのではなく、推移の傾向を比較することが有意義である。また、単身世帯では、複数人分の支出が平均化される二人以上世帯と比べて、月ごとの変動が大きくなりやすい点3にも留意が必要である。
図表3 世帯消費動向指数(2020年の消費支出=100、実質値、季節調整値)
こうした点を踏まえ、2020年以降の「消費支出」全体の動向を見ると、単身世帯と二人以上世帯の推移パターンには大きくは違わないものの、2023年頃に差が見られる(図表3(a))。どちらの世帯もコロナ禍による消費の落ち込みを経て一時的に回復傾向を示したが、2021年後半以降の物価上昇局面では、二人以上世帯の消費は再び低下傾向に転じ、その後は横ばいで推移している。一方、単身世帯では二人以上世帯と比べて、再度の消費水準の低下傾向は明確には見えず、おおむね横ばいで推移している。つまり、単身世帯の方では二人以上世帯と比べて、物価上昇局面において消費抑制の傾向が弱くなっている。とは言え、両者とも消費回復の勢いは乏しく、その背景には、家計負担が増す中で将来の経済不安が依然として解消されていないことが考えられる。

なお、世帯消費動向指数は2020年を基準としているため、基準年の水準が低い場合には、他の年の消費水準は相対的に高くなりやすい。しかし、2019年と比べた2020年(コロナ禍)年の消費の落ち込みは、単身世帯と二人以上世帯でおおむね同程度であったと見られる。

よって、単身世帯で消費抑制傾向が弱い要因としては、(1)もともと住居費(家賃などの固定費)が消費全体に占める割合が高く(図表3(b))、節約の余地が限られていること(逆に二人以上世帯では節約の余地が大きいと言える)、(2)物価上昇局面で可処分所得の減少傾向が弱いこと(図表4)などがあげられる。なお、図表4は2020年の可処分所得に対する各年の増減率を示しているが、2020年には「特別定額給付金」として国民一人当たり10万円が支給されている。よって、勤務先収入などの他の収入が増加していなければ、2020年との比較において、2021年以降の可処分所得は減少しやすい状況にある。
図表4 可処分所得の変化(対2020年増減率、実質値)
なお、図表4ではデータの制約上、単身世帯は勤労者世帯のみの掲載となっているが、単身世帯の有業率は55.3%であり、二人以上世帯(核家族世帯53.7%、三世代世帯52.6%)と同程度である(厚生労働省「令和5年国民生活基礎調査」)。

あらためて図表4を見ると、単身勤労者世帯では、これまで35~59歳の可処分所得が伸びていたために、単身勤労者世帯全体としても2021年・2022年の可処分所得は増加しているが、2023年以降では減少に転じている。一方、二人以上世帯では2021年以降、減少傾向にある。なお、2024年では、単身世帯でも二人以上世帯でも勤労者世帯の可処分所得の減少率は2023年と比べて縮小しており、この背景には、最近の若年雇用者層を中心とした賃上げの進展があると見られる(どちらも実収入の約9割が勤め先収入)。実際に、2024年では、二人以上世帯の29歳未満の若年世帯では、可処分所得が増加に転じている。一方で、同じく二人以上世帯のうち、70歳以上の勤労者世帯では可処分所得の減少傾向が続いており、減少率の縮小も見られない。さらに、高齢者の多い無職世帯(2024年で二人以上無職世帯の世帯主の平均年齢は75.4歳)では、可処分所得が約1割減少した状況が継続している。
 
2 「家計調査」「家計消費状況調査」「家計消費単身モニター調査」を合成して得られた消費支出を元に、基準年(2020年) 
を100とする指数。
3 単身世帯の消費行動は個人の意思決定に依存しているため、消費やライフスタイルに関わる多様性の影響を受けやすいことや、1回の大きな支出が全体に占める割合が高くなり、全体へ与える影響が大きいことなどから変動が大きくなる。
2消費内訳の状況~生活必需品と比べて教養娯楽にはやや積極的な姿勢
あらためて消費内訳の状況を見ると、2020年以降、二人以上世帯では「食料」や「住居」、「家具・家事用品」の支出が減少傾向を示しているのに対して、単身世帯ではこれらの費目はおおむね横ばいで推移している。これは、前述の通り、単身世帯では、住居費が消費支出全体に占める割合が高く、節約の余地が小さいことがあると考えられる。一方で、「交通・通信」や「教養娯楽」については、単身世帯・二人以上世帯ともに増加傾向にある。

これらの動きについて、以前のレポート1で述べた通り、二人以上世帯では、消費行動が平常化する一方で物価高が継続する中、実質的な可処分所得の目減りを背景に、生活必需品を抑えて、娯楽を優先する「メリハリ消費」の傾向がある。

単身世帯では、可処分所得が減る中でも二人以上世帯のように生活必需品を抑える傾向は明確には見られないが、旅行やレジャーなどの娯楽的な支出や、それに関連する項目に対しては、相対的に積極的な消費姿勢を示している点は同様である。

3――まとめ

3――まとめ~単身世帯の増加で多様化する消費、きめ細やかな商品提供と政策設計の必要性

本稿では、総務省「家計調査」を用いて、コロナ禍以降2025年3月までの単身世帯の消費動向について、二人以上世帯の違いに注目しながら分析した。その結果、単身世帯では、二人以上世帯と比べて住居費などの固定費の割合が高く、節約の余地が限られていることや、物価上昇局面でも可処分所得の減少幅が小さいことなどから、消費抑制傾向が相対的に弱い様子が見られた。

また、節約の余地が小さいために、単身世帯では、二人以上世帯で見られる「メリハリ消費」(生活必需品の出費を抑えて、娯楽費を優先する)といった消費行動が明確には見られなかったが、生活必需品と比べて娯楽関連の出費については相対的に積極的な様子は見て取れた。

冒頭で示した通り、単身世帯は増加傾向にあり、2030年には総世帯の4割を超えると予測されている。こうした世帯構造の変化は、消費市場においても多大な影響を及ぼす。

単身世帯が増えることで、世帯の消費行動や価値観は一層多様化しており、従来「標準的」とされてきた家計モデルは、もはや個人消費全体を代表するものとは言い難くなっている。

今後は、世帯特性をより的確に捉えた商品・サービスの提供に加えて、きめ細やかな経済政策の設計が一層求められるだろう。特に、単身世帯の動向を把握することは、将来の消費構造や家計支援の在り方を考える上でも重要な視点である。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年06月06日「基礎研レポート」)

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生活研究部   上席研究員

久我 尚子 (くが なおこ)

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
     2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
     2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
     2021年7月より現職

    ・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
    ・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
    ・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
    ・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
    ・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
    ・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
    ・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
    ・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

    【加入団体等】
     日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
     生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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