コラム
2025年02月18日

ドロップアウトの活用-均等に鍛えるには?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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ドロップアウトというと、通常は、属していた組織や社会から落ちこぼれたり、反体制的な行動をとったりすることをいう。この言葉には脱落や落伍といったネガティブな意味があり、あまり好ましいこととされていないことが多い。
 
しかし、AI(人工知能)の機械学習においては、この言葉は全く別の意味となる。AIの学習精度を向上させるための重要な役割を担っている。ドロップアウトは、機械学習のみならず、身体の鍛錬や組織の成長に向けた訓練などに応用することもできる。
 
今回は、ドロップアウトについて見ていこう。

◇ AIの過学習とは

AIの機械学習は、大量の学習データをもとに行われる。機械学習を繰り返すことによって、将来予測やデータ分類の精度を向上させることができる。
 
AIも開発当初は人間と同様にさまざまな間違いをする。だが人間と異なり、不平不満を言うことも疲れることもなく、常にひたすら学習を重ねる。それによって、精度はどんどん向上していく。
 
AIの機械学習において問題となるのが、過学習だ。過学習とは、学習時のデータに対してはよい精度を出すが、未知のデータに対しては同様の精度を出せない状態を指す。過学習になると、AIを実務で運用させることが難しくなる。
 
これは、人間の試験勉強に例えると、試験前日にテスト範囲を丸暗記することに相当する。暗記したものがそのまま出題されれば完璧に解答できるが、応用問題が出されると対応できなくなる。
 
通常、AIはニューラルネットワークと呼ばれる、人間の脳のニューロン(神経細胞)の働きを模倣した機械学習モデルをもっている。ニューラルネットワークは、入力層、隠れ層(中間層)、出力層の3層で構成されている。
 
各層では、ノードと呼ばれる計算ユニットが“重み”を介してつながっており、この重みが人間の神経網のシナプス結合の「強度」と似た役割を担っている。各ノードへの入力は、重みを通じて強弱が変化するように作られており、ノードの関数計算に影響を与える。
 
たまに耳にする「ディープラーニング(深層学習)」では、隠れ層が複数の層からなっており、数百万個ものノードを持つ複雑なAIも珍しくはない。そうなると、それを上回るような圧倒的に大量の学習データがなければ、過学習に陥ってしまうことが生じる。

◇ ドロップアウトは機械学習の過学習を防ぐ方策の1つ

過学習を防ぐには、いくつかの方策がある。そのなかで一般的なのが、「正則化」だ。これは、予測や分類の精度を評価する誤差関数のなかに、AIの複雑さを表す正則化項と呼ばれる項を入れるものだ。こうすることで、AIの構造が複雑な場合は、たとえ誤差が小さくても誤差関数による評価が下がることとなり、精度と複雑さのバランスをとることができる。
 
正則化とともに、過学習を防ぐもう1つの方策が、ドロップアウトの活用だ。大量の学習データで機械学習を繰り返す際に、一部のノードをランダムに取り除いて行う。
 
こうすることにより、ノイズや無関係な関連性を拾い上げてしまうノードを除くことができる。また、特定の有益なノードを除いた場合は、それを代替する他のノードを訓練することにつながる。
 
ドロップアウトは、入力層や出力層には行われず、隠れ層のノードに対して行われる。通常は、ドロップアウト確率を設定して、その確率でランダムに各ノードを取り除き、残ったノードだけで学習を行う。
 
ドロップアウトは、実務で大きな成功を収めているという。複雑なAIの機械学習では、ドロップアウトの活用が一般的とされている。

◇ ドロップアウトにより、均等に身体を鍛える

機械学習のドロップアウトは、ノイズや無関係な関連性を拾い上げることを避けるために確率を用いてランダムにノードを取り除くことを指す。そうすることで、将来予測やデータ分類といったAIの機能を強化させるものと言えるだろう。ドロップアウトの活用を、機械学習の領域だけにとどめておくことはもったいない。ここからは、一般社会での活用を考えてみよう。(なお、以下は妄想を含めてすべて筆者の私見。)
 
まず、身体トレーニングでのドロップアウトの活用。トレーニングジムなどで、ダンベルを持ち上げて腕の筋肉を鍛える場合を考える。その場合、どうしても利き腕のほうでダンベルを持ち上げることが多く、利き腕ばかりが鍛えられてしまう。
 
そのようなときには、ドロップアウト確率を用いて、右腕と左腕を均等に鍛える。具体的には、ダンベルトレーニングを始める前にサイコロを振って、1か2が出たら右腕だけで、3か4が出たら左腕だけで、5か6が出たら両腕でダンベルを持ち上げる。こうすることで、トレーニングが利き腕に集中することを避けることができる。

◇ ドロップアウトにより、組織全体の成長を図る

次に、社会のある組織を考えてみよう。この組織では何かの事務や作業を定例業務として行っているとする。いまは経験豊富なベテラン職員に任せることで、この業務は安定して遂行できている。しかしベテラン職員はいずれ定年などでいなくなるだろう。そこで、いまのうちに実績の乏しい新人や若手の職員にもこの業務を担ってもらい、組織としてこの業務を安定的に遂行できるようにしておくべきと考えられる。
 
そこで、ドロップアウトの活用だ。この業務を担当する職員にドロップアウト確率を設定しておく。日々、ランダムに一定の確率で職員が外れることで、職員の業務経験が均等化する。
 
例えば、この業務を担当する職員が6人いる場合、各職員にサイコロの目を1つずつ割り振っておく。朝礼時にサイコロを振り、出た目の職員は、その日は担当から外れて他の業務を行う。こうすることで、ベテラン職員も若手職員も均等に業務を担うことになる。

◇ スポーツの世界でもドロップアウトの活用がありうるかも

ドロップアウトは、スポーツの世界でも活用できるかもしれない。野球、サッカー、ラグビーなどの団体競技では、試合途中に選手交代が行われることが一般的だ。ゲームの形勢や、選手の特性、疲労度などをもとに交代が行われる。
 
ただ、そうするとどうしても一部の選手の試合出場の機会が多くなる。これは、勝利を追求するプロスポーツであれば、やむを得ないことかもしれない。だが、若手選手の経験や実績の蓄積を考えると、長期的な視点からは、好ましいこととは言えないだろう。大学生や高校生のスポーツとなれば、なおさらだ。
 
スポーツのなかには、バスケットボールやアイスホッケーのように、試合中に何度でも選手が交代できるものもある。そのような場合には、ドロップアウトの活用が特に有効かもしれない。
 
例えば、あらかじめ選手一人ひとりに、サイコロの目を割り当てておく。そして、サイコロを振って出た目の選手を交代させる。こうすることで、特定の選手ばかりに頼ったゲーム戦略となることを避けて、どの選手にも均等に出場機会を与えることができる。

◇ ドロップアウトを上手に活用する

以上、AIの機械学習でのドロップアウトの活用や、その一般社会での応用について見ていった。
 
現実に目を向けると、人間社会には、さまざまなしがらみがある。実績のある職員や選手を外して、若手や新人に任せるということは、頭で考えるほど簡単な話ではないだろう。
 
ただ、ドロップアウト確率を、(マネージャーの選り好みではなく)公正な手法として活用すれば、そうしたしがらみの一部を解消・軽減できるかもしれない。
 
ドロップアウトを上手に活用することで、身体や組織が均等に鍛えられていけば、いずれはサステナブルな成長につながっていくものと考えられるが、いかがだろうか。

(参考文献)
 
「なっとく! 機械学習」ルイス・G・セラーノ著, 株式会社クイープ監訳(翔泳社, 2022年)
 
「ドロップアウト」(G検定(AI・機械学習)用語集, 株式会社 zero to one(ゼロ・トゥ・ワン)ホームページ)
https://zero2one.jp/ai-word/dropout/
 
「【やさしく解説】ドロップアウト (Dropout) を理解する」(楽しみながら学ぶ機械学習 / 自然言語処理入門, data-analytics fun, mm_0824ブログ)
https://data-analytics.fun/2021/11/13/understanding-dropout/
 
「過学習 Overfitting」(用語解説, 野村総合研究所(NRI)ホームページ)
https://www.nri.com/jp/knowledge/glossary/overfitting.html

(2025年02月18日「研究員の眼」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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