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バレンタインの変遷に見る女性のキャリアの変化~“義理チョコ”から“チョコ好きの女性たちの祭典”へ~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
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1――はじめに
そのような関連について考察するために、本稿ではまず、男女雇用機会均等法(以後、「均等法」)施行後の「OL」たちの意識と行動を描写した先行研究のレビューから、「OL」にとって「義理チョコ」を贈答する意味や役割を明らかにする。そして、その後のバレンタインデーの贈答行為の変化について、各年のバレンタイン商戦の様子を伝える新聞記事の内容を中期的に調査し、分析する。最後に、1980年代から現在までの女性のキャリアの変化を確認し、バレンタインチョコレートの贈答行為の変化との関連について考察する。
2――「義理チョコ」の意味と役割~OLたちの職場での「構造的劣位」と適応~
まず、働く女性にとって「義理チョコ」が果たす役割について考える前に、義理チョコが誕生・普及した背景から概観する。そもそも義理チョコが普及するためには、贈答役である女性会社員が存在することが前提である。昨年公表した筆者のコラム「元祖『OL』たちは令和で管理職になれるか」(研究員の眼)でも紹介したが、日本では高度成長期以降、産業構造の変化によって事務仕事が増加し、それに伴って、雇用で働く女性も急増した。そのような中で、職場で働く女性を称する「OL (Office Lady)」という和製英語も誕生した。統計上も、女性事務職の人数は1953年には127万人だったが、2010年には777万人に増加している1。このように、戦後、事務仕事の拡大に伴って増加していった「OL」が、日本独特の「義理チョコ」文化を生み出し、普及させていった。
1 寺村絵里子(2012)「女性事務職の賃金と就業行動―男女雇用機会均等法施行後の三時点比較」『人口学研究』。
次に、義理チョコの意味と役割を明らかにするために、前述した筆者のコラムでも取り上げた、小笠原祐子氏著『OLたちの<レジスタンス>』(1998年、中公新書)の中から、「OL」とバレンタインデーに関する分析をレビューする。なお、同書の内容に関する説明には、筆者の解釈が含まれていることを、あらかじめお断りしたい。また、「OL」という用語は、現在では死語だと思うが、同書のレビューの際には、便宜上、用いることとする。
同書で小笠原氏は、聞き取り調査などを基に、均等法施行後のOLたちの職場での行動をリアルに描いた。それによると、当時のOLたちは、結婚・出産退職による短期雇用が想定されていたため、会社では昇進・昇給も殆ど無く、出世競争の蚊帳の外に置かれていた。頑張って仕事をしても、しなくても、どうせ考課には反映されないので、予め決まった仕事以上のことを頼まれたら、それに応えるかどうかは「サービス」という感覚だった、と説明している。
そのようなOLたちにとって、年に一度のバレンタインデーで、男性の上司や同僚に贈るチョコレートは、自発的な“贈答品”という恰好を取りながら、その実、相手によってモノや贈り方に差をつけることで、普段のうっぷんを晴らしたり、感謝の気持ちを表したりする絶好の手段になっていた。
例えば、職場のほとんどの男性社員に対しては、OL1人から1個ずつチョコレートを渡すのに、嫌いな上司には、OL同士が相談の上、3人から1個にして総数を減らしたり、わざと渡す時間を遅らせて不安にさせたりと、相手によって差をつけて、反応を楽しむことがあったという。中には、包装の上から指でぼこぼこに押して、こなごなにしたチョコレートを渡した事例もあったというのだ。
その結果、日本のような仕切りの無い大部屋の職場環境では、人気のある男性社員とない男性社員の差が一目瞭然になった。「人気のある男性には、それこそ大きな段ボール箱をも埋め尽くすかと思われるほどのチョコレートが来たりするのに、人気のない男性には、超義理チョコという感じのチョコレートが数個来るだけ」と同書は描写している。
このように書くと、「OLは怖い」と感じる男性もいるかもしれないが、これらの行動は、職場でのOLたちの立場の弱さ、すなわち「構造的劣位」から生じていると小笠原氏は分析している。その行動の特徴として、小笠原氏は「匿名性」と「多義性」という2点を指摘し、それらは、社会的弱者が「抵抗」のメッセージを隠ぺいするために用いられる手段だと説明している。
すなわち、ある男性社員が受け取るチョコレートの総数が少なくても、その判断は、職場のOLたちの“意思の総和”として現れたものであるため、特定のOLの責任にすることができないということ(=「匿名性」)。また、OLたちがたとえチョコレートに復讐の気持ちを込めていても、あるいは感謝や愛情をこめていても、表面上は同じ媒体(チョコレート)であるため、男性側からは、本音を特定できないということ(=多義性)だ。このように、敵意または好意をチョコレートの中に包み隠し、あえて曖昧さを残したまま、相手に手渡しているのだ。
小笠原氏の分析を改めてまとめると、会社から短期雇用を想定されているOLたちは、普段、仕事の成果を期待も評価もされない弱者の立場にある。自分たちの力ではその状況を変えることはできない。でも本当は、もっと一人ひとりを尊重してほしい。また、お返しなどを通して具体的に表現してほしい――。そのような思いが表出したものが義理チョコだと言える。
これらの分析から、義理チョコという日本独自の習慣が生まれた背景には、職場の大きな男女格差と、OLたちがその事実を受け止めた上で、職場に適応し、自分なりに楽しもうとする内発的動機があったと言える。言い換えれば、ジェンダーギャップの大きい職場だからこそ、OLたちによる贈答イベントが生まれる必然性があったのだ。そこに、製菓業界や小売りが売り込んだバレンタインデーというフレームが合致した。つまり、組織風土に限界を抱える中で、OLたちが、何とか自分たちに有利な状況を引き出そうとするアピールが、義理チョコという形に昇華されたと言えるのではないだろうか。
3――バレンタインデーにおける女性会社員の行動の変遷~新聞記事調査より~
2でみたように、義理チョコは、職場の男女格差が大きい時代に、女性会社員たちが何とか適応しようとした行動の一環だったと考えられるが、その後はどのように変遷していったのだろうか。
バレンタインチョコレートの贈答対象の推移に関する公表調査が無いため、ここからは、バレンタイン商戦について報じる新聞記事を中期的に調査し、女性の贈答行動の変遷を分析する。新聞記事には、小売店が取りそろえた商品の特徴や、売り場担当者による見立て、買い物客自身の購買行動やコメントなどが盛り込まれており、そのときどきの特徴を掴むことができるからである。なお、贈答の構図に関しては、後に紹介するように、「本命」の他、友人に贈るパターンや、男性から女性に贈るパターンなど様々なものがあるが、本稿は、女性会社員と男性の上司や同僚との関係性に注目することから、主に「義理チョコ」と自分用チョコの比重に着目して分析する。また調査対象時期は、均等法施行後の変遷をたどるため、施行年の1986年から最新の2024年までとする。
具体的には、新聞記事検索サービス「日経テレコン」を用いて、全国紙5紙(読売、朝日、毎日、日経、産経)の、1986年から2024年までのそれぞれ1月1日から2月14日に掲載された、「バレンタイン」というキーワードを含む記事を抽出し、約10年ごとにその特徴を分析する。
始めに、1986年と翌1987年のバレンタインの時期の新聞記事を検索すると、関連記事の本数が少なく、内容も「義理チョコ」や「本命」などという、贈答対象に関する記述が殆ど見られない2。バレンタインデーにチョコレートを贈答する習慣ができたのは1950年代からと言われるが、「義理チョコ」という贈答スタイルが、日本にまだ定着していなかった可能性がある。
1988年には、初めて「義理チョコ」に関する記事が登場する。1988年2月13日付読売新聞は、日本のバレンタイン商戦の始まりについて「本格的には、さる(昭和)三十三年、都内のメーカーがデパートと一緒にバレンタインセールと銘打ってスタートした」と紹介した上で、「数年前から、職場の男性や友人、知人にもこの日に『義理チョコ』を配る習慣が広まってからこの時期の売り上げは年々一割以上も伸びる勢いになった」と解説している。この記事の通りだと、職場で「義理チョコ」の習慣が広まったのは均等法施行年(1986年)前後で、その後、義理チョコが広まり、チョコレートの売り上げ自体を押し上げてきたと言えそうだ。
1988年2月8日の日本経済新聞も、バレンタインを「海外の習わしがイベントに定着した“成功例”」と評し、「最近は、安いチョコレートは複数の男性に配り、本命には、ネクタイ、洋酒、システム手帳など高価なものを贈り始めた」と記述しており、「義理チョコ」と「本命」を棲み分ける贈答習慣について解説している。市場規模は「チョコ四百億円を含めて一千億円市場」としている。
1989年1月29日の読売新聞には、東武百貨店池袋店が、同店に勤める女性200人を対象にした意識調査の結果が紹介され、「買うチョコレートは六個で、費用は約四千三百円(現在の物価で約5,200円)」と記述されていた。また1989年2月12日の日本経済新聞には、「マンデー日経」の女性読者142人へのアンケート結果が掲載され、「チョコをあげたくない相手」は「お礼の一言もない」がトップになっていた。つまり、義理チョコがお礼やお返しを前提とした行為になっていたということが、このアンケート結果からも分かる。また、各紙の地方版でもバレンタイン商戦が熱を帯びている様子が報じられており、イベントの定着が伺える。
2 5紙のうち、1986年1~2月の記事データが日経テレコンに所収されているのは、日本経済新聞と朝日新聞のみ。
1990年代初頭は、バブル景気と円高の影響などで、海外の輸入チョコレートが増え、「本命は高級品、義理はお手頃」という贈答対象による二極化が鮮明になってくる。しかし、好景気の影響からか、義理チョコについても個数の増加傾向がうかがえる。
1990年2月2日の日本経済新聞は、洋菓子メーカーの老舗、モロゾフが、東京都内に勤める課長・係長を中心とする“中年サラリーマン”に行った調査結果として、男性が「昨年もらったチョコレートは平均5.2個だったが、今年は5.8個を期待」と紹介しており、義理チョコが増加傾向であることが伺える。
また、1991年2月13日の毎日新聞は「本命くんも義理チョコ氏も『3倍返しが常識』」と、当時の義理チョコのお返しにまつわる習慣を分析している。小田急百貨店新宿店のバレンタイン商戦に来た東京都目黒区のOL(25)の声として「義理チョコだからこそ、ホワイトデーにはきちんと義理を果たしてほしい。忙しくて返し損ねたなんて言ったら、男の値打ちを落とす」と紹介。この記事では、旅行代理店課長(40)の「義理チョコをもらったり、ホワイトデーでお返しをするのも上司と部下の一種のコミュニケーション」という声も紹介されており、女性からの「贈答」と男性上司からの「返礼」という、職場でチョコレートを介したコミュニケーションが完成していたことが示されている。
1990年代半ばからは、バブル崩壊や阪神大震災などの影響もあり、「義理チョコ不要論」が見られるようになる。1994年のバレンタイン時期の各紙は概ね、「不況にも関わらずバレンタイン商戦は好調」といったトーンの記事が多いものの、一部では異論が唱えられている。
1994年2月13日の朝日新聞は、バレンタインの贈り物について「不要(16%)が必要(7%)を上回った」という大手通販・千趣会によるアンケート結果を紹介している。1994年2月12日の読売新聞は、男性と思われる大手生保会社の課長(43)の“ぼやき”として「毎年、1万5、6千円は飛んでいく。チョコなんか食べたくないし、換金もできないのに」という男性側からの不要論を掲載している。また、1995年2月10日の朝日新聞は、義理チョコを禁止する企業が出てきていることを紹介している。
1990年代終わり頃には、義理チョコの減少傾向が伝えられている。1998年2月13日朝日新聞は「一人あたりの購入数はバブルのころに比べ大幅に減っている。不況でOLも『義理チョコ』の贈り先を厳選しているようだ」と解説している。ただしこの時期までは、小売りにとっては、義理チョコが依然、バレンタイン商戦の主要な収入源となっているようで、1998年2月7日の読売新聞は「職場の上司や同僚などに渡す『義理チョコ』はひところより減っているものの、売り上げの半分以上を占めている」と記述し、各百貨店が義理チョコ販売を伸ばそうと知恵を絞る様子を紹介している。
(2025年01月06日「基礎研レポート」)

03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
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