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2025年03月28日
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3―トランプ政権2期目の移民政策
トランプ大統領はメキシコとの南部国境での不法移民問題について「侵略」と認定し、「国家緊急事態」を宣言した。これに伴い、南部国境での亡命手続きの停止や難民受け入れプログラム(USRAP)の無期限延期、南部国境警備への軍隊の活用も決定された。
また、トランプ政権1期目に実施し、バイデン政権で阻止された政策の多くを復活させたほか、バイデン政権時代の寛容な移民政策に関する多くの大統領令を撤回した。具体的には前述の「移民保護プロトコル」を復活させた一方、CHNV仮釈放プログラムが撤回されたほか、一時保護ステイタスの対象国縮小、移民裁判の手続きを待つ間、一部の移民を拘留から解放する「キャッチ・アンド・リリース」方針を終了することが指示された。
一方、2期目に新たに導入した移民政策として、全ての外国人に対して、米国政府に指紋を登録することを義務付け、違反した場合に刑事罰の対象としたほか、移民を支援する団体への資金援助を終了することを指示した。また、米国で出生した子供に市民権を与える現在の出生地主義から、米国に不法滞在している、あるいは一時的な合法的身分で生まれた親のもとで生まれた子供を除外するように指示した。さらに、国際麻薬カルテルや中米のギャングをテロリストに指定し、第二次世界大戦以降発動されていなかった一般に戦時下で適用される1798年の敵性外国人法を根拠に国外追放を行う方針を示した。
実際に、3月15日に前記の大統領令でテロ組織に指定されたベネズエラのギャング組織のメンバー200人超が、敵性外国人法を根拠に裁判所の手続きを経ることなく、エルサルバドルの収容施設に送還された。送還に先立ち連邦地裁はさらなる法的議論が必要として強制送還を14日間停止するように命令したが、トランプ政権が事実上無視した。
一方、一連の大統領令に署名したものの、政策の実現は必ずしも担保されていない。出生地主義の変更に対しては、署名直後に民主党系の22州と人権団体などが撤回を求める訴訟を提起し、連邦地裁が相次いで差し止め命令を出した。また、無党派の法律・政策ジャーナルJust Securityの訴訟トラッカー4によれば、前述の出生地主義に加え、敵性外国人法の適用や、一時保護ステイタスの取り消しなど移民政策の大統領令に関連して29件の訴訟が進行している。このため、前述の強制送還などの例外はあるものの、法令違反が疑わしい大統領令に対しては司法が一定の歯止めとなる可能性が高い。
不法移民の拘束や強制送還を担当する移民税関執行局(ICE)や移民裁判所は、予算や人材不足といった構造的問題を抱えており、大規模な強制送還の実現には疑問符が付く。さらに、逮捕、拘束、強制送還の輸送費などの莫大なコストの財源をどうするのか、不透明である。非営利団体のアメリカ移民評議会(AIC)は米国内の不法移民1,100万人を一度に全て強制送還する場合には3,150億ドルと莫大なコストが掛かるほか、年間100万人の強制送還に限定した場合でも年間のコストが880億ドルと試算5している。先日成立した25年度の暫定予算案にはICEに対する4億8500万ドルの増額が含まれたが、大規模な強制送還を実現するには予算が不十分である。上下院ともに僅差の議席に留まる連邦議会で巨額の予算確保ができるのか予断を許さない。
4 https://www.justsecurity.org/107087/tracker-litigation-legal-challenges-trump-administration/
5 非営利団体のアメリカ移民評議会(American Immigration Council)による24年10月の試算。https://www.americanimmigrationcouncil.org/research/mass-deportation
また、トランプ政権1期目に実施し、バイデン政権で阻止された政策の多くを復活させたほか、バイデン政権時代の寛容な移民政策に関する多くの大統領令を撤回した。具体的には前述の「移民保護プロトコル」を復活させた一方、CHNV仮釈放プログラムが撤回されたほか、一時保護ステイタスの対象国縮小、移民裁判の手続きを待つ間、一部の移民を拘留から解放する「キャッチ・アンド・リリース」方針を終了することが指示された。
一方、2期目に新たに導入した移民政策として、全ての外国人に対して、米国政府に指紋を登録することを義務付け、違反した場合に刑事罰の対象としたほか、移民を支援する団体への資金援助を終了することを指示した。また、米国で出生した子供に市民権を与える現在の出生地主義から、米国に不法滞在している、あるいは一時的な合法的身分で生まれた親のもとで生まれた子供を除外するように指示した。さらに、国際麻薬カルテルや中米のギャングをテロリストに指定し、第二次世界大戦以降発動されていなかった一般に戦時下で適用される1798年の敵性外国人法を根拠に国外追放を行う方針を示した。
実際に、3月15日に前記の大統領令でテロ組織に指定されたベネズエラのギャング組織のメンバー200人超が、敵性外国人法を根拠に裁判所の手続きを経ることなく、エルサルバドルの収容施設に送還された。送還に先立ち連邦地裁はさらなる法的議論が必要として強制送還を14日間停止するように命令したが、トランプ政権が事実上無視した。
一方、一連の大統領令に署名したものの、政策の実現は必ずしも担保されていない。出生地主義の変更に対しては、署名直後に民主党系の22州と人権団体などが撤回を求める訴訟を提起し、連邦地裁が相次いで差し止め命令を出した。また、無党派の法律・政策ジャーナルJust Securityの訴訟トラッカー4によれば、前述の出生地主義に加え、敵性外国人法の適用や、一時保護ステイタスの取り消しなど移民政策の大統領令に関連して29件の訴訟が進行している。このため、前述の強制送還などの例外はあるものの、法令違反が疑わしい大統領令に対しては司法が一定の歯止めとなる可能性が高い。
不法移民の拘束や強制送還を担当する移民税関執行局(ICE)や移民裁判所は、予算や人材不足といった構造的問題を抱えており、大規模な強制送還の実現には疑問符が付く。さらに、逮捕、拘束、強制送還の輸送費などの莫大なコストの財源をどうするのか、不透明である。非営利団体のアメリカ移民評議会(AIC)は米国内の不法移民1,100万人を一度に全て強制送還する場合には3,150億ドルと莫大なコストが掛かるほか、年間100万人の強制送還に限定した場合でも年間のコストが880億ドルと試算5している。先日成立した25年度の暫定予算案にはICEに対する4億8500万ドルの増額が含まれたが、大規模な強制送還を実現するには予算が不十分である。上下院ともに僅差の議席に留まる連邦議会で巨額の予算確保ができるのか予断を許さない。
4 https://www.justsecurity.org/107087/tracker-litigation-legal-challenges-trump-administration/
5 非営利団体のアメリカ移民評議会(American Immigration Council)による24年10月の試算。https://www.americanimmigrationcouncil.org/research/mass-deportation

トランプ大統領が選挙公約で強硬な移民政策を掲げていたこともあって、不法入国を躊躇う人が増えた結果、トランプ氏が就任した25年1月の南部国境からの不法越境者数は2.9万人とコロナ禍で人流が大幅に減った20年5月以来の水準に低下した(再掲図表1)。さらに、強硬な移民政策が示された後の2月は0.8万人と前月比で▲71%、前年同月比で▲94%の大幅な減少となっており、南部国境からの不法越境者数は劇的な減少がみられた。
一方、国土安全保障省(DHS)は3月13日にトランプ政権の最初の50日間でICEが米国内の不法移民32,809人の執行逮捕を行ったと発表した6。DHSはバイデン政権の24年度(23年10月~24年9月)は33,242人だったとしており、既にバイデン政権の1年間の逮捕者に匹敵するとしている。このため、国境付近だけでなく米国内に滞在している不法移民の摘発も進んでいるようだ。また、NBCによれば7、25年2月に強制送還された人数はおよそ11,000人とバイデン政権時時代のおよそ12,000人からは僅かに減少した。ただし、バイデン政権時代は国境付近の拘束者が多かったのに対し、トランプ政権では米国内での拘束・送還数は4,300人とバイデン政権時代の24年2月のおよそ2,100人を上回っているようだ。
3|大規模の強制送還が実現なら、スタグフレーションリスクが高まる可能性
前述の通り近年の南部国境からの不法移民の急増は政治面からは治安悪化懸念の高まりなどで否定的に捉えられることが多い。しかしながら、経済面では、多くのエコノミストが労働力人口の増加や労働需給の緩和に伴うインフレ抑制、不法移民の消費や住宅需要などにより米国経済の押上げ要因となったと評価している。
議会予算局(CBO)は24年2月に発表した経済見通しで不法移民の急増に伴う労働力人口の増加や消費の増加などを主因として24年~34年の実質GDP成長率を年平均で+0.2%ポイント上方修正したほか、経済の実力を示す潜在成長率についても今後10年平均で前年の1.8%から2.0%へ+0.2%上方修正した8。
前述の通り近年の南部国境からの不法移民の急増は政治面からは治安悪化懸念の高まりなどで否定的に捉えられることが多い。しかしながら、経済面では、多くのエコノミストが労働力人口の増加や労働需給の緩和に伴うインフレ抑制、不法移民の消費や住宅需要などにより米国経済の押上げ要因となったと評価している。
議会予算局(CBO)は24年2月に発表した経済見通しで不法移民の急増に伴う労働力人口の増加や消費の増加などを主因として24年~34年の実質GDP成長率を年平均で+0.2%ポイント上方修正したほか、経済の実力を示す潜在成長率についても今後10年平均で前年の1.8%から2.0%へ+0.2%上方修正した8。

外国生まれの労働力人口には合法移民と不法移民が含まれるものの、統計上区別されておらず、不法移民がどの程度含まれるのかは正確には把握できない。これに対して、前述のAICは24年10月に発表したレポート9で毎年実施される国勢調査の米地域社会調査(ACS)を元に22年の米国内の不法移民人口を1,100万人、この内、労働力人口は750万人と労働力人口の4.6%を占めると推計している。

そのため、トランプ政権による国境警備の強化に伴う不法移民の流入減少に加え、不法移民の強制送還コストを度外視してトランプ政権が数百万人単位で米国内の不法移民を強制送還する場合には、建設業や農業、接客業などをはじめとして米国内の労働力不足が深刻化する可能性が高いと考えられる。
また、ピーターソン国際経済研究所はアイゼンハワー大統領時代にみられた130万人規模の不法移民労働者の強制送還が25年と26年にかけて行われた場合に供給ショックから25年の消費者物価(CPI)が+0.35%ポイント、26年が+0.54%ポイント上昇すると試算10した。同様に米国内の不法移民労働者の大宗を占める830万人規模の強制送還では26年までに+3.5%ポイントの大幅な上昇要因になるとした。このため、大規模な不法移民の強制送還は最近の関税政策に伴うインフレ懸念をさらに増長させる可能性が高い。
さらに、同研究所は潜在労働供給の減少から130万人のケースで実質GDPが28年に▲1.2%減少するほか、830万人のケースでは▲7.3%の大幅な減少になると試算している。AICも前述のレポートで大規模な不法移民の強制送還により、不法移民の消費や支払う社会保障料の損失も併せて実質GDPを▲4.2%~▲6.8%押し下げるとしており、トランプ大統領が目指す数百万人規模の不法移民の強制送還は労働力不足を深刻化させ、景気を押し下げるほか、インフレを押上げ米国経済にスタグフレーションリスクが高まる可能性が高い。
8 https://www.cbo.gov/publication/59710
9 https://www.americanimmigrationcouncil.org/research/mass-deportation
10 https://www.piie.com/publications/working-papers/2024/international-economic-implications-second-trump-presidency
4―強制送還の実効性は不透明も、強制送還の増加は景気後退懸念が高まる米国経済に更なる打撃
バイデン政権下で深刻化した南部国境からの不法移民問題は治安悪化懸念を背景に米国民の移民に対する意識を変化させ、強硬な移民政策を受け入れる余地を作った。トランプ2期目政権では憲法違反が疑われる政策も含めて強硬な移民政策の実現を目指している。実際に南部国境からの不法移民の流入は劇的に減少しており、CBSによる世論調査11ではトランプ政権による移民政策の支持率は54%と不支持率の46%を上回っており、米国民も一定の評価を与えていることが確認できる。
もっとも、米国内に居住している不法移民の大規模な強制送還を実現するためには莫大なコストが掛かるため、実現は困難とみられる。ただし、数百万人の目標を達成できなくても強制送還が増加することで一部の業種を中心に労働力不足が深刻化することが見込まれるほか、スタグフレーションリスクが高まることは、関税政策に伴う景気後退懸念が強まる米国経済には更なる打撃となろう。
もっとも、米国内に居住している不法移民の大規模な強制送還を実現するためには莫大なコストが掛かるため、実現は困難とみられる。ただし、数百万人の目標を達成できなくても強制送還が増加することで一部の業種を中心に労働力不足が深刻化することが見込まれるほか、スタグフレーションリスクが高まることは、関税政策に伴う景気後退懸念が強まる米国経済には更なる打撃となろう。
(2025年03月28日「基礎研レポート」)

03-3512-1824
経歴
- 【職歴】
1991年 日本生命保険相互会社入社
1999年 NLI International Inc.(米国)
2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
2014年10月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
窪谷 浩のレポート
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