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2025年05月30日

先行き不透明でも「開示」が選択された~2025年2月および3月の本決算動向~

金融研究部 研究員 森下 千鶴

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2025年2月および3月本決算の発表が出そろった。当初は、トランプ米大統領による関税政策の影響により先行き不透明感が高まり、業績見通しを非開示とする企業の増加が懸念された。しかし、実際は非開示企業の割合は全体の約5%にとどまり、例年並みの水準に収まった。多くの企業が可能な範囲で業績見通しを開示する姿勢を示したといえる。

■期待より懸念が先行したハネムーン期間

■ 期待より懸念が先行したハネムーン期間

米国では、新大統領の就任直後は「ハネムーン期間」とも呼ばれるが今回のトランプ大統領の2期目は違った。1月の就任直後から関税の導入発表や発動が相次ぎ、株式市場は大きく揺れ動いた。結果として、期待よりも懸念が先行する「嵐のようなハネムーン期間」となった(図表1)。
図表1 トランプ政権の関税政策と日経平均株価推移
それでもトランプ大統領の就任当初の日経平均株価は3万8,000円から4万円のレンジで比較的安定的に推移していた。しかし、3月下旬から4月上旬にかけて自動車関税や相互関税の発表が相次ぎ、一部の関税が発動されたことで貿易摩擦の懸念が一気に高まった。これを受けて、日経平均株価は4月7日に年初来安値となる3万1,137円まで下落した。その後は、相互関税の一部停止や英国・中国との緩和合意などを受けて市場心理が改善。日経平均株価は反発に転じ、5月23日時点では3万7,000円台まで回復している。

■関税政策による不透明感で非開示企業の増加が予想されたが

■ 関税政策による不透明感で非開示企業の増加が予想されたが

2025年はトランプ大統領の関税政策の影響で、業績見通しの策定に必要な前提条件を設定することが難しいとの懸念が広がった。このため、今回は業績見通しを非開示とする企業が例年より増加するとの予測もあった1。しかし、実際は非開示企業の割合は約5%とほぼ例年並みにとどまった(図表2)。
図表2 非開示企業の割合は増加せず
今回、非開示企業が想定ほど増加しなかった背景には、いくつかの要因が考えられる。まず、コーポレートガバナンス・コードの浸透や東証の改革要請を背景に、株主との対話を重視する姿勢が企業に一段と広がったことがあげられる。これにより、開示を通じて市場とのコミュニケーションを維持しようとする意識が高まったと見られる。次に、過去の経験が企業行動に影響した可能性がある。たとえば、2020年のコロナ禍では業績予想を「未定」とした企業の株価が「減益予想」を開示した企業よりも厳しく評価された2。この経験から、多くの企業は「現時点で入手可能な情報に基づく暫定的な見通し」を示し、将来的な修正を前提とする開示対応を選択するようになったと考えられる。さらに、コロナ禍では業種を問わず先行き不透明感が高まったのに対し、今回の関税政策の影響は主に外需関連企業が受けた。一方で、内需関連企業は直接的な影響が小さく見通しを策定しやすい環境にあったことも一因といえる。
 
図表3は、2月および3月本決算企業(TOPIX構成銘柄)を対象に、2025年5月23日時点の業績見通しの開示状況をまとめたものである。
図表3 業績見通しの開示状況
業績見通しを非開示とした企業は68社と全体の5%を占めた。このうち、前期には業績見通しを開示していたが今期は非開示に転じた企業は28社(図表3④)あった。この28社のうち、米国の関税政策による先行き不透明感を理由に非開示とした企業は10社(鉄鋼1社、電気機器5社、輸送用機器4社)である。残る18社については、経営統合や完全子会社化による上場廃止予定など個別要因によるものだった。そこで、関税政策を理由に非開示とした10社について、決算発表日前後の株価推移を集計した(図表4)。図表中の点線は各社の株価推移、赤線は10社の株価の累積収益率を単純平均したものである。
図表4 関税政策を理由とした非開示企業の株価はさえず
全体平均としては、決算発表後も株価は概ね横ばいで推移したが、個別に見ると多くの企業で株価がやや軟調に推移した。大幅な下落は見られなかったものの、業績の先行きに対する判断材料が乏しいことから、投資家が積極的に手を出しづらい状況が示されたといえるだろう。
 
1 森下千鶴『「未定」が広がるのか、それとも見通しを示すのか?』ニッセイ基礎研究所 基礎研レター(2025年4月18日))
2 井出真吾『新型コロナ終息前の決算発表業績「悪化」よりも「未定」に厳しい評価』ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート(2020年5月18日))

■まとめ

■ まとめ

2025年2月および3月の本決算では、当初予想されたほど非開示企業の増加は見られず、業績見通しを非開示とした企業は全体の約5%にとどまった。多くの企業が、先行き不透明な状況下でも、可能な範囲で見通しを開示する姿勢を示した点は、企業の開示意識の高まりを示すものといえる。
 
今回の本決算においても、現段階では「見通しが出ていること」自体が市場に一定の安心感を与えていたと考えられる。さらに、図表1の株価推移が示すように、決算発表が集中した4月中旬以降は関税政策に関する緩和的な動きが続いたことも、株価の反発要因として安心感に寄与した。
 
なお、関税交渉の期限は7月8日に迫っており、予定どおりに進めば7月以降は関税政策が企業業績や見通しに与える影響がより明確になると見られる。第1四半期決算では、業績見通しを策定するための前提条件が現在より明らかになり企業の説明力が高まることが重要なポイントとなるだろう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月30日「基礎研レター」)

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金融研究部   研究員

森下 千鶴 (もりした ちづる)

研究・専門分野
株式市場・資産運用

経歴
  • 【職歴】
     2006年 資産運用会社にトレーダーとして入社
     2015年 ニッセイ基礎研究所入社
     2020年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)

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