2025年03月21日

医療DXの現状

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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2│電子カルテ情報の標準化
2030年を目処に全医療機関で電子カルテを利用することを目指している。電子カルテ情報のうち、現在のところ、3文書(診療情報提供書、退院時サマリー、健診結果報告書)、6情報(傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報(救急時に有用な検査、生活習慣病関連の検査、処方情報))は、他の医療機関や救急搬送時や、患者が自分のマイナポータルから閲覧可能となる。

2040年頃に向けた医療提供体制の改革においても、電子カルテ情報共有サービスを法的に位置づけ、この3文書6情報は、患者の同意なく、医療DXに関するシステムの開発・運用主体である社会保険診療報酬支払基金に提供される11。これによって、例えば、次の感染症危機には、発生状況は電子カルテ情報共有サービスを経由して把握可能となる。

電子処方箋システム未導入の主な理由の1つに、「電子カルテを導入していない」というものがあることから、電子カルテを持たない医療施設に向けては、標準型電子カルテの導入を進めており、2025年3月から標準型電子カルテの試行版を提供し、モデル事業が開始される予定である。

電子カルテ情報共有サービスのシステム開発に必要な初期費用は国の補助で行うが、システム改修が一定程度完了し、標準型電子カルテを導入する医療機関が5割程度に達してからは、「より良い医療を受けられる」というメリットがあることを踏まえて、「医療保険者など」が負担することが予定されている。
 
11 他の医療機関や救急隊による閲覧は、原則として本人の同意が必要となる。
3|診療報酬改定DX
原則として2年に1回実施される診療報酬改定時に、医療機関などやベンダーが、短期間で集中して個別にシステム改修やマスタメンテナンスなどの作業に対応することで、これまで、負担が生じていた。そこで、医療機関やベンダーの負担を軽減するために、診療報酬点数表におけるルールの明確化・簡素化を図るとともに、診療報酬の算定と患者の窓口負担金計算を行うための全国統一の共通の算定モジュールの開発を進めることとされている。2025年度にモデル事業を実施した上で、2026年度に提供することを目標としており、中小規模の病院などを含めて、利用する施設を拡大することを予定している。窓口負担金計算を行うことから、自治体・医療機関をつなぐ情報連携基盤(Public Medical Hub(PMH)))や、自治体ごとに実施している各種助成における資格確認にも利用できるものとし、最終的には、主に自治体が実施する母子保健、予防接種領域とも連携される。
4|マイナンバーカードの利活用による事務負担軽減
マイナンバーカードを保険証として利用できるようになってからも、マイナ保険証の利用は大きくは増えなかった。医療機関によって、導入時期が異なったことや、マイナ保険証を利用したケースにおけるトラブルが広く報じられたこと、従来の保険証がまだ利用可能だったことなどによると思われる。

現在は、保険医療機関の9割以上ですでにオンライン資格確認が可能となっている。また、医療機関や診療所で先行していたマイナ保険証による資格確認を、訪問診療や柔道整復師・あんまマッサージ指圧師・はり師・きゅう師に拡大し、2025年12月以降従来の健康保険証が新規には発行されなくなったことにより、患者のマイナ保険証利用は増加している。マイナ保険証を使用した方が初診料・再診料が安く済むことも増加の一因になっていると考えられる。

マイナ保険証の導入当初、医療施設の受付でのトラブルが多く報じられた。マイナ保険証を利用する場合のオンライン資格確認については、今後、新たに導入する施設や、新たに使う患者が増えるため、しばらくはトラブルが続く可能性が考えられる。その一方で、マイナ保険証の利用が増えてきたことで、事務負担軽減の効果も出始めている。従来の保険証では、保険証の記号・番号の誤りや資格喪失後の受診などによって医療機関が保険者に医療費を請求する際に返戻されるレセプトがあり、未収金が発生したり12、医療施設と保険者との間で事務コストがかかっていた。しかし、マイナンバーカードを利用した患者の割合が高い施設ほど返戻が少なく、マイナ保険証の方がより正確に最新の資格を確認できていることが報告されている13
 
12 「週刊社会保障」2025年1月6日
13 「週刊社会保障」2024年11月11日(NO3292)

4――おわりに

4――おわりに

現在、日本では、医療資源の偏在と医療費高騰が課題となっている。高齢化にともない、回復期・慢性期の患者が増えていることから、患者が、目的に応じて利用する医療施設を使い分けることで、全国の人が良質かつ適切な医療を、効率よく受けることができると考えられる。そういった環境では、どの医療施設からでも、患者の受診歴や処方歴が把握できることが望ましく、医療DXではプラットフォームの構築が進められていると考えられる。

このような中、本稿でも紹介したとおり、医療施設などで各種システム導入が進まない理由の1つに費用負担がある。例えば、電子処方箋システムにおいては、機能を最小限に抑えて導入を進めることになり、患者へのメリットが当初の予定より少ない状態で稼働しはじめるが、電子処方箋システムを導入している医療機関等における初診料は、医療機関へのインセンティブとして患者負担は少し多くなる。患者に向けて、費用負担が発生することを説明するときに、あわせて、現在の医療体制にどういった課題があるからDXが必要となるのか、周知していく必要があるだろう。

また、4月からは全国で救急搬送時にこれまでの健診結果や受診歴、処方歴を閲覧する取組みが展開されるが、すべての救急搬送に適用されるわけではなく、閲覧できる情報も限定的である。どういった情報が閲覧できて、どういった情報は閲覧できないから自分で提示した方がいいのか、利用者も知っておく必要があると思われる。

12月末の時点で、マイナ保険証利用率は3割程度と増加はしているが、8割以上が健康保険証と紐づけを終えていることを踏まえれば、まだ利用は少ない。マイナンバーカードや、マイナ保険証に対する不安は依然として大きいと思われる。不安を残したままプラットフォームが完成したとしても、過去の健診履歴や受診歴、処方歴を閲覧することに同意する患者が増えなければ、受診歴などのデータを利活用することによるメリットを享受できない。資格確認証を発行するだけでなく、不安内容を把握し、不安要素を解消していくことも重要だろう。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年03月21日「基礎研レポート」)

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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

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