2025年04月18日

トランプ関税へのアプローチ-日EUの相違点・共通点

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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始動した日米関税交渉、トランプ大統領も参加。「日本との協議が最優先」

4月16日、日米の最初の関税交渉は、トランプ大統領自らが交渉の場に参加するサプライズで始まった。先陣を切った日本との協議がどのような形で着地するのか。米国からの一方的な関税攻撃への対応に頭を悩ませている国々の関心は高い。

トランプ大統領は日米交渉への参加を表明したSNSへの投稿に「日本は関税、軍事支援の費用、そして『貿易の公平性』について交渉するためにやって来る」と記した。日米関税交渉後に赤沢亮正経済財政・再生相は、一連の関税措置への遺憾の意を表明し、見直しを強く求めたこと、市場が身構えていた為替の議論は「出なかった」としたが、米国からの具体的な要求については言及しなかった。軍事支援の費用に関する要請についても明言はしなかったが、トランプ大統領は駐留経費の増額について言及したと見られている。

トランプ大統領が「日本との協議が最優先」と位置付けるのは、全世界を攻撃し、「トリプル安」を引き起こした相互関税の効果を米国内にアピールできる成果を得られると期待してのことだろう。

トランプ大統領に響くのは米国の赤字削減

トランプ大統領に響くのは米国の赤字削減と対米投資拡大へのコミットメントか?

相互関税の計算式からは、米国の貿易赤字の削減に資する約束が効果的であるように思われる。相互関税率は、当初の説明では、貿易相手国との関税率の差と非関税障壁を考慮して決めるとされたが、実際には、2024年の相手国に対する米国の貿易赤字と輸入額に基づいて機械的に算出された。貿易赤字の削減につながる液化天然ガス(LNG)や防衛装備品、農産物の輸入拡大などは歓迎されるだろう。

日本の非関税障壁については、米通商代表部(USTR)が3月末に公表した2025年の「外国貿易障壁報告書(NTE)」で11ページにわたり記載されている。対日交渉を主導するベッセント財務長官は、SNSへの投稿で、非関税障壁を「関税、通貨問題、政府補助金」などとともに交渉のテーマとなる考えを示しているが、トランプ大統領自身の関心はそれほど高くないのではないか。

トランプ関税の狙いが、米国内への製造業の回帰にあることを思えば、日本企業による米国への投資計画の具体化も、相互関税の効果をアピールする格好の材料として歓迎されるのではないか。2月7日の日米首脳会談で、石破首相は、2023年時点で7833億ドルの日本の対米投資残高を1兆ドル(約142兆円)に引き上げることを表明している。米国が相互関税を公表後、フランスのマクロン大統領が、関税措置の影響を受ける産業の代表者らとの会合で、欧州としての団結を呼びかけ、米国への投資の凍結にも言及した。仏大統領の呼びかけが企業の判断に影響するかは不透明だが、現在のような不安定な環境は、対米投資を思い止まらせる方向に働きやすい。日本政府の対米投資へのコミットメントは、トランプ大統領にとって心強く感じているだろう。

成果のアピールが難しいEUとの交渉

成果のアピールが難しいEUとの交渉

米国にとってEUは、輸出入両面で最大の貿易相手地域であり(図表1)、米国の欧州(EU解明国以外も含む)への投資残高は3.9兆ドル、欧州による米国への投資残高も3兆ドルを超えており、投資を通じた双方向の結び付きも緊密である。

このため、米国にとってもEUとの交渉をまとめる意義は大きいが、二国間交渉を好むトランプ大統領にとって、交渉し辛く、米国内にアピールできる成果を得ることが難しい相手でもある。国家主権の一部を移譲する統合を進めるEUは、通商交渉の権限はEUにあるが、エネルギーの選択や、防衛・安全保障の権限は各国、通貨圏もユーロ圏とその他に分かれている。対EUの交渉では、対日交渉のように、関税・非関税障壁と通貨問題、防衛費負担の問題と一体で交渉することは難しい。

日米交渉が始動した翌日の17日に行われたトランプ大統領とイタリアのメローニ首相の会談でも、イタリアとして防衛費や米国への投資、LNGの購入等の意思を示すとともに、大西洋両岸関係の改善が重要であることを呼びかけた。メローニ首相はトランプ大統領に近い将来のイタリア訪問を要請し、その際にEU首脳とも会談する機会を設けることを提案している。
図表1 米国の国地域別貿易動向/図表2 米国と米国の主要貿易赤字計上国の関税率

EUが提案した「ゼロ関税協定」

EUが提案した「ゼロ関税協定」は米国が望む着地点ではなさそう

EUと米国との関税交渉は、欧州委員会のシェフチョビチ通商・経済安全保障担当委員とラトニック商務長官、グリアUSTR代表との間で行われており、EUは米国とEUがともに工業製品の関税をゼロに引き下げる(ゼロ関税協定)を提案している。米国が関税政策の濫用を始める前の平均実効関税率はEUの方が高く(図表2)、米国の方に利益が大きいと期待される提案だが、トランプ大統領の望む成果ではなさそうだ。

しかし、EUにとって、米国のWTOルールを度外視した一方的な関税攻撃に妥協する余地は限られる(表紙図表参照)。

米国の対EU貿易赤字は中国に次ぐ規模かつ増加傾向にあり、貿易赤字削減につながる措置は効果的だが、LNGや防衛装備品の購入はEUの権限外であり、加盟国の抵抗も強まっている。バンス副大統領による欧州の民主主義批判演説(2月14日)や「シグナルゲート(3月15日のフーシ派を攻撃する軍事作戦に関する米国の安全保障チームのチャットグループでのやり取りの漏洩事件)」などで、米欧が共有してきた価値の基盤や信頼が揺らいでいるためだ。防衛・安全保障面ではあくまでも長期的な課題であるものの、欧州は真剣に対米自立に取り組まざるを得なくなっている。

相互関税で考慮する非関税障壁として、ホワイトハウスが公表した文書に記載された高率の付加価値税(VAT)や米国企業への課税に相当するテック企業への制裁についての譲歩は一層難しい。

規制改革はウィンウィンの解決策

規制改革はウィンウィンの解決策だが時間がかかり、成果がわかり辛い

その一方、米欧間で歩み寄りが期待できるのは、USTRのNTEでのEUに関する34ページにわたる記述で取り上げられている過剰な規制・行政手続きや、単一市場内での法規制の分断の問題だ。

これらは欧州企業の競争力にとっても深刻な問題となっており、EUは競争力強化のための戦略(競争力コンパス)でも取り組む方針を示してきたものである。

規制改革は、欧州の競争力回復と欧州市場でビジネスを展開する米国企業の双方にとってウィンウィンの解決策にはなる。しかし、EUのルール形成や改定には時間が掛かる。トランプ大統領が望むスピードでは進まず、一般の米国民は成果を実感し辛い。

日本とEUはともに安全保障面で米国を必要

日本とEUはともに安全保障面で米国を必要とし、交渉を通じた問題解決を望む

日本とEUのアプローチには共通点もある。安全保障の同盟として米国を必要としているため、交渉を通じた問題の解決を望み、副作用の大きい報復措置に慎重だ。

EUがこれまでに表明した報復措置は鉄鋼・アルミニウム関税に対応するものだけで、自動車関税や相互関税に対する報復措置は、これまでのところ示されていない。鉄鋼・アルミ関税への報復措置も、米国の相互関税の上乗せ税率の発動の一時停止に合わせて90日間停止となっている。

EUが報復メニューの積み上げを手控えている理由の1つは、半導体、医薬品に関わる決定を待つことにあるが、米中間のような報復措置の応酬に発展するリスクを回避したいとの思惑も働いていると思われる。

EUの報復措置を積み上げる場合、「反威圧対抗措置(ACI)規則」に基づいてテック企業や金融サービスなどを標的にすることになる。ACIは、既存の世界貿易機関(WTO)ルールがカバーしていない経済的な相互依存関係を利用した威圧に対応するものとして制定された。経済的威圧の抑止と停止のために、幅広い手段が利用を認めるが、その主たる狙いは抑止にあり、米国に対して発動することになれば、2023年12月の発効以来初のケースとなる(図表3)。

トランプ大統領は、EUによる米テック企業への制裁に不満を抱いてきた。米テック大手はトランプ政権と近い関係にあり、EUがテック企業を標的とするACIに基づく報復のメニューを提示すれば、強く反発し、報復に動くことは容易に想像できる。

米中二大国の関税引き上げ、輸出規制の応酬に加えて、自由な国際秩序を共に作った米欧がWTOルールの枠外での報復合戦を繰り広げることになれば、世界経済の混迷を一層深めてしまう。EUは報復に慎重な姿勢を取らざるを得ない。
図表3 EUの反威圧的手段(ACI)規則の概要

EUが力を入れる貿易パートナーの多角化

EUが力を入れる貿易パートナーの多角化。中国との関係にも変化

EUは、対米交渉の行方が見通せず、報復に関わる重大なリスクを意識せざるを得ない状況で、自由貿易協定(FTA)の締結などを通じた貿易パートナーの多角化のギアを上げている。

EUは、昨年12月にメルコスールとのFTAの最終合意に達したが、今年1月20日にマレーシアとのFTA交渉を再開したほか、フォンデアライエン委員長は2月27~2月28日にインドを訪問し、長く交渉が停滞してきたFTAの年内締結で合意した。シンガポールのウォン首相とは4月15日に、電話でEUと環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)との連携の可能性について協議した。

米国の関税攻撃はEUと中国との関係にも影響を及ぼそうとしている。4月8日には、フォンデアライエン欧州委員会委員長が中国の李強首相と電話会談した。欧州委員会の声明によれば、EUは「自由で公正で、公平な競争条件に基づいた強力な改革された貿易システムを支援する責任」を強調したという。但し、EUと中国との対話は、対米交渉でのレバレッジとしての中国への接近という単純な構図ではなく、米中間の関税引き上げ合戦の先鋭化や、米中間の関税引き上げ競争がもたらす貿易の流れの変化やウクライナ和平プロセスへの中国の関与について牽制する目的もあると思われる。

アジア太平洋地域の多くの国は、対米輸出に牽引された成長を実現してきた国々であり、高い相互関税率を設定された。中国との経済的な結び付きが緊密だが、EUのFTAのネットワークは相対的に希薄である。従来、消極的だったEUとCPTPPとの連携が現実味を増してきた背景である。

日本にも対米交渉と同時に、自由な貿易を支持する国々と幅広い連携を働きかけることによって、ダメージコントロールと新たな成長機会の追求、自由貿易を守る役割を果たして欲しい。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
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(2025年04月18日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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