2025年05月28日

4月から始まった「かかりつけ医」の新制度は機能するのか-地域の自治と実践をベースに機能充実を目指す仕組み、最後は診療報酬で誘導?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4|新制度が内在する強みと弱み
以上のように考えると、4月から始動した新制度の特徴として、国や都道府県に義務付けられる部分が小さくなったほか、参入できる「間口」も広がったことで、ザックリ言えば「緩い制度」になったと言える。その証左として、日医の城守国斗常任理事は2025年3月に開かれた日医の臨時代議員会で、「2号機能報告は、有無を報告すればいいという形で制度が設計されている。現時点では数量的な評価につながる懸念はない」「今後とも本制度が医療費の削減や、医療提供体制の改悪を招く手段として利用されることがないよう、鋭意主張していく」と説明している点からも分かる22

さらに議論を進めると、以上のような特徴を有する制度になった論理的な帰結として、強みと弱みを持つことになったと考えられる。

まず、強みという点では、都道府県や地域の医師会が「地域の実情」に応じた体制を整備しやすくなった点を指摘できる23。実際、分科会報告では制度の趣旨について、「地域の実情に応じて、各医療機関が機能や専門性に応じて連携しつつ、自らが担うかかりつけ医機能の内容を強化することで、地域において必要なかかりつけ医機能を確保するための制度整備を行う」と説明されている。

さらに、日医の松本会長も「地域によって医療資源が異なるため、各地域の実情を踏まえた取組み例を収集・分析し、好事例を各地域と情報共有するとともに、全国に横展開することがあげられます」と強調している24

筆者も、医療資源や人口動態が地域ごとに大きく異なる中、国一律の政策誘導には限界があると考えており、都道府県や地域の医師会が「地域の実情」に応じて創意工夫を講じることに期待している。さらに、国の強制力だけでは、高度な自由職業人である医師の判断や行動を誘導し切れないため、医師及び専門職集団としてのプロフェッショナル・オートノミーを発揮してもらいたいと考えている。

ただ、自治と実践に力点を置いた結果、弱さも内在することになった。例えば、制度の運営が都道府県の職員や医師・医療機関の判断や意欲、能力に大きく依存することになり、地域格差が生まれる可能性を孕んでいる。

さらに、多くの医師が制度に参入できるようになった結果、かかりつけ医に患者がアクセスしやすくなった半面、特に能力や要件が厳格に決まっていない以上、その機能を果たしていない医師や医療機関も対象になるマイナス面も予想される。より具体的に言うと、その医師や医療機関がかかりつけ医機能を十分に果たしていなくても、国や都道府県の関与は限定的である以上、どこまで質が担保されるのか、不透明な部分が残ると言わざるを得ない。これらは行政の関与が弱くなった結果として踏まえなければならない点であろう。

では、今回の新制度を通じて、どんな影響が考えられるだろうか、あるいは新たな制度で期待される関係者の役割とは何だろうか、以下では(1)患者、(2)医療機関や地域の医師会、(3)都道府県・市町村、(4)介護従事者、(5)健康保険組合などの保険者――に分けつつ、新制度が及ぼす影響や意味合い、それぞれの主体に期待される役割などを考察する。
 
22 2025年3月31日『m3.com』配信記事を参照。
23 ここで言う「地域の実情」という言葉は近年、医療・介護制度改正で多用されており、一種の流行語(?!)になっている。この言葉に着目した拙稿コラムを参照(番外編を含めた計6回、リンク先は第1回)。
24 2025年1月11日『社会保険旬報』No.2951におけるインタビューを参照。

5――新たな制度は機能するのか?

5――新たな制度は機能するのか?(1)~患者の視点~

1|「刷新」された医療機能情報提供制度の意味合い
まず、患者の視点から見た意味合いや役割である。医療では、患者と医師の情報格差が大きく、通常の財やサービスと違って、患者が自己決定できる余地は小さいが、患者が全てを医師に任せるのではなく、可能な限り主体的に考え、判断または行動することが求められる。

その点で言うと、医療機能情報提供制度が「刷新」されたことはプラスと言えるであろう。特に、情報を検索または閲覧しやすくなったことで、患者が自分に合ったかかりつけ医を選びやすくなった点はメリットと言えるし、こうした仕組みを上手く活用することが患者にも求められる。
2|正確かつタイムリーな情報が届くのか?
しかし、患者の視点で考えると、不安と疑問も残る。先に触れた通り、今回の仕組みは国や都道府県の強制力が弱く、自治と実践に力点が置かれている。このため、都道府県や地域の医師会の判断や意欲、能力に応じて、地域格差が生まれるのは避けられない。

さらに、患者がどこまで正確かつタイムリーな情報が得られるのか、かなり疑問である。2025年4月に示された施行通知では、かかりつけ医機能に手を挙げる医療機関は1年に1回、毎年1~3月の間、担っている機能を都道府県に報告するとされており、それほど頻繁に更新されるわけではない。実際、医療機能情報提供制度で検索すると、「必ずしも最新の報告内容が反映されていない」というポップアップ画面が自動的に表示される。

このため、例えば下記のようなケースが起こり得る。深夜に身体の不調を感じた患者が医療機能情報提供制度を基に、「自宅から少し離れたA診療所で時間外対応を実施している」という情報を入手し、連絡を取ろうとしたが、電話が繋がらない。その後、A診療所を時間内に訪ねると、診察室で医師から「時間外対応は半年前に止めたんですよね」と言われた――。こうした場面に直面すれば、多くの人は「医療機能情報提供制度は使えない」と判断するであろう。

しかも、先に触れた通り、公表されている情報が違っても、都道府県の「確認」は是正などの強制力を伴わないなど、国や都道府県の関与は限られている。このため、患者は「正確かつタイムリーな情報ではないかもしれない」と半ば諦めつつ、医療機能情報提供制度を使う方がベターなのかもしれない。

6――新たな制度は機能するのか?

6――新たな制度は機能するのか?(2)~医療機関や地域の医師会の視点~

1|どこまで参入者が増えるか?
次に、医療機関や地域の医師会から見た意味合いや、その役割である。まず、役割から説明すると、患者にとって使いやすい仕組みにする上では、多くの医療機関が新制度に参入した上で、患者のニーズに対応することが欠かせない。このため、新たな制度への参入者の増加とか、かかりつけ医機能研修制度の受講者数の増加や内容の拡充など、日医や地域の医師会には主体的な対応が求められる。

実際、日医の松本会長は「『国民の生命と健康を守る』という医師の使命を果たすにあたり、全国の先生方に医学・医療に関する学びの機会を提供することは、日本医師会の責務です。引き続き、研修の充実等に向けて取り組んでいきたいと思います」25と述べている。
 
25 2025年1月21日『社会保険旬報』を参照。
2|事務負担が増える?
しかし、診療所や中小医療機関が新たな制度からメリットを得られるとは考えにくい。現実的な利得という点で考えると、医療機能情報提供制度がレストランやホテルの検索サイトのような役割を果たし、多くの患者や市民が「医療機能情報提供制度を見なければ医療機関が選びにくい」と考えるようになれば、医師や医療機関にもメリットがあるかもしれない。

具体的には、「正確かつタイムリーな情報を医療機能情報提供制度に載せれば、外来患者が増えるかもしれない」という期待とか、「正確かつタイムリーな情報を医療機能情報提供制度にアップしないと、患者が自院から逃げる」という危機感を持つ状況になれば、医療提供者も医療機能情報提供制度の有効性を感じるであろう。

しかし、先に触れた通り、更新頻度は1年に1回に過ぎず、患者が「正確かつタイムリーな情報」と思うようになる可能性は低いと言わざるを得ない。そうなると、医療提供サイドも医療機能情報提供制度の有効性を感じなくなる可能性が考えられる26

むしろ、機能報告に関わる文書の作成など、医療機関の事務負担が増える可能性がある。このため、多くの医療機関が参入する働き掛けとともに、診療報酬に関わる情報については、厚生労働省の出先機関である厚生局に提出した内容が医療機能情報提供制度にも反映されるようにするなど、負担軽減の工夫が必要になりそうだ。
 
26 そもそもレストランの検索サイトでは、他の消費者の書き込みや評価を相当程度、参照できるが、医療サービスの場合、患者―医師の情報格差が大きく、消費者の選好に全てを頼ることは困難である。このため、医療機能情報提供制度がレストランの検索サイトのように使われることは考えにくい。

7――新たな制度は機能するのか?(3)

7――新たな制度は機能するのか?(3)~都道府県・市町村の視点~

1|身近な病気やケガに対応する部分もカバーされた意味合い
第3に、現場で制度運営を担う都道府県・市町村の視点である。まず、都道府県に関しては、医療行政における役割が大きくなる中、今まで手付かずだった診療所や中小病院が制度にカバーされるようになり、入院医療から入退院支援、在宅医療、外来医療、医療・介護連携までを一体的に議論できるようになった意味合いを指摘できる。

具体的には、先に触れた通り、地域医療構想や外来機能分化の議論は病院に限定されていたため、診療所や中小病院が担う身近な病気やケガへの対応は地域の協議の場から外れていた。しかし、そもそも論を言うと、過去の提供体制改革では本来、かかりつけ医機能を意識する必要があった。

例えば、地域医療構想の議論では、専ら急性期病床の削減に力点が置かれていたが、これらの病院から退院する患者にリハビリテーション機能を提供する回復期病床の役割が重要になるため、中小病院の役割が問われていた。さらに、回復期から退院した高齢者らを自宅で受け入れる上でも、外来での対応や在宅医療、医療・介護連携などが重要になるため、かかりつけ医機能を担う診療所や中小病院の役割も意識する必要があった。

このほか、外来機能分化を通じて、中小病院や診療所から紹介された患者を受け入れる「紹介受診重点医療機関」を決めることとは、これらの医療機関に紹介されない患者への対応を検討する必要があり、この役割を担うのは当然、かかりつけ医機能を担う診療所や中小病院である。

以上のように考えれば、都道府県を中心とした過去の医療提供体制改革は全て、かかりつけ医機能と深い関わりを持っていたことになる。このため、今回の新たな制度を通じて、都道府県が切れ目のない提供体制の構築に向けた議論を展開しやすくなったと言える。

むしろ、筆者自身としては、かかりつけ医機能に関わる見直しが遅きに失したと考えており、今回の新たな制度を機に、病床再編、外来機能分化、在宅医療、医療・介護連携、医師確保など幅広い視点で、医療提供体制の方向性を検討するスタンスが都道府県に望まれる。

さらに、介護保険や福祉制度を司る市町村も、同様の効果を期待できると考えられる。特に在宅医療や医療・介護連携では、介護保険財源を用いる「在宅医療・介護連携推進事業」という事業を中心に、実践が積み上げられてきた。

具体的には、2015年度介護保険改正で創設された在宅医療・介護連携推進事業では、図表7の通り、(1)地域の医療・介護の資源の把握、(2)在宅医療・介護連携の課題の抽出と対応策の検討、(3)切れ目のない在宅医療と在宅介護の提供体制の構築推進、(4)医療・介護関係者の情報共有の支援、(5)在宅医療・介護連携に関する相談支援、(6)医療・介護関係者の研修、(7)地域住民への普及啓発、(8)在宅医療・介護連携に関する関係市区町村の連携――という8つの取り組みが市町村に課されている27

ここでの注目は8つの取り組みと、かかりつけ医機能の共通点である。既に触れた通り、かかりつけ医機能の2号機能報告では、在宅医療や介護との連携が想定されており、かなりの部分が在宅医療・介護連携推進事業と共通しているし、いずれも現場で担う主体は地域の医師会である。

このため、市町村としては、これまでの在宅医療・介護連携推進事業の蓄積を踏まえつつ、かかりつけ医機能の新しい制度をテコ入れ材料にすることで、地域の医師会との関係を構築、強化できる可能性が想定される。

実際、国の委託調査で2025年3月に改定された『在宅医療・介護連携推進事業の手引き』28では、「かかりつけ医機能報告制度に係る協議の場等においても、必要に応じて連携し、実施することも重要である」という記述が入るなど、かかりつけ医の新制度と在宅医療・介護連携推進事業のリンクを意識する必要性が言及されている。
図表7:在宅医療・介護連携推進事業で求められている8つの取り組み
 
27 在宅医療・介護連携推進事業の内容や現状については、2024年10月22日拙稿「『「在宅医療・介護連携推進事業」はどこまで定着したか?」を参照。
28 野村総合研究所(2025)『在宅医療・手引き連携事業の手引き Ver.4』(老人保健健康増進等事業)を参照。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月28日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    ・関東学院大学法学部非常勤講師

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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