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保険・年金基金の金融安定性(欧州2024.12)-EIOPAの報告書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1――はじめに
今回は、この報告書の内容を紹介する。
1 FINANCIAL STABILITY REPORT (EIOPA 2024.12.12)
https://www.eiopa.europa.eu/document/download/024725cf-a9e7-4727-9f14-2a4fed6c6d66_en?filename=EIOPA%20Financial%20Stability%20Report%20December%202024.pdf
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)
2――報告書の内容
地政学的緊張の激化や各国の選挙結果、政策金利の引き下げ、そして経済成長に対する不安等が、今後の経済に与える影響が、特に重要と考えられる。
まず、地政学的緊張等については、実際、金融市場にこれまで与えてきた影響は、今のところ限定的なものにとどまっているようである。しかし、例えば原油価格の上昇などのように、表面化してくることもあり、今後各地の紛争が拡大すれば、こうしたエネルギー価格の上昇などを通じて、広範囲に大きな影響が及ぶ可能性も残されており、その動向は極めて不透明である。
次に、政策金利の引き下げについては、その影響で市場の金利は低下を続けている。今後も中央銀行の利下げなどが続くものと予想されている。そのほかの要素、例えばインフレの進展度合い、労働市場の動向などにもよるが、これらがイールドカーブの形状を変化させることで、キャッシュフローの現在価値あるいは資産価値が増減するリスクはある。
3つめの経済成長等については、ユーロ圏において各種指標をみると、今後若干成長が弱まることが示唆されている。
消費者の動向については、このところ目立った動きはなく、成長を押し上げるほどではない。実質賃金の上昇は消費に向かわず、予防的な貯蓄が優勢なように見える。
株式市場をはじめとする財務状況は回復に向かっており、回復力の強さもある一方で、今後の経済成長に不安がある中では、突然の予期せぬ悪影響に対して大きく反応(価格下落)する可能性があることなど、依然として脆弱性が残る。
特に、近年の不動産市場については、次項でもトピックスとしてふれるが、コストの上昇、需要の減少などにより、厳しい状況にある。
こうした状況の中で、保険会社や年金基金においては、潜在的なショックを吸収する耐性が整っており、現在の地政学的危機状況などを、なんとか切り抜けられそうな気配である。生命保険会社の2024年第2四半期のSCR(ソルベンシー資本要件)比率は239.2%、損害保険会社では212.6%で、100%という閾値を充分上回っている。年金基金(確定給付年金制度を提供するタイプ)においては、積立比率(資産/負債)は120.6%で年初(119.8%)からわずかながら上昇している。
今後のリスクプロファイルにおける注目分野は、不動産や積立再保険(後述)に関する資産のエクスポージャーの増加に起因する潜在的な脆弱性ということになろうか。
これらのリスクの他にも、気候変動リスクなど新しいリスクは依然として高いままである。各地で干ばつや山火事などの気候関連と思われる災害が頻発している。これらに対する適応策や予防策の検討は今後の重要な要素であり、気候保険による保護や何らかの官民協力などが必要と考えられる。
またITシステムの世界的混乱もこの2024年夏に経験してきたところであり、様々な脆弱性を抱えていることが明らかである。AIの活用における問題点の検討など新興テクノロジーの問題や、サイバー攻撃への対応なども含め、保険監督の立場で今後も注意していくべき課題が多い。
なお、EIOPAは「欧州システミックリスク評価フレームワーク」という検討組織を設置しており(これも後述)、欧州経済領域内の保険市場の動向と発展の中で、システミックリスクに関する評価のサポートを行なっている。
上記の中で、不動産の脆弱性、積立再保険、欧州システミックリスク評価フレ-ムワークの3つについて、トピックスとして補足する。
住宅用不動産と商業用不動産は両者とも最近の経済状況のなかでマイナスの影響を受けている。その要因は、新型コロナの蔓延をきっかけとしたリモートワークへの移行によるオフィススペースの需要の減少といった打撃、一時期のインフレと金利の急上昇による、住宅購入需要の低下、といったものであり、その結果不動産価格が下落した。
保険会社や年金基金は、両者とも資産の1割程度を不動産関連投資に充てているが、その内訳には若干違いがある。保険会社では、直接の不動産保有、不動産会社の株式、不動産投資ファンド、住宅ローンが多いが、年金基金では、集団投資事業を通じての投資、次いで不動産会社の株式保有が多い。
保険会社においては、景気低迷期においても、不動産投資の積極的なリバランスは行わないようだ。これまでの歴史をみても、保険会社は、年間利回り4%程度にあたる安定的な賃貸料収入を得てきている。懸念されるのは、マクロ経済の低迷により、賃料収入が減少するリスクであるが、その全体キャッシュフロー収入に占める構成比はごくわずかである。
こうした事情から、個別には大きな影響がある保険会社や年金基金があるとしても、セクター全体への影響は限定的である、とEIOPAは予想している。
資産集約型(または積立型)再保険(Asset Intensive(or Funded) Reinsurance :AIR)については、近年、世界全体で人気が高まり、多く利用されるようになっている。これは、資産(投資リスク)と負債(保険引受リスク)の両方が、再保険会社に移転される仕組みである。これを使って、例えば特定の地域へのエクスポージャーを削減する、などのリスクコントルールが可能である。その結果、出再者はよりスリム(=リスクが小さい?)なバランスシートを保有できることになり、通常はソルベンシー資本要件(SCR)比率も高まることが期待されている。その反面、新たな信用リスク、法的リスク、資産運用リスクが生じる、と予想される。
現在、こうした資産集約型再保険を引き受けているのは、英国とバミューダの再保険会社が主要なものであり、ごく少数の再保険会社に引受が集中している状況にある。今のところ、国境を超えた再保険の利用が一部の国に偏っている事情もあって、財務安定性における懸念は限定的である。
保険監督の立場からは、こうした再保険取引が少数の再保険会社に集中していることや、信用リスクに関連して、再保険会社の担保の有無や取扱いが、どういったリスクをもたらすのか等、引き続き監視を強めていく必要があると感じている。
EIOPAは規則の定めに従って、システミックリスクの特定と計測をしなければならないことになっている。この目的を達成するために、2022年に、欧州システミックリスク評価フレームワーク(European Systemic Risk Assessment Framework :SRAF)を設置した。これは、主に監督上の報告に基づいた定量的なリスク評価を、年次で行う枠組みとなっている。そして 欧州経済領域全体の視点と各国の視点両方から、潜在的なリスクまでも総合的に評価するところが、他のリスク評価やマクロプルーデンスな分析とは異なる点である。
2023年末のソルベンシーIIデータと2024年7月末までのマクロ経済および金融市場データに基づいて、2024年に欧州の保険セクターで特定されたシステミックリスクの主な原因を挙げている。例えば、
・クレジットデフォルトスワップの販売増加
・保険会社の全体的なデリバティブポジションの増加による様々な金融関係者の相互関係に関連するリスクの増大
・欧州経済領域全体で引き続き重要な、気候変動、デジタル化、サイバーリスクなどのあらたなリスク
などが含まれている。
3――今後の動きについて
(2025年01月24日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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