コラム
2024年02月08日

施政方針演説を読み解く-2024年、構造変化の足場を固める

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也

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1――岸田首相の施政方針演説

今年2023年の通常国会は異例の幕開けとなった。首相の施政方針演説は、1月の国会召集日に行われるのが通例であるが、自民党派閥の政治資金問題を受けて、政治とカネをテーマにした集中審議が29日に行われたため、30日にずれ込んだ。1月の通常国会で行われる施政方針演説は、首相が政府全体の基本方針や重点政策について説明する機会となる。
1昨年は、「少子化対策」「防衛力強化」「国際秩序づくり」などがテーマ
昨年2023年の演説では、政策の重点政策が「分配」から「成長」重視の姿勢に大きく変わったことが反映された。2020年以降に深刻化した「新型コロナウイルス」問題への言及が少なくなり、替わって「外交・安全保障」「少子化対策」に重心がシフトしたことが特徴的だったと言える。実際、昨年は日本が議長国としてG7広島サミットを開催し、ウクライナ情勢や核軍縮が大きなテーマを扱い、インドやブラジルを招待して、国際秩序の維持に向けてグローバル・サウスの取り込みを図ってきた。また、当初予算で防衛費を2022年度当初予算比で+26%積み増し、防衛力の抜本的な強化に乗り出している。少子化対策関連では、1月に首相が「異次元の少子化対策」を掲げ、6月の「こども未来戦略方針」で、児童手当を中心とした経済的支援の強化を打ち出し、児童手当の所得制限撤廃、高校生年代までの延長、第3子以降3万円といった具体的な施策を提示して来た。
2今年は、「能登半島地震」「政治改革」「賃上げ」などがテーマ
2024年の施政方針演説では、より身近なテーマに注力する姿勢が示されている。施政方針演説の全文から品詞別に出現頻度の高いワードを並べてみると、2024年は名詞で「国民」「政治」といったワードが増加し、2023年に多く登場した「世界」のワードは減少した[図表1]。

これには、昨年末明らかになった自民党派閥の政治資金問題で、国民の間に政治不信が広がったことが影響している。岸田首相はこの問題を受け、演説の3番目に「政治改革」を取り上げ、全体の5%を割いて信頼回復に努めることを説明した。国内外に様々な課題が控える中、この問題を比較的大きく取り上げているのは、岸田首相が抱く危機感の表れと言えるだろう。

なお、内政面では、昨年10月の所信表明演説に続いて、「経済」重視の姿勢が改めて強調された。演説では「経済の再生」が岸田政権の最大の使命であると明言し、今年をデフレ脱却などの成果を国民に実感してもらう年と位置付けている。注力する分野としては、「賃上げ」を課題として挙げている。

2024年のサ変名詞をみると、「賃上げ」「被災」というワードの出現頻度が増加する一方、2023年に多く登場した「成長」「子育て」といったワードが減少している。演説冒頭に言及されたとおり、元日に発生した能登半島地震への対応は、2024年喫緊の課題である。被災者の生活支援や被災地の再生に全力で取り組むため、財政措置をためらうことなく実行して行くことを明確にしている。また、とりわけ強調された「賃上げ」の重要性については、政策上の位置づけ自体に変わりはない。ただ今年は、持続的な賃上げ環境を整備する「人への投資」「リスキリング(学び直し)」などに加えて、賃上げ税制や所得税・住民税減税、公的分野の賃上げなど、より直接的に賃上げを促す施策が追加されていることが特徴と言える。

一方、今年出現頻度が減少した「世界」というワードからは、日本の力点の置き場(優先順位)に変化があったとの印象も受ける。ただ、実際には、グローバルな課題に関与して行くという従前の姿勢に大きな変化は見られない。昨年は、議長国としてG7サミットを広島で開催することに伴い、ロシアのウクライナ侵攻が大きく取り上げられていたが、今年は議長国をイタリアに引き継いだことで、相対的に日本周辺地域への言及が増えたものと見られる。地名に関するワードの出現頻度をみると、「ロシア」への言及は減ったものの、「ウクライナ」への言及は昨年と同程度であり、支援継続の必要性も強調されている。グローバルな課題への関心が薄れたというより、より地域的に目配りされた演説になったと評価すべきだろう。
[図表1] 抽出語の出現頻度

2――施政方針演説の注目点と今後の見通し

1デフレからの完全脱却~好循環の実現に道筋をつける~
経済面では、デフレからの完全脱却が宣言できるか注目される。資源価格の上昇に伴うインフレで、コアCPIは日銀の物価目標を上回る水準で推移し、国民の物価に対する期待も変化した。ただ、実質賃金は21カ月連続でマイナスを更新中であり、岸田政権が掲げた賃金と物価の好循環の実現に向けて、正念場を迎えている。民間エコノミストの予測1では、2024年春闘賃上げ率は3.85%(ベア2.15%)である。これは、昨年の実績を上回るものの、連合の求める5%以上(3%以上)の水準は満たしていない。これから本格化する春闘は、多くの企業が雇用者と年1回の賃上げを交渉する場となる。早くも賃上げ実現に向けた、政府の実行力が試される場となる。

当研究所では、実質賃金上昇率がプラスに転じるのは、消費者物価上昇率が2%を割り込むことが見込まれる2024年度後半と予想する2。実質賃金の下落はしばらく続く可能性が高く、岸田首相が言及した「実感」の伴う年となるかは予断を許さない。物価の基調が変わり、経済に頭打ち感が出て来る来年こそ、持続的な賃上げの勝負の年となる。それまでに経済を腰折れさせることなく、企業の前向きな投資を継続させ、イノベーションや生産性向上につなげていくことが、政府の役割となる。

なお、賃上げの先にある好循環の定着には、消費の拡大が必要となる。今のところ可処分所得への貢献は、雇用者の賃上げがメインとならざるを得ないが、新NISAの拡大で収入源が多様化すれば、配当金やキャピタルゲインが消費を押し上げる効果を期待できる。その仕掛けを作るという意味でも、個人に対する金融教育や金融機関の運用力向上は、いま進めなければならない政策となる。
 
1 公益社団法人日本経済研究センター「ESPフォーキャスト調査」(回答期間:2023年12月25日~2024年1月9日)
2 斎藤太郎(2024)「2023~2025年度経済見通し」,ニッセイ基礎研究所『基礎研REPORT(冊子版)1月号[vol.322]』2024.1.11
2稼ぐ力の強化~将来産業の育成に選択と集中~
産業面では、日本の浮沈に直結する構造変化が始まっている。中国自動車工業協会が2月に発表した2023年の中国の新車輸出台数は、日本を上回って世界首位となることがほぼ確定した。日本の稼ぎ頭(経常黒字の主因)である自動車業界は、世界的なEV(電気自動車)の波に乗り切れていない。自動車産業は雇用の裾野が広く、関連産業も多岐に渡ることから、この出遅れは将来の競争力低下につながるだけでなく、日本経済全体にも大きな影響を及ぼすことになる。この出遅れを挽回するには、企業の自助努力だけでなく、政策的なサポートも必要になる。

近年、主要国では、産業政策を使って投資や市場を囲い込む動きが広がっており、社会全体のデジタル化やインフラ整備と一体で、将来産業の育成が進められている。国際的に競争力を得るうえで、国が果たすべき役割は増しており、将来を見据えた戦略的な資源配分が重要になっている。その意味で、水素や半導体、バイオや量子など、注力する分野を絞った「未来志向の戦略的投資」「戦略的なインフラ整備」などに期待が掛かる。

折しも今年は、エネルギー基本計画が改定を迎える年となる。気候変動が世界的な課題として認識されたいま、電力は価格だけでなくグリーン性も重視される。日本は主要国の中でも、再エネ比率が低く、グリーン性の面では見劣りする。欧州では、2026年に国境炭素税の本格導入が始まる見込みであり、GX(グリーン・トランスフォーメーション)に関連した規制で、域内産業の競争力を確保しようという思惑が透ける。これに対抗するには、日本もエネルギーのグリーン化を、コスト効率的に進めることが不可欠であり、演説で今後の方針に示された洋上風力の拡大や、安全性を最優先とした原子力発電の活用が、どの程度盛り込まれるのか注目される。
3人口減少問題への対応~EBPMで納得感を醸成~
社会面では、「人口減少問題」が最大の戦略課題と位置づけられる。今年、実施段階に移る「こども・子育て政策」は、子育て世帯の負担を和らげる効果を一定期待できる。ただ、政府の少子化対策に対する国民の見方はかなり厳しい3。その背景には、児童手当の拡充が決まる一方で、扶養控除が縮小されるなど、国民に一貫したメッセージが伝わらなかった可能性が考えられる。財政の厳しい日本の現状を踏まえれば、一定の制限が設けられること自体は止むを得ないが、それが政策効果を最大限に発揮するやり方であることを説明する必要はある。単なる財源の付け替えと見做されないためにも、証拠に基づく政策立案(EBPM)で、国民の共感や納得感を高めることが求められる。

なお、演説では触れられていないが、人口減少問題を扱ううえで、外国人政策も重要な論点である。今年は、技能実習制度を発展的に解消し、育成就労制度を新設する議論が国会で審議される。この制度は、外国人労働者を長期で受け入れ、企業の生産性向上に資する人材となるように育成する視点が盛り込まれている。今後2030年に掛けて、人口減少ペースは加速する。本当に人手不足問題が深刻化するのはこれからであり、とりわけ、介護や物流などエッセンシャルな領域や、地方、中小企業の担い手不足は深刻化する可能性が高い。外国人労働者を活用しても、人手不足がすべて解消するわけではないが、技術革新や設備導入で、企業の生産性向上を高める時間を稼ぐうえで、有望な選択肢であることは間違いない。ただ、枠組みを整備するだけでは、外国人の呼び込みも難しくなっていく可能性が高い。外国人から選ばれるという視点で、多様な人材への受容性を高めていくことが必要だろう。
 
今年は、日本の経済社会に見られる構造変化の足場を固める年となる。年初から政治改革に多くの時間が費やされているが、政治が停滞すると政策の推進力が削がれてしまう。国内に好循環の芽が育ち、世界から日本の価値が見直され始めた今こそ、上昇気流に乗るべきタイミングだと言える。将来の持続的な成長につながる政策が、しっかり実行されていくことに期待したい。
 
3 久我尚子(2023)「少子化進行に対する意識と政策への期待(2)」,ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2023.4.27
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也 (すずき ともや)

研究・専門分野
日本経済・金融

(2024年02月08日「研究員の眼」)

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【施政方針演説を読み解く-2024年、構造変化の足場を固める】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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