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2025年05月02日

ネットでの誹謗中傷-ネット上における許されない発言とは?

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

昨年度、EUの偽情報対策について2本のレポートを執筆した。そこでは、偽情報を特定する方法や、削除を含む対応策について、プラットフォーム提供者など情報の仲介を行う事業者を対象とするガイドラインや自主規制について述べた。これらは、プラットフォーム提供者内の対応チームの設置に加え、ファクトチェック機関、研究員などの専門家などと協力した体制を構築すること、また、言論の自由に配慮しつつ、迅速かつ適切に削除や表示ランクの引き下げなどを行うべきことが定められていた。

本稿では、それではどのような内容のオンライン投稿が違法(=損害賠償や削除の対象)になるのかという視点で考えていきたい。このような切り口では偽情報以外の投稿も検討対象とする。

差し当たり、対象となるのは「誹謗中傷」であろう。誹謗中傷という用語自体は法律用語ではないが、人を不当に貶める投稿を広く指すものと本稿では定義する。なお、前回までのレポートでは主にEUについて述べたが、本稿では日本法を取り扱う。

2――誹謗中傷と法律との関係

2――誹謗中傷と法律との関係

1|誹謗中傷と民法との関係
誹謗中傷問題は民事上(=民法)と刑事上(=刑法)の二つの法律が関係してくるが、本稿では原則として民事上の問題を扱うこととする。民事では誹謗中傷により他人の社会的評価などを低下させたものは不法行為(民法709条)によって賠償責任を負うと解されている(詳細は後述)。具体的な民法条文の文言を挙げると「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」という抽象的・一般的なもので、一般的に他人の権利・利益を侵害した場合の条文が適用されることとなっている。したがって不法行為を誹謗中傷に適用するにあたっての具体的な解釈は判例・学説によっている。

ちなみに、民法723条は「他人の名誉を毀損(きそん)した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる」とする。民法における不法行為についての救済は原則として金銭賠償であるが、名誉侵害に関しては、名誉回復処分も可能としているところに特色がある。
2|誹謗中傷と刑法との関係
ここでいったん刑法をみておきたい。なぜならば民事上の責任は刑法に同一または類似の考え方にそって解釈されてきているからである。刑法で誹謗中傷に該当する罪としては、名誉毀損罪「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損(きそん)した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する」(刑法230条1項)がある。ここで「事実を適示し」の事実には虚偽の事実も含む。このことは、同条2項で「死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない」とあることからも明確である。すなわち、偽情報によって人の名誉を傷つけることは処罰の対象となる。

そして名誉毀損罪は「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない」(刑法230条の2第1項)とある。このように公然と事実を適示し、名誉毀損を行っても責任が問われない場合がある。この点に関しても民法に同様の考え方がある。

また、名誉毀損罪のほかにも侮辱罪(231条)があり、これは「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する」とされるもので、事実の適示を伴わない名誉毀損行為である。単に人を下品な言葉で中小することが該当し、民法上でも賠償責任に問われる。
そのほかに信用毀損罪(刑法233条)があるが、省略する。

3――名誉毀損に該当する誹謗中傷

3――名誉毀損に該当する誹謗中傷

1|本稿で検討する投稿事例
まず基本となる具体事例を挙げたい。論文であるので、あまり過激な表現は避けるとすると差し当たり、「△△会社の○○は(これこれこういった1)パワハラ・セクハラ行為を社内で行っているが見逃されている。△△会社のガバナンス体制や内部通報体制は前近代的だ」という投稿Xが大規模プラットフォームで発信されたとする。投稿Xは事実行為として○○という人物がパワハラ・セクハラを行った事実を具体的に適示し、かつ△△会社の社内体制を批判(論評)するものとなっており、そして幅広く閲覧できる状態に置かれている。したがって、○○について事実の適示による名誉毀損、△△会社に対する批判(論評)による名誉毀損が問題となりうる。なお、問題となる表現が事実か意見論評かは、判例は「当該表現が証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事実を明示的又は黙示的に主張するものと理解されるとき」は事実の適示だとする(最判平9年9月9日)。上記ではパワハラ・セクハラ行為があったかどうかは証拠をもってその存否を決することができるので事実の適示と考えられる。他方、会社の体制が前近代的かどうかは証拠をもって決することができないので論評と考えるのが妥当と思われる。
 
1 ここにはパワハラ・セクハラの具体的な行為が述べられているとする。
2|名誉毀損の成立条件
上述の通り、名誉毀損に関して法的救済を求める法的根拠となる民法上の不法行為(709条)は、人の権利・利益を侵害し、損害を発生させたことにより成立する。本事例に関して権利・利益とされるのは、人の名誉であり、これは人の品行、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価(最判昭和61年6月11日)である。一般に社会的評価と呼ばれており、名誉毀損とはこの社会的評価を低下させる行為を言う(最判昭和31年7月20日)。また、一般に名誉毀損があった場合には当然に損害の発生が認められると解釈されている2。つまり名誉毀損を受けたと提訴する者は、自分の社会的評価が低下したことを主張立証すればよいこととなる。

他方、上述の刑法と同様に、投稿内容が人の社会的評価を低下させるものだとしても、公共性・公益性が存在し、適示された事実が真実又は真実と信じるについて相当の理由がある場合には名誉毀損は成立しないと通説・判例上、解されている。したがって、社会的評価を低下させる内容の投稿をしたことを理由に名誉毀損で訴えられた者は、これらの事由(公共性・公益性・真実相当性)が存在することを主張立証することで責任を免れることができる。

なお、民法における名誉毀損の判断フレームと刑法におけるそれとは類似のものとなっているが、刑法における名誉毀損はその表現内容が特に悪質な虚偽であるとか表現の社会的な広がりなど総合的に考慮し、刑事罰を科すに足りる悪質性が認められる場合にのみ適用があるものと考えられる。

上述の通り、具体事例では○○に対する事実の適示による名誉毀損が問題となるとともに、△△会社に対する批判(論評)による名誉毀損が問題となるが、前者(事実の適示)と後者(論評)では若干判断フレームが異なる。以下ではそれぞれ順を追って解説をする。
 
2 和久一彦ほか「名誉毀損関係訴訟について」(判例タイムスNo1223)p52参照。

4――事実適示による名誉毀損

4――事実適示による名誉毀損

1|判断フレーム
投稿X においては、○○という人物が「(これこれこういった)セクハラ・パワハラを行った」との事実が適示されている。この場合における損害賠償責任が認められるかどうかについての法的な判断フレームは図表1の通りである。
【図表1】事実適示に関する法的判断フレーム
すなわち、裁判においては、投稿X が○○の社会的評価を下げる内容であり、かつそれが公然となされたことを原告側(すなわち、○○)が主張立証する。これが立証され、投稿者から反論がなければ名誉毀損が成立する。ただし、この立証があっても、投稿者は事実の適示には公共性が認められ、公益のために行ったこと、および適時内容が真実であるか、真実であることを信ずるに相当性があったことを主張立証し、立証に成功した場合は名誉毀損に問われない。
2|社会的評価を低下させる事実の適示がなされたこと
投稿Xが違法となる場合は、①表現の内容(事実適示の程度、真実性の程度等)、②表現の態様・程度、③表現の動機・目的、当該表現をするに至った経緯(表現者と対象者との関係、従前のやり取り)、対象者の先行行為の有無等を考慮して「不法行為を構成するだけの違法性を具備しているかどうか」を検討しているとされる3。言い換えると、当該表現行為が社会的に認容された行為としての相当性を欠いているかどうかが問題となる4

そして、社会的に認容された相当性を逸脱するものかどうかの判断基準について、判例では、新聞記事・テレビ放送においては一般の読者・視聴者の普通の注意と読み方・視聴の仕方とを基準として判断すべきものとしている(最判昭31年7月20日、最判平15年10月16日)。裁判例はこの様な基準をテレビ放映等以外においても一般に適用している5ことから、SNSにおいては、一般人たるSNSユーザーの感覚で社会的評価を下げるものかどうかが判断基準となる。このような基準は抽象的と言えるが、どのような投稿が名誉毀損となるかは、その都度、総合的に判断されることになるのはやむを得ないところであろう。「(これこれこういった)パワハラ・セクハラ行為を行った」という事実行為が違法かどうかは上述の枠組みの中で総合的に判断される。投稿X は○○という人物のパワハラ・セクハラ行為につき具体性をもって指摘している。これは○○の社会的評価を低下させる可能性が高いと考えられることから、以下、投稿Xの○○に係る表現内容は、社会的相当性を欠くものとして議論を進める。
 
3 前掲注2 p60参照。
4 同上
5 前掲注2 p53参照。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
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(2025年05月02日「基礎研レポート」)

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保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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