2025年03月28日

トランプ政権2期目の移民政策-強制送還の大幅増加は景気後退懸念が高まる米経済に更なる打撃

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1―はじめに

米国では21年1月のバイデン政権発足以降、南部国境を中心に不法移民の流入が急増した。その背景として米国と中南米諸国の経済、社会情勢に加え、バイデン政権の寛容な移民政策が指摘されている。米国内の不法移民人口は従前1,100万人程度との推計が多いが、不法移民流入の増加を受けて1,400万人近くに達したとの推計もある。

不法移民の急増を受けて、米国内では治安悪化懸念が高まった結果、24年11月の大統領選挙では経済やインフレとともに不法移民対策が主要な争点となり、国境警備の強化や不法移民の数百万人単位の強制送還を掲げたトランプ大統領が再選される一因となった。

トランプ大統領は2期目の就任初日に移民関係の10件の大統領令に署名し、大統領権限を使ってバイデン政権で実施された移民政策を大幅に転換した。さらに、南部国境の不法移民問題に対して「侵略」と認定し、「国家緊急事態」を宣言するなど1期目から、さらに強硬な移民政策の実現を目指している。もっとも、不法移民の強制送還などには莫大なコストがかかるとみられており、連邦議会での予算確保も含めて大規模な強制送還の実現性には疑問が残る。

一方、近年の不法移民の急増は政治面では否定的に捉えられる機会が多いものの、経済面では人手不足が深刻化した米国の労働市場において労働供給の増加に伴う労働需給の緩和から賃金上昇圧力の抑制要因となったほか、不法移民による消費などによりGDPの押上げ要因となったとの評価が多い。このため、不法移民の強制送還の顕著な増加は、米国内の一部業種で労働力不足が深刻化するほか、労働供給の減少からインフレの押上げ、景気の押下げ要因となる可能性が高い。

本稿では移民流入および不法移民の状況と移民が急増した背景について概観するほか、トランプ政権2期目の移民政策と米経済への影響について論じる。結論から言えば、政策公約通り不法移民を数百万人単位で強制送還できる可能性は低いだろう。ただし、強制送還の増加は、関税政策に伴う景気後退懸念が高まっている中で、米国経済には更なる打撃となろう。

2―バイデン政権発足以降不法移民の流入が急増

2―バイデン政権発足以降不法移民の流入が急増

1|南部国境における移民流入数はバイデン政権発足以降に大幅増加
メキシコ国境を越えて米国に不法入国し、身柄を拘束された人数(不法越境者数)はトランプ政権1期目の20年4月に1.6万人まで減少したが、バイデン政権の発足(21年1月)後に急増し、23年12月には25.0万人に達してピークをつけた(図表1)。
(図表1)南部国境からの不法越境者 年度別にみるとトランプ政権下の20年度(19年10月~20年9月)は40万人だったが、バイデン政権下の22年度には221万人と1960年の統計開始以来の最高を記録、23年度も205万人と2番目に高い水準となった。

不法越境者数の急増した背景には、米国と中南米諸国の経済や社会情勢に加えて、バイデン政権がトランプ政権とは対照的に寛容な移民政策を採ったことが大きな要因とされる。
2|米国内の不法移民人口は1,400万人弱に増加した可能性
米国内の不法移民人口は推計機関によってばらつきがあるが、2000年代半ば以降は概ね1,100万人前後とされていた(図表2)。
(図表2)米国内の不法移民人口推計 しかしながら、近年の不法移民の流入急増によって、米国内に居住する不法移民人口も増加した可能性が高いとみられている。移民政策研究所(MPI)は不法移民人口が22年度に1,280万人、23年度には1,370万人に達したとの推計を発表しており、米国内の不法移民人口が顕著な増加の可能性を示している。

なお、MPIは23年度の不法移民のうち、およそ3割に当たる4百万人程度が亡命申請者や後述する一時保護ステイタス保持者、若年移民に対する猶予措置(DACA)対象者などの暫定的な居住許可(トワイライトステイタス)を保有しており、残り7割が不法越境者や在留期限切れ(オーバーステイ)などの在留資格のない移民と推計している1
3|不法移民流入急増の要因はバイデン政権の寛容な移民政策が影響
不法移民が急増した背景には、米国ではコロナ禍から景気がV字回復を示す中、人手不足が深刻化していたことがある。一方、中南米諸国ではコロナ禍で職を失った多くの人々が米国を目指すケースが増加したことなどの経済要因や、ベネズエラなどの国の政情不安などの社会要因が挙げられる。さらに、トランプ政権1期目の強硬策とは対照的に、バイデン政権は人道的な観点から不法移民に寛容と受け止められたことが大きい。

実際に、トランプ政権の1期目では国境政策、難民政策、合法移民政策などの分野で強硬な移民政策を実施していた。具体的には亡命を希望する不法移民が申請手続きを行う間、従前の米国内ではなく治安が悪いメキシコに待機することを求めた「移民保護プロトコル」を導入したほか、不法入国者全員を刑事訴追する「ゼロトレランス政策」などを推進した(図表3)。「ゼロトレランス政策」では逮捕された親と子供が引き離される事象が多発した。また、新型コロナの感染拡大を理由に公衆衛生法に基づく「タイトル42」の措置も開始した。「タイトル42」は公衆衛生を理由に亡命を希望する不法移民に亡命申請を認めず迅速に国外追放することが可能とした。このため、人道的見地からトランプ政権の不法移民政策に批判が強まっていた。
(図表3)トランプ政権1期目およびバイデン政権の主要な移民政策比較
これに対して、21年1月に発足したバイデン政権では人道的見地から、トランプ政権が導入した多くの移民政策を廃止した。また、特定の国からの移民が更新を条件に最大18ヵ月間米国内で合法的に居住することを許可する一時保護ステイタス(TPS)ではトランプ政権が対象国の縮小を企図したのに対して、アフガニスタンやウクライナなどに対象国を拡大した。これらの寛容な政策を実施した結果、南部国境に不法移民が殺到することとなった。
4|不法移民の急増に伴う治安悪化懸念を背景に、大統領選挙では移民問題が政治争点化
前述のような南部国境からの不法移民の急増を受けて、トランプ氏をはじめ共和党が不法移民と犯罪との関連を強調して批判を強めた結果、米国では治安悪化懸念が広がった。これまで、不法移民流入に伴う治安悪化懸念は南部州の問題とみなされてきた。しかしながら、22年以降、共和党が知事を務める南部のテキサス州やフロリダ州が不法移民を民主党の基盤であるサンフランシスコ市やニューヨーク市に大量に移送したことから、これらの地域でも治安悪化懸念が広がった。

この結果、GALLUP社による24年2月の世論調査2で「大量の不法移民が米国の極めて重要な利益に対する重大な脅威である」と回答した共和党支持者は90%と圧倒的な多数を占めたほか、これまで不法移民に比較的寛容であった民主党支持者の間でも前年の20%から29%へ増加しており、民主党支持者の間でも変化がみられた。
(図表4)移民に関する世論調査 さらに、同社の移民に関する世論調査では移民の受け入れ数を「減らすべき」との回答割合は20年6月調査では28%と低位となっていたものの、バイデン政権発足以降は上昇に転じており、24年6月調査では55%と過半数を超えて01年10月以来の水準となった(図表4)。

こうした状況を受けて、バイデン大統領は従前の寛容な不法移民政策からの軌道修正に追い込まれた。具体的には23年1月にキューバ、ハイチ、ニカラグア、ベネズエラからの移民に対して一定の要件3を満たすことを条件に1ヵ月当たり4ヵ国合計で3万人を上限に最長2年の合法移民となる制度(CHNV仮釈放プログラム)を開始した一方、条件を満たさない不法移民を強制送還するなど強制送還の仕組みを強化した。また、トランプ政権が推進した南部国境の壁建設について一部容認する姿勢に転じた。

さらに、24年6月には南部国境で不法移民との遭遇件数が一定数を超えた場合に、入国制限措置が有効となる大統領布告を発表した。同布告では南部国境を越える不法移民との平均遭遇(国境警備隊による拘束等)回数が7日間で2,500回以上となった場合、入国を一時制限することが盛り込まれた。なお、入国の一時制限は平均遭遇回数が1,500回未満となってから14日後に解除される。これらの移民政策の厳格化もあって南部国境からの不法越境者数は24年以降に大幅に減少し、24年後半には4万人~5万人台での推移となった(前掲図表1)。
(図表5)強制送還件数(逮捕場所別) これらの政策転換に伴い、国境付近で拘束された不法移民の強制送還件数はバイデン政権下の21年度2.7万人から24年度は22.4万人と急増した(図表5)。一方、米国内で拘束された不法移民の強制送還件数は22年度の2.8万人からは増加したものの、24年度でも4.8万人とトランプ政権1期目の18年度の9.5万に比べると半分程度に留まっている。
一方、バイデン政権は漸く寛容的な移民政策を転換したものの、時すでに遅く、24年11月の大統領選挙に向けて移民政策が主要な争点となる中で、国境警備の強化や不法移民の数百万人単位の強制送還を政策公約に掲げたトランプ氏が再選される一因となった。実際に、ユーガブが24年9月から10月にかけて実施した世論調査では「移民」が最も重要な争点との回答割合が44%と「経済」(70%)、「医療」(44%)に次いで高い割合となった。トランプ支持者では「移民」の回答割合が77%と「経済」(84%)に次いで高く、トランプ支持者が移民政策を非常に重視していたことが分かる(図表6)。
(図表6)大統領選挙で最も重要な争点
 
2 https://news.gallup.com/file/poll/611138/240226MIPEcon.pdf
3 一定以上の所得のある米国のスポンサーがいること、バックグランドテストを通過していること、米国移民局アカウントへの生体情報提供と、麻疹・急性肺白髄炎、コロナワクチンを接種済、CBOのアプリCBP Oneを通じた事前旅行許可の取得、パスポート所持、自費で空路で米国に入国すること。

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(2025年03月28日「基礎研レポート」)

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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