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コラム
2025年05月13日
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トランプ2.0の関税交渉で日本は最優先と伝わっていたが、合意で一番乗りとなったのは英国で、中国が続いた。
なぜ、英国が一番乗りだったのか。なぜ、5月8日というタイミングで合意が発表されたのか。何よりも、一番乗りの英国は今回の合意で何を得て、どのような譲歩をしたのか。米英合意からの日本への示唆はどのようなものなのか。これらの疑問に対する考察を以下にまとめる。
なぜ、英国が一番乗りだったのか。なぜ、5月8日というタイミングで合意が発表されたのか。何よりも、一番乗りの英国は今回の合意で何を得て、どのような譲歩をしたのか。米英合意からの日本への示唆はどのようなものなのか。これらの疑問に対する考察を以下にまとめる。
1.なぜ英国が一番乗りだったのか?
英国が一番乗りとなったのは、英国は米国と伝統的に関係が緊密で、懸案事項が少なく、トランプ大統領にとって、合意をまとめやすい相手だったからだろう。
(米英の「特別な関係」)
米国と英国の関係は「特別な関係」と形容される、とりわけ緊密な同盟国である。英国はトランプ関税に報復措置をとらず、早くから交渉に積極的姿勢を示してきた。両国には言語や法体系の共通性もある。米国から見て、ビジネスフレンドリーな環境であり、米国が問題視する非関税障壁もEU規制に由来するものを除いて比較的少ない。
(小さい不均衡)
トランプ2.0の物差しでは英国は「不均衡の小さい国」であり、「為替操作」のリスクがない国である。二国間の財の貿易収支は米国側が黒字で、経常収支は赤字である。「相互関税」の税率は対米貿易赤字の大きさで決められたが、米国側が黒字の英国には「上乗せ税率」は設定されなかった。「為替操作」のリスクについて、米国は、財務省が作成する「為替政策報告書」で、財・サービス貿易の輸出入総額上位20カ国・地域を対象に、(1)年間150億ドル以上の対米財・サービス貿易黒字、(2)GDP比3%以上の経常収支黒字、(3)持続的で一方的な為替介入(過去12カ月間のうち8カ月以上の介入、かつGDP比2%以上の介入総額)という3つの基準で判断している。すべてに該当する場合は「為替操作国・地域」、2つに該当する場合は「為替操作監視対象」リストに掲載する。24年11月公表の報告書では、「為替操作国・地域」はなく、「為替操作監視対象」リストに掲載されたのは日本、中国、韓国、台湾、シンガポール、ベトナム、ドイツの7カ国・地域である。この基準に基づけば、経常赤字国の英国はリスクが低いと判断される。
(EUからの離脱)
英国の欧州連合(EU)離脱も「一番乗り」と深く関わる。二国間の交渉を好むトランプ大統領は1期目から英国のEU離脱を支持する姿勢をとってきた。他方、英国は、EU離脱で独自の通商交渉の権限を回復したことから、新たな通商協定に積極的に取り組んでいる。米英合意の公表に先立つ6日に、スターマー政権は、保守党政権期から交渉してきたインドとの自由貿易協定(FTA)の合意を発表している。英国は、EUがFTA未締結の豪州、NZともFTAを締結、2018年に発足した「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」にも2024年12月に新規加盟の一番乗りを実現している。
(米英の「特別な関係」)
米国と英国の関係は「特別な関係」と形容される、とりわけ緊密な同盟国である。英国はトランプ関税に報復措置をとらず、早くから交渉に積極的姿勢を示してきた。両国には言語や法体系の共通性もある。米国から見て、ビジネスフレンドリーな環境であり、米国が問題視する非関税障壁もEU規制に由来するものを除いて比較的少ない。
(小さい不均衡)
トランプ2.0の物差しでは英国は「不均衡の小さい国」であり、「為替操作」のリスクがない国である。二国間の財の貿易収支は米国側が黒字で、経常収支は赤字である。「相互関税」の税率は対米貿易赤字の大きさで決められたが、米国側が黒字の英国には「上乗せ税率」は設定されなかった。「為替操作」のリスクについて、米国は、財務省が作成する「為替政策報告書」で、財・サービス貿易の輸出入総額上位20カ国・地域を対象に、(1)年間150億ドル以上の対米財・サービス貿易黒字、(2)GDP比3%以上の経常収支黒字、(3)持続的で一方的な為替介入(過去12カ月間のうち8カ月以上の介入、かつGDP比2%以上の介入総額)という3つの基準で判断している。すべてに該当する場合は「為替操作国・地域」、2つに該当する場合は「為替操作監視対象」リストに掲載する。24年11月公表の報告書では、「為替操作国・地域」はなく、「為替操作監視対象」リストに掲載されたのは日本、中国、韓国、台湾、シンガポール、ベトナム、ドイツの7カ国・地域である。この基準に基づけば、経常赤字国の英国はリスクが低いと判断される。
(EUからの離脱)
英国の欧州連合(EU)離脱も「一番乗り」と深く関わる。二国間の交渉を好むトランプ大統領は1期目から英国のEU離脱を支持する姿勢をとってきた。他方、英国は、EU離脱で独自の通商交渉の権限を回復したことから、新たな通商協定に積極的に取り組んでいる。米英合意の公表に先立つ6日に、スターマー政権は、保守党政権期から交渉してきたインドとの自由貿易協定(FTA)の合意を発表している。英国は、EUがFTA未締結の豪州、NZともFTAを締結、2018年に発足した「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」にも2024年12月に新規加盟の一番乗りを実現している。
2.なぜ5月8日というタイミングで合意が発表されたのか?
(時間の経過とともに増す関税政策の負の影響)
トランプ関税を巡る混乱は、ドル安、株安、債券安の「トリプル安」を引き起こし、米国経済への悪影響が時間の経過とともに明確になる。米英合意発表に続いて、米中が初回の交渉で双方が115%の関税引き下げで合意したことが象徴する通り、高関税は米国経済の重石となっていた。
トランプ政権は関税政策による具体的な成果をアピールする必要に迫られていた。米英交渉の終盤ではトランプ大統領も介入したようだ。大統領執務室での米英合意発表の会見で、トランプ大統領に促され、ラトニック商務長官が、トランプ関税が合意を引き出したこと、ディールメーカーとしてのトランプ大統領の手腕をしきりと賞賛したことは印象的だった。
(欧州戦勝記念日)
5月8日は、連合国がナチス・ドイツを無条件降伏させた欧州戦勝記念日であり、今年は80周年をむかえた。トランプ大統領は、5月7日に、5月8日を「第2次世界大戦戦勝記念日」と宣言する布告を出している。
トランプ政権が具体的な成果を必要としていたこと、かつ、相手が連合国の英国であったことが、5月8日というタイミングが選ばれた理由だろう。
トランプ関税を巡る混乱は、ドル安、株安、債券安の「トリプル安」を引き起こし、米国経済への悪影響が時間の経過とともに明確になる。米英合意発表に続いて、米中が初回の交渉で双方が115%の関税引き下げで合意したことが象徴する通り、高関税は米国経済の重石となっていた。
トランプ政権は関税政策による具体的な成果をアピールする必要に迫られていた。米英交渉の終盤ではトランプ大統領も介入したようだ。大統領執務室での米英合意発表の会見で、トランプ大統領に促され、ラトニック商務長官が、トランプ関税が合意を引き出したこと、ディールメーカーとしてのトランプ大統領の手腕をしきりと賞賛したことは印象的だった。
(欧州戦勝記念日)
5月8日は、連合国がナチス・ドイツを無条件降伏させた欧州戦勝記念日であり、今年は80周年をむかえた。トランプ大統領は、5月7日に、5月8日を「第2次世界大戦戦勝記念日」と宣言する布告を出している。
トランプ政権が具体的な成果を必要としていたこと、かつ、相手が連合国の英国であったことが、5月8日というタイミングが選ばれた理由だろう。
3.英国は何を得て、どのような譲歩をしたのか?
今回の米英合意(「米英経済繁栄協定(EPD)」の内容はA4で5ページの確認文書として公表された。確認文書に法的な拘束力はなく、合意内容も「生煮え」で、関税措置は「合理的な交渉期間を経て」、「可能な限り早期に」実施、つまり具体的なスケジュールは不明で、適用条件の詳細も今後の交渉に委ねられる。合意は、いずれか一方の「書面による通知」で終了できる「薄氷の合意」でもある。
すでに発動済みの「製品別関税」のうち、自動車では年間10万台の低関税輸入枠を新設し、枠内の輸入車の関税はトランプ関税により25%が上乗せされた27.5%から10%に引き下げた。部品についても付帯措置を講じる。10万台の輸入枠は過去5年の対米輸出台数の平均13.2万台を下回る水準である。
「鉄鋼・アルミニウム」の25%の追加関税については、免除の対象は一定の割当枠の範囲内、かつ、供給網の安全保障と生産設備の所有権に関する条件に適合した場合となる。どのようなタイミングで、どの程度の数量が免除の対象となるのか、どのような条件への適合が求められるのかなど不明点が多い。
「製品別関税」は、232条に基づく国家安全保障への脅威に関する調査が行われている医薬品や半導体、重要鉱物、航空機・部品等に広がる見通しだ。医薬品は、一般機械や自動車、航空機・部品等と並ぶ英国の主力輸出産業であるため、米英交渉では今後の関税措置からの減免も英国側の関心事項だった。結果として、供給網の安全保障要件に適合した場合には、大幅な優遇について交渉することで合意した。
供給網の安全保障要件は「経済安全保障の連携強化と協力深化」の合意事項がたたき台になると思われる(図表2)。直後に控えていた米中関税協議での合意を目指したためか、米英合意では中国排除の要件は明記されなかった。しかし、「第3国の非市場政策への対処での調整」や「反ダンピング、相殺関税、セーフガード対象国からの関税回避防止措置を協議」といった項目は、中国排除が要件となり得ることを示唆すると思われる。
「鉄鋼・アルミニウム」の25%の追加関税については、免除の対象は一定の割当枠の範囲内、かつ、供給網の安全保障と生産設備の所有権に関する条件に適合した場合となる。どのようなタイミングで、どの程度の数量が免除の対象となるのか、どのような条件への適合が求められるのかなど不明点が多い。
「製品別関税」は、232条に基づく国家安全保障への脅威に関する調査が行われている医薬品や半導体、重要鉱物、航空機・部品等に広がる見通しだ。医薬品は、一般機械や自動車、航空機・部品等と並ぶ英国の主力輸出産業であるため、米英交渉では今後の関税措置からの減免も英国側の関心事項だった。結果として、供給網の安全保障要件に適合した場合には、大幅な優遇について交渉することで合意した。
供給網の安全保障要件は「経済安全保障の連携強化と協力深化」の合意事項がたたき台になると思われる(図表2)。直後に控えていた米中関税協議での合意を目指したためか、米英合意では中国排除の要件は明記されなかった。しかし、「第3国の非市場政策への対処での調整」や「反ダンピング、相殺関税、セーフガード対象国からの関税回避防止措置を協議」といった項目は、中国排除が要件となり得ることを示唆すると思われる。
(英国はどのような譲歩をしたのか?)
政治サイトのポリティコは、米英交渉の内幕を報じた記事1で、USTRの優先事項は、(1)デジタルサービス税撤回、(2)標準税率で20%という高率の付加価値税からの除外、(3)牛肉など農産物輸出拡大の3つがあったという英国産業団体の関係者の談話を紹介している。
これに対して、トランプ大統領が今回の合意の成果として誇ったのは、「農業分野を中心とする米国製品の輸出市場アクセス拡大」、つまり(3)に関する合意である。
米国製品のアクセス改善は2本の柱からなり(図表1)、第1の柱が「牛肉」である。英国は従来の輸入枠が0.1万トンで20%課税されていたが、従来の枠の20%の課税は免除、新たに1.3万トンの無税枠を設定する大幅な譲歩をした。英国側は、牛肉市場の開放が「相互的」であることを強調したが、英国側が枠を新設するのに対して、米国側は既存の枠を英国に再配分するというものである。
アクセス改善の第2の柱はエタノールであり、14億リットル相当の無税枠を設定した。エタノールの関税引き下げはトランプ大統領からの合意直前の直々の要請だったとされる。
ホワイトハウスは、これらの市場アクセス改善措置による輸出拡大効果は50億ドルとしているが、期待通りの結果となるか不確かである。ホウィトハウスのプレスリリースでは、協定前の英国は「米国の輸出に悪影響を及ぼす科学的根拠のない基準」で不公平な競争環境を作り出してきたとしているが、トランプ大統領は、協定によって「アメリカ製品に不当な差別をしていた多数の非関税障壁を削減または撤廃する」と述べている。他方、英国政府は「輸入に関わる食品衛生基準の緩和などは行わない」と説明している。確認文書によれば(図表2)、英国政府の主張通り「輸入食品・農産物は輸入国の基準を順守」を確認しているが、同時に「市場アクセス改善のための協力」も約束しており、米国が基準の緩和を求めることはあり得るだろう。塩素処理された鶏肉やホルモン処理された牛肉など「食の安全」を巡る意識の差は、米英や米EUのFTA交渉の最大の障壁の1つとなってきた問題である。この点での認識のギャップは最終合意の障害となる可能性がある。
また、USTRの3つの優先事項のうち、(2)の付加価値税の問題は合意の見込みは低いが、(1)のデジタルサービス税の撤回は、今回の合意事項には含まれなかったが、今後、英国側が譲歩を迫られる可能性はある。USTRは米英合意のファクトシート2で「差別的で不当で速やかに撤回されるべき」との見解を示している。英国政府も今後の交渉の対象となる可能性を排除していない。
政治サイトのポリティコは、米英交渉の内幕を報じた記事1で、USTRの優先事項は、(1)デジタルサービス税撤回、(2)標準税率で20%という高率の付加価値税からの除外、(3)牛肉など農産物輸出拡大の3つがあったという英国産業団体の関係者の談話を紹介している。
これに対して、トランプ大統領が今回の合意の成果として誇ったのは、「農業分野を中心とする米国製品の輸出市場アクセス拡大」、つまり(3)に関する合意である。
米国製品のアクセス改善は2本の柱からなり(図表1)、第1の柱が「牛肉」である。英国は従来の輸入枠が0.1万トンで20%課税されていたが、従来の枠の20%の課税は免除、新たに1.3万トンの無税枠を設定する大幅な譲歩をした。英国側は、牛肉市場の開放が「相互的」であることを強調したが、英国側が枠を新設するのに対して、米国側は既存の枠を英国に再配分するというものである。
アクセス改善の第2の柱はエタノールであり、14億リットル相当の無税枠を設定した。エタノールの関税引き下げはトランプ大統領からの合意直前の直々の要請だったとされる。
ホワイトハウスは、これらの市場アクセス改善措置による輸出拡大効果は50億ドルとしているが、期待通りの結果となるか不確かである。ホウィトハウスのプレスリリースでは、協定前の英国は「米国の輸出に悪影響を及ぼす科学的根拠のない基準」で不公平な競争環境を作り出してきたとしているが、トランプ大統領は、協定によって「アメリカ製品に不当な差別をしていた多数の非関税障壁を削減または撤廃する」と述べている。他方、英国政府は「輸入に関わる食品衛生基準の緩和などは行わない」と説明している。確認文書によれば(図表2)、英国政府の主張通り「輸入食品・農産物は輸入国の基準を順守」を確認しているが、同時に「市場アクセス改善のための協力」も約束しており、米国が基準の緩和を求めることはあり得るだろう。塩素処理された鶏肉やホルモン処理された牛肉など「食の安全」を巡る意識の差は、米英や米EUのFTA交渉の最大の障壁の1つとなってきた問題である。この点での認識のギャップは最終合意の障害となる可能性がある。
また、USTRの3つの優先事項のうち、(2)の付加価値税の問題は合意の見込みは低いが、(1)のデジタルサービス税の撤回は、今回の合意事項には含まれなかったが、今後、英国側が譲歩を迫られる可能性はある。USTRは米英合意のファクトシート2で「差別的で不当で速やかに撤回されるべき」との見解を示している。英国政府も今後の交渉の対象となる可能性を排除していない。
4.米英合意からの日本への示唆は?
米英合意からの示唆は、(1)自動車、鉄鋼・アルミニウムという「製品別関税」も交渉の対象となり得るものの、安全保障要件への適合が求められること、(2)相互関税の一律10%の撤回は難しいこと、(3)米国の農産物の市場アクセスに関わる譲歩は合意を取り付ける上で効果的だが、関税措置見直しが即時実行に移されるとは限らず、撤回の可能性も残り、最終合意に向けた交渉でさらなる譲歩を求められる可能性があることなどだ。
ただ、1項で触れた米英関係の特別さや、トランプ政権が問題視する不均衡の小ささ、EU離脱といった背景を踏まえると、米英合意は他国の協定のひな型とはなり辛い。特に、トランプ大統領が問題視する財貿易の不均衡が大きく、米国向け輸出を成長の牽引力としてきた日本を含むアジアには、米国は、より厳しい姿勢をとることが想定される。自動車に関しては、英国の対米自動車輸出が米国メーカーと競合しない超高級車に特化し、輸出台数も24年実績でおよそ11万台超程度と日本や韓国より一桁少ない。英国については、自動車への高関税が、米国への生産移管を促す効果が限られ、米国内の支持者にアピールする農産物等の市場アクセスを獲得するベネフィットが上回ると判断した可能性がある。
英国にとって、対米合意での一番乗りが良いことなのか、悪いことなのか、英国に続く合意の結果が明らかにならなければ評価はできない。英国政府は、合意によって自動車産業の雇用危機が回避できたことを強調するが、その見返りとして無関税の市場アクセスを認めることになった牛肉やエタノールの生産者らは不満を抱く。英国内には食の安全に関わる英国の規制が安価な米国産農産物等の流入に対する「障壁」となるとの期待があるが、「障壁」を守り続けることができるのかは不確かさがある。
米英合意は自由で開かれたルールに基づく国際秩序の揺らぎを止めるものでもない。米英合意の内容が限定的であり、世界貿易機関(WTO)のルール上の自由貿易協定(FTA)の要件に適合しない。FTAは、「いずれかの国に与える最も有利な待遇を他のすべての加盟国に対して与えなければならない」という最恵国待遇の原則の例外として認められるが、FTAの要件を満たさない米英合意はWTOルールの基本原則への抵触という問題もはらむ。今回の合意によって英国は「世界を失望させた」3との厳しい評価もある。
ただ、1項で触れた米英関係の特別さや、トランプ政権が問題視する不均衡の小ささ、EU離脱といった背景を踏まえると、米英合意は他国の協定のひな型とはなり辛い。特に、トランプ大統領が問題視する財貿易の不均衡が大きく、米国向け輸出を成長の牽引力としてきた日本を含むアジアには、米国は、より厳しい姿勢をとることが想定される。自動車に関しては、英国の対米自動車輸出が米国メーカーと競合しない超高級車に特化し、輸出台数も24年実績でおよそ11万台超程度と日本や韓国より一桁少ない。英国については、自動車への高関税が、米国への生産移管を促す効果が限られ、米国内の支持者にアピールする農産物等の市場アクセスを獲得するベネフィットが上回ると判断した可能性がある。
英国にとって、対米合意での一番乗りが良いことなのか、悪いことなのか、英国に続く合意の結果が明らかにならなければ評価はできない。英国政府は、合意によって自動車産業の雇用危機が回避できたことを強調するが、その見返りとして無関税の市場アクセスを認めることになった牛肉やエタノールの生産者らは不満を抱く。英国内には食の安全に関わる英国の規制が安価な米国産農産物等の流入に対する「障壁」となるとの期待があるが、「障壁」を守り続けることができるのかは不確かさがある。
米英合意は自由で開かれたルールに基づく国際秩序の揺らぎを止めるものでもない。米英合意の内容が限定的であり、世界貿易機関(WTO)のルール上の自由貿易協定(FTA)の要件に適合しない。FTAは、「いずれかの国に与える最も有利な待遇を他のすべての加盟国に対して与えなければならない」という最恵国待遇の原則の例外として認められるが、FTAの要件を満たさない米英合意はWTOルールの基本原則への抵触という問題もはらむ。今回の合意によって英国は「世界を失望させた」3との厳しい評価もある。
(2025年05月13日「研究員の眼」)

03-3512-1832
経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/05/13 | 一番乗りの米英合意をどう読み解くか? | 伊藤 さゆり | 研究員の眼 |
2025/04/18 | トランプ関税へのアプローチ-日EUの相違点・共通点 | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/03/28 | トランプ2.0でEUは変わるか? | 伊藤 さゆり | 研究員の眼 |
2025/03/17 | 欧州経済見通し-緩慢な回復、取り巻く不確実性は大きい | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
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