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- 揺れ動いた原子力政策-国民意識から薄れていた「E」の復活
コラム
2024年11月19日
1――原子力政策の方針転換
第7次エネルギー基本計画に関する議論が大詰めを迎えている。今次改定のポイントは、原発の再稼働と再エネの拡大である1。このうち原子力の扱いを巡っては、国内の見方は大きく揺れ動いて来た。
例えば、2010年6月策定の第3次計画では、原子力を「供給安定性と経済性に優れた準国産エネルギー」と位置付けたうえで、原子力と再生可能エネルギー(以下、再エネ)を合わせた「ゼロ・エミッション電源」の比率を、2030年までに約70%に高めるとの目標が掲げられていた。その実現に向けては、原子力発電所(以下、原発)の新増設を進め、60%程度に留まっていた設備利用率を90%近くまで引上げる算段であった。しかし、この方針は、2011年の東日本大震災を機に大きく転換される。
震災後、2014年4月に安倍政権のもとで始めて策定された第4次計画では、原子力を「重要なベースロード電源」と位置づけたうえで、原発依存度を「可能な限り低減させる」との方針が打ち出されている。原発の再稼働については、安全性が確保されることを前提に認めるものの、新増設やリプレースは凍結されることになった。この方針は、2018年7月に策定された第5次計画、2021年10月に菅政権で策定された第6次計画にも引き継がれている。
しかし、この方針は、岸田政権下で転換される。政府は2023年2月公表の「GX実現に向けた基本方針」において、再エネと共に原子力を「最大限活用」していくとの方針を掲げた。具体的には、次世代革新炉の開発・建設に取り組み、廃炉を決定した原発の敷地内での次世代革新炉への建て替えを進める。すでに政府は、野党の一部から賛成を得て、原発の運転期間を最長60年(原則40年)に制限する法律を2023年5月に改正し、行政指導などで停止した期間を運転期間から除外することで、原発の運転寿命を延ばす措置を講じている。
今次計画では、原子力について、安全性の確保を前提として、再稼働や新増設を進める具体的な方針(運転期間の延長や新技術開発など)が示される可能性が高い。
1 矢嶋康次「予見可能性の高いエネルギー基本計画・改定はできるのか?」研究員の眼(2024年4月2日)
例えば、2010年6月策定の第3次計画では、原子力を「供給安定性と経済性に優れた準国産エネルギー」と位置付けたうえで、原子力と再生可能エネルギー(以下、再エネ)を合わせた「ゼロ・エミッション電源」の比率を、2030年までに約70%に高めるとの目標が掲げられていた。その実現に向けては、原子力発電所(以下、原発)の新増設を進め、60%程度に留まっていた設備利用率を90%近くまで引上げる算段であった。しかし、この方針は、2011年の東日本大震災を機に大きく転換される。
震災後、2014年4月に安倍政権のもとで始めて策定された第4次計画では、原子力を「重要なベースロード電源」と位置づけたうえで、原発依存度を「可能な限り低減させる」との方針が打ち出されている。原発の再稼働については、安全性が確保されることを前提に認めるものの、新増設やリプレースは凍結されることになった。この方針は、2018年7月に策定された第5次計画、2021年10月に菅政権で策定された第6次計画にも引き継がれている。
しかし、この方針は、岸田政権下で転換される。政府は2023年2月公表の「GX実現に向けた基本方針」において、再エネと共に原子力を「最大限活用」していくとの方針を掲げた。具体的には、次世代革新炉の開発・建設に取り組み、廃炉を決定した原発の敷地内での次世代革新炉への建て替えを進める。すでに政府は、野党の一部から賛成を得て、原発の運転期間を最長60年(原則40年)に制限する法律を2023年5月に改正し、行政指導などで停止した期間を運転期間から除外することで、原発の運転寿命を延ばす措置を講じている。
今次計画では、原子力について、安全性の確保を前提として、再稼働や新増設を進める具体的な方針(運転期間の延長や新技術開発など)が示される可能性が高い。
1 矢嶋康次「予見可能性の高いエネルギー基本計画・改定はできるのか?」研究員の眼(2024年4月2日)
2――原子力政策が再度、推進に傾いた理由
足元で、原子力が再評価されている背景には、脱炭素化を求める要請の高まり、地政学リスクの増大、デジタル化の加速などがある。
1つ目の脱炭素化については、菅政権下で2030年度の温室効果ガス削減目標が▲26%削減(2013年度比)から▲46%削減に拡大された[図表1]。これは、すでに欧州や中国がカーボンニュートラル実現の目標を出していたことに加えて、気候変動対策に積極的な米バイデン政権からの圧力が増していたことが背景にある。ただ、この目標達成は容易ではない。例えば、再エネの拡大で期待される太陽光発電では、国土面積当たりの太陽光発電導入量で日本は主要国の中で最大となっており、土地の確保が問題である。また、風力発電の適地は地域偏在性が大きく、洋上風力も技術面やコスト面の課題が残る。
そこで現実的な選択肢と見られたのが原子力である。2024年10月時点で稼働している原子力は9基、2023年時点の電源構成に占める原子力の割合は7.7%であり、第6次計画の2030年度の電源構成(20~22%)と比べても拡大の余地がある。
そこで現実的な選択肢と見られたのが原子力である。2024年10月時点で稼働している原子力は9基、2023年時点の電源構成に占める原子力の割合は7.7%であり、第6次計画の2030年度の電源構成(20~22%)と比べても拡大の余地がある。
2つ目の地政学リスクについては、2018年以降に本価格化した米中対立、2022年2月に勃発したロシア・ウクライナ戦争、2023年10月に勃発したガザ・イスラエル戦争などが挙げられる。これらのリスクは、サプライチェーンを寸断し、バリューチェーンを通じて、多方面に影響が及んでいる。
とりわけエネルギー価格の高騰は、電気代やガス料金の引上げに作用し、市民生活に大きな影を落としている[図表2]。日本では粘着的なデフレの影響が残ることもあって、欧米比でみればインフレは劇的とは言えないものの、国民の7割が「悪い方向に向かっている分野」として「物価」を挙げている2。こうした地政学リスクの増大に伴う、市民生活への影響もあって、準国産エネルギーである原子力は、経済安全保障の観点からも注目度を高めている。
とりわけエネルギー価格の高騰は、電気代やガス料金の引上げに作用し、市民生活に大きな影を落としている[図表2]。日本では粘着的なデフレの影響が残ることもあって、欧米比でみればインフレは劇的とは言えないものの、国民の7割が「悪い方向に向かっている分野」として「物価」を挙げている2。こうした地政学リスクの増大に伴う、市民生活への影響もあって、準国産エネルギーである原子力は、経済安全保障の観点からも注目度を高めている。
3つ目のデジタルについては、社会変革に不可欠な要素である。社会のデジタル化が進めば必要とされる電力量も増え、それを安価に入手できるか否かは、企業の産業競争力に影響する。
電力広域的運営推進機関によると、国内の需要電力量は、2023年度想定では減少傾向が見込まれていたものの、2024年度想定では増加基調に修正されている[図表3]。これは、生成AIの急速な普及に伴う、データセンターの消費電力量の急増や、膨大な電力を消費する半導体工場の新設などが反映された結果である。急増する電力需要に応えるには、再生可能エネルギーを過去10年間で2倍のペースで導入し、再稼働できる原子炉を再稼働させても不足することから、そのエネルギー源として次世代革新炉などへ期待が大きくなっている。
なお、原資力政策の再考を迫られているのは日本だけではない。原発廃止を決め、再エネに振り切ったドイツでは、ロシア・ウクライナ戦争勃発後の天然ガス価格の高騰で、産業用電力価格が大幅に上昇して立地競争力が低下し、製造業の空洞化が進んでいる。また、米国でもAI拡大で電力需要が急増し、廃炉となったミシガン州パリセイズ原発を再稼働させ、スリーマイル島の原発を再稼働させるといった動きも進んでいる。2023年のCOP28では、採択文書に原子力利用の推進が明記され、日本を含む25ヶ国が「2050年までに2020年比で世界全体の原子力発電容量を3倍にする」との目標に賛同している。原子力に対する見方は、世界的に変化しつつある。
2 内閣府「社会意識に関する世論調査」(2023年11月調査)
電力広域的運営推進機関によると、国内の需要電力量は、2023年度想定では減少傾向が見込まれていたものの、2024年度想定では増加基調に修正されている[図表3]。これは、生成AIの急速な普及に伴う、データセンターの消費電力量の急増や、膨大な電力を消費する半導体工場の新設などが反映された結果である。急増する電力需要に応えるには、再生可能エネルギーを過去10年間で2倍のペースで導入し、再稼働できる原子炉を再稼働させても不足することから、そのエネルギー源として次世代革新炉などへ期待が大きくなっている。
なお、原資力政策の再考を迫られているのは日本だけではない。原発廃止を決め、再エネに振り切ったドイツでは、ロシア・ウクライナ戦争勃発後の天然ガス価格の高騰で、産業用電力価格が大幅に上昇して立地競争力が低下し、製造業の空洞化が進んでいる。また、米国でもAI拡大で電力需要が急増し、廃炉となったミシガン州パリセイズ原発を再稼働させ、スリーマイル島の原発を再稼働させるといった動きも進んでいる。2023年のCOP28では、採択文書に原子力利用の推進が明記され、日本を含む25ヶ国が「2050年までに2020年比で世界全体の原子力発電容量を3倍にする」との目標に賛同している。原子力に対する見方は、世界的に変化しつつある。
2 内閣府「社会意識に関する世論調査」(2023年11月調査)
3――現実的なエネルギー政策の必要性
日本のエネルギー政策には「S+3E」という基本方針がある。安全性(Safety)を大前提として、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合性(Environment)の3つの「E」を、同時に確保していくという考え方だ。これを基本として、脱炭素化やデジタル化などの課題に対応していくことが、エネルギー政策には求められる。
近年の原子力政策では、福島第一原発の事故以降、安全性の「S」への関心が高まる一方、それ以外の「E」への関心は大きく低下していた。ただ、最近の社会情勢は、この薄れていた「E」への関心を呼び起こしたと言える。とりわけ、日本のエネルギー調達(確保)には多くの制約が伴う。安全保障上の懸念から隣国との間で、電力の国際連携線を接続することが難しく、縦に細長い日本の地理的性質が、送電能力に制約のある「くし形」の電力網を形成してきた。また、エネルギー自給率も低い。2021年度の日本のエネルギー自給率は、わずか13.3%に留まる。これはエネルギー自給率が100%を超える米国や豪州だけでなく、同じような制約を抱える韓国の18.0%と比較しても低い。
エネルギーは、市民生活や産業活動を支える基盤である。将来にわたって望ましいエネルギーを確保していくにはどうするべきか。近々発表される第7次エネルギー基本計画において、この「E」の要となる再エネと原子力がどのように位置づけられるのか。この点に注目したい。
近年の原子力政策では、福島第一原発の事故以降、安全性の「S」への関心が高まる一方、それ以外の「E」への関心は大きく低下していた。ただ、最近の社会情勢は、この薄れていた「E」への関心を呼び起こしたと言える。とりわけ、日本のエネルギー調達(確保)には多くの制約が伴う。安全保障上の懸念から隣国との間で、電力の国際連携線を接続することが難しく、縦に細長い日本の地理的性質が、送電能力に制約のある「くし形」の電力網を形成してきた。また、エネルギー自給率も低い。2021年度の日本のエネルギー自給率は、わずか13.3%に留まる。これはエネルギー自給率が100%を超える米国や豪州だけでなく、同じような制約を抱える韓国の18.0%と比較しても低い。
エネルギーは、市民生活や産業活動を支える基盤である。将来にわたって望ましいエネルギーを確保していくにはどうするべきか。近々発表される第7次エネルギー基本計画において、この「E」の要となる再エネと原子力がどのように位置づけられるのか。この点に注目したい。
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(2024年11月19日「研究員の眼」)
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経歴
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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