コラム
2025年02月27日

温室効果ガスの削減目標であるSBTとその目標設定について~温室効果ガス削減イニシアティブSBTi~

総合政策研究部 研究員 土居 優

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1――はじめに

2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)1で採択されたパリ協定に基づき、150か国以上の国・地域が2050年のカーボンニュートラルを目指している。日本も2030年度までに2013年度比で温室効果ガス(Greenhouse Gas 以下GHG)の総排出量を46%削減することを目標に掲げており、2025年2月には2035年度に60%、2040年度に73%削減する目標を盛り込んだ計画が閣議決定された2。この目標を達成するには、国や地域レベルの取り組みに加え、GHGの主たる排出者のひとつである企業の排出削減が重要である。近年では科学的根拠に基づいたGHG排出量の削減目標であるSBT(Science Based Targets)とその運営を行うSBTi(Science Based Targets Initiative)が注目されており、SBTに参加する企業も増加している3

本稿ではGHG排出量の削減の背景に触れながら、SBTiとSBTの概要を説明し、その目標設定の仕組みについて詳しく解説する。
 
1 国連気候変動枠組条約第21条締約国会議(Conference of the Parties)はフランスで開催された地球温暖化の対策を講じるための国際会議。
2 環境省「地球温暖化対策計画(令和7年2月18日閣議決定)」https://www.env.go.jp/earth/ondanka/keikaku/250218.html
3 環境省「SBTについて」SBTに参加する日本企業の認定数が更に増加

2――気候変動に対する世界の動きとSBT設立の背景について

2015年のCOP21で採択され2016年に発効したパリ協定は、気候変動問題に関する国際的な枠組みであり、「世界全体の平均気温の上昇を産業革命前より2℃を十分に下回る水準に抑え、1.5℃までに制限するための努力を継続すること」を目標に掲げている。この協定に基づき、現在、世界各国が目標を設定しGHG排出量の削減に取り組んでいる。パリ協定は、各国や地域に対して削減目標の設定と報告を求めているが、企業に対しては具体的な義務を課しているわけではない。一方で、日本におけるCO₂排出量は2022年度で約10億3,700万トンあり、排出主体別の内訳をみると企業・公共部門関連の排出量が78.4%を占めている4。つまり気温上昇を抑制するためには、企業のGHG排出量の削減が重要となる。

とはいえ、これまで個別の企業にとって、1.5℃目標を達成するには、自社は具体的にどうすればよいのか、判断することは容易ではなかった5。このような背景を踏まえ、2015年にSBTi が設立された。
 
4 国立研究開発法人 国立環境研究所「2022年度の温室効果ガス排出・吸収量(詳細)」
5 WWFジャパン「SBTiとは」https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/409.html (2024-12-16閲覧)

3――GHG排出量の削減を支援するイニチアチブSBTiとその具体的な削減目標であるSBTについて

1|SBTを推進するイニチアチブSBTi
SBTiはCDP6、国連グローバル・コンパクト(UNGC)7、世界資源研究所(WRI)8、世界自然保護基金(WWF)9という4つの国際的な機関によって運営されているイニチアチブであり、科学的根拠に基づいた削減目標SBTを設定するためのガイダンスを提供し、企業を支援している。またSBTiは企業が設定した削減目標を評価し、妥当だとした場合は「SBT認定」のお墨付きを企業に与える役割も担っている。企業はSBT認定を受けることで自社の削減目標がパリ協定に整合したものであることを投資家や取引先など社会に広くアピールできるため、近年、SBTへの注目が急速に高まっている。2024年3月時点で世界では7,705社、日本でも988社がSBTに参加している(図表1、2)10
図表1 SBTに参加する企業数(世界)/図表2 SBTに参加する企業数(日本)
 
6 CDPは2000年に設立された国際的な非営利団体。気候変動、水資源、森林を軸に企業に対して気候変動や環境に関する情報開示を企業に求め、評価している。
7 国連グローバル・コンパクト(United Nations Global Compact)は2000年に国連が設立したイニチアチブ。企業に対し10の原則(人権、労働、環境、腐敗防止)を企業活動に取り入れることを求めている。
8 世界資源研究所(World Resources Institute)は1982年に設立された環境シンクタンク。自然環境の持続的な管理、気候変動対策、持続可能な都市の構築を専門としており、GHGプロトコルの共同開発を行った。
9 世界自然保護基金(World Wide Fund for Nature)は1961年に設立された環境保護団体。気候変動、森林保護、海洋保全など多岐にわたる活動を展開している。
10 参加企業数はコミットと認定の合計。コミットとは2年以内にSBT認定を取得すると宣言すること、認定とは既に目標が認められSBT認定を取得していることを指す。
図表3 GHG排出源ごとのスコープについて 2|企業のGHG削減目標SBTと排出量の分類
SBTはパリ協定と整合した科学的根拠に基づいた削減目標である。この削減目標はGHG排出量を測定・報告のための基準を定めるGHGプロトコル11に準拠しており、企業はその基準に従って削減を進めることが求められる。GHGプロトコルでは、企業が排出するGHG(直接排出)のみならず、そのサプライチェーンから排出されるGHG(間接排出)まで、事業活動に関わる全てのGHG排出量を対象としている。

ここでいう事業活動は企業の原材料調達から製造・物流・販売・廃棄までの一連の流れを指しており、GHGプロトコルはこの流れで生じる排出源に基づき排出されるGHGをScope1、Scope2、Scope3と3つに分類している(図表3)。また、Scope3では排出量を包括的に測定・管理し、削減するために更に15のカテゴリーに細分化されている。SBTではこれらの分類に基づき、Scope1~3までの削減を求めている。
 
11 GHGプロトコルは企業のGHG排出量を算定・報告する国際基準を策定するイニチアチブ。

4――削減目標の設定について

図表4 SBTの削減目標イメージ 1|短期目標の削減イメージ
SBTの目標設定は短期目標(Short-Term Targets)、長期目標(Long-Term Targets)の2つに分けられる。本稿ではSBT認定の必須要件である短期目標について説明する。

短期目標の目的は、パリ協定で定められた気温上昇1.5℃または2℃を十分に下回る(Well Below 2℃、以降WB2℃)水準と整合した排出削減を5~10年以内に達成することである。図表4が示す通り、この期間で気温上昇を1.5℃以内に抑える場合には年間最低4.2%(以降1.5℃水準)、2℃を十分に下回る場合は、年間最低2.5%~4.2%(以降WB2℃水準)のペースでGHG排出量を削減する必要がある。また、目標設定後、企業はGHG排出状況を毎年開示し、最低でも5年ごとに目標を見直すことが求められる。

ただし、企業ごとに事業内容や状況が異なるため、目標設定の対象範囲や基準、設定手法などについては、一定の柔軟性が設けられており、公表されているセクター別ガイダンス12に該当する場合はその内容に従うことができる。

対象範囲は子会社を含む企業全体13の排出量(Scope1、2)およびサプライチェーンから間接的に排出される(Scope3)に関連するすべてのGHG排出量が含まれる。また削減基準は1.5℃水準またはWB2℃水準を該当する排出範囲に応じて設定し、排出総量を同じ割合で削減する「総量削減(以下ACA)14」、もしくは生産量や売上高などの活動単位に基づく「原単位削減15」の大きく2つのアプローチで削減する必要がある。ただしScope1+2及びScope3それぞれで満たすべき要件や手法が異なるため、その詳細について次項以降で説明する。
 
12 セクター別ガイダンスは各産業部門向けに策定されているガイダンス。開発中のセクターもあり順次HPで公表される。公開後、遅くとも6か月以内には該当するセクター別手法やガイダンスに示された目標設定の際の要求事項、最低限の削減水準について必ず遵守しなければならない。https://sciencebasedtargets.org/standards-and-guidance#sectors
13 GHGプロトコル会社基準に則った支配力基準、出資比率基準での企業範囲。
14 総量削減(Absolute Contraction Approach)は排出量総量を同じ割合で削減する方法。排出量を○年比で○年までに○%削減するイメージ。
15 原単位削減とは生産量等の1単位当たりの排出量を削減する方法。「○○当たりの排出量を○年比で○年までに○%削減するというイメージ。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年02月27日「研究員の眼」)

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総合政策研究部   研究員

土居 優 (どい すぐる)

研究・専門分野
日本経済、サステナビリティ

経歴
  • 【職歴】
     2016年 日本生命保険相互会社入社
         (資産運用部門にて資金繰り、クレジット審査、ベンチャー投資業務に従事)
     2024年 ニッセイ基礎研究所へ

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