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2025年05月16日

日本の民間活力はどの国と対比するのが適切か-国民負担控除後の1人あたりGDP実額から-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――はじめに

世界銀行によると、2023年におけるわが国の1人当たりGDPは世界の国・地域の中で38位であった。同じデータベースで30年前の1993年には5位であったことを踏まえると、残念ながら凋落著しいと認めねばならないだろう。
【図表1:2023年の1人当たりGDP上位50国・地域(米ドル単位)】
他方、国民負担率という概念がある。租税負担率と社会保障負担率を合計したものであり、高いほど国民の富が国家あるいは行政に多く移転していると理解される。

このレポートの目的は、ОECD加盟国を対象とする2022年の国民負担率1を用いて上述の2023年の一人当たりGDPのうち民間部門に残る実額を計算した上で、わが国の民間活力が世界の中でどのような位置にあるか確認することにある。

GDPの需要項目に政府支出がある通り、国庫に移転された富が経済成長に貢献しないということはないものの、行政サービスの対象は限定される。富が民間部門にあってこそ、市場原理を通じ効率的に配分されて経済を発展させるという前提の下、国民1人が稼いだ富がどれほど民間部門に残って活力を生んでいるのかみていきたい。
 
1 財務省「令和7年度の国民負担率を公表します」に基づく。尚、わが国の分析においては国民所得比が一般的であるところ、このレポートでは国際比較のためGDP比の国民負担率を用いる。

2――英米独仏との対比

2――英米独仏との対比

まずは図表2の通り、諸事においてわが国と比較されることの多い英米独仏と対比したい。
【図表2:1人当たりGDPの民間活用額(対比A、米ドル単位)】
1人当たりGDPが高水準でありながら国民負担率が低い米国は別格として、ドイツも英国もわが国より約1万ドル多く民間部門で活用されていることが伺えよう。国民負担率が48%弱と高水準のフランスでようやく、わが国に近い民間活用額になっている。

3――北欧との対比

3――北欧との対比

次に図表3にて、高福祉で知られ社会保障制度の検討に際し参照されることの多い北欧諸国と対比してみよう。
【図表3: 1人当たりGDPの民間活用額(対比B、米ドル単位)】
高福祉の財源的裏付けとして必然的に高負担となることから、民間での活用は少ないと思いがちだが実額では必ずしもそうではない。わが国より国民負担率が大きくとも、1人当たりGDPの水準が高いため、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンでは国民負担控除後の民間活用額でさえ、わが国の1人当たりGDPより実額として大きい。高福祉でありながら民間活力も高いと評価できる。

4――1人当たりGDP水準が近いOECD加盟国との対比

4――1人当たりGDP水準が近いOECD加盟国との対比

それでは国民負担率を捕捉できるОECD加盟国の中から、1人当たりGDPの水準がわが国に近い4か国との対比を図表4にて確認したい。
【図表4:1人当たりGDPの民間活用額(対比C、米ドル単位)】
これら4か国と比しわが国の国民負担率は中位になる。1人当たりGDP水準が大きく変わらないことから、結果として民間活用額も同様の水準に落ち着いている。

5――国民負担率の低いOECD加盟国との対比

5――国民負担率の低いOECD加盟国との対比

最後に図表5にて国民負担率の低い4か国と対比しよう。尚、ここで挙げられた4か国の次に国民負担率が低い国は米国となる。
【図表5: 1人当たりGDPの民間活用額(対比D、米ドル単位)】
国家の一般的な成長過程として、低所得国の国民負担率は低く、所得の向上に従って国民負担率が高くなる傾向がある。豊かになるにつれ、多額の国家予算を要する社会保障制度が整っていくことを意味している。

ここで取り上げた4か国はその前段階にあると考えてよいだろう。国民負担率が低位でありながらも、分母となる1人当たりGDPの水準が低いことから、民間活用額はわが国の半分前後に止まる結果となっている。

6――おわりに

6――おわりに

民間主導経済こそ経済を成長させるという前提に立つならば、わが国においては現状34.9%の国民負担率を減少させ、民間部門により多くの富を移転させることが望まれるものの、現実には難しいだろう。

先の国会では高額療養費制度の見直しが白紙撤回に追い込まれた一方、高校授業料の無償化が可決された。政府支出の削減は容易なことでは進まないようだ。一部では消費税率の引き下げ議論も出ているが、これに見合う財源手当ては聞こえてこない。

当然のことながら、このレポートで取り上げた1人当たりGDPにおける民間活用額だけが経済活性化を説明するものではない。他の要因をもってわが国の発展を願うところであるが、わが国の大まかな位置として米国や北欧は遠い。韓国、イタリア、チェコ、スペインと並走し、少し前にフランスを見据えている現状は冷静に把握すべきだろう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月16日「基礎研レター」)

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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人 アフリカ協会
    一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

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レポート紹介

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