- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経営・ビジネス >
- 環境経営・CSR >
- PRI in Person 2024 トロント大会の概要―― Progressing Global Action on Responsible Investment ――
PRI in Person 2024 トロント大会の概要―― Progressing Global Action on Responsible Investment ――

日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 木村武 (編集責任者、日本生命保険執行役員、PRI理事)

日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 岩田淳、河合浩、田中祐太朗、林宏樹、宮下雄一
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
気候変動や自然資本、社会的不平等などさまざまな課題がシステムレベル・リスクとして、社会経済全体に影響を及ぼしている。特に本大会においては、社会的不平等が気候変動や生物多様性損失に続く、次なるメガリスクとなる可能性が指摘された。システムレベル・リスクの課題に対応するためには、投資家と政策当局が連携して、透明性と責任を伴う枠組みを構築する必要がある。システムレベル・リスクについて、情報開示や規制面から議論された内容を紹介する。
- TISFD(Taskforce on Inequality & Social-related Financial Disclosures:社会関連財務情報開示タスクフォース)は、社会的不平等をシステムレベル・リスクと位置付け可視化し、特に企業活動や投資行動がどのように社会的不平等を悪化または改善するかを明らかにすることを目指している。従来、水や森林資源などの自然資本は所与のものとして捉えられていたが、それらに及ぼす外部不経済をプライシングする必要が生じたことにより、TCFD(Taskforce on Climate-related Financial Disclosure)やTNFD(Taskforce on Nature-Related Financial Disclosure)が整備された。同様に、社会的不平等によるコストなど、人(労働者、消費者、地域コミュニティなどpeople)に及ぼす外部不経済について適切に情報開示する必要が生じている。企業や投資家が直面するリスクの透明性を高め、社会的不平等を緩和する投資戦略の必要性は認識されている一方、現時点では社会的不平等に関するデータや測定手法の不足が課題となっている。TISFDは、ISSB(International Sustainability Standards Board、国際サステナビリティ基準審議会)やGRI(Global Reporting Initiatives)などの団体や国際的な報告委基準との整合性を調整しながら、2026年末までの導入が期待されている。
- 情報開示や規制環境が整えられる一方、「グリーンハッシング(Greenhushing)」も議論された。「グリーンウォッシング(Greenwashing)」は企業の信頼性を揺るがす重要な課題として知られているが、近年は、企業がサステナビリティへの取組を過少評価し、批判を避けるために透明性を低下させる「グリーンハッシュ」という傾向も現れ、投資家の不信感の高まりとして新たな課題となっている。企業がサステナビリティ情報の公表を控える傾向は、特に米国で見られ反ESGからの圧力が関係している可能性や、EU/CSRD(Corporate Sustainability Reporting Directive)などによる透明性確保の厳格化に伴いグリーンハッシングが増加していることなどが指摘された。投資家からは、国際的に共通した基準が整備されることで、これらの課題防止に寄与する期待が表明された。
- 近年、多国籍企業のサプライチェーンにおける労働者の人権侵害(児童・強制労働など)や環境破壊(森林伐採など)に対する意識が特に高まっている。そのような中、企業のサプライチェーン全体での責任を明確化し、これらの問題を解決するためのフレームワークとして、2024年4月に欧州議会で採択されたEU/CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive)が話題としてあがった。EU/CSDDDは、強制力を持たないUNGPs(UN Guiding Principles on Business and Human Rights)を法的拘束力があるものに昇華させた位置付けである。デューデリジェンスを義務付ける点や人権の特定・評価する点はUNGPsと同様である一方、人権に加え環境のデューデリジェンスも義務づけている点や、サプライチェーン全体をスコープと捉える点はUNGPsとは異なる。EU/CSDDDが採択されたことで、個別の企業や産業を超えた広範囲な影響を及ぼすシステムレベル・リスクをより包括的に解決する道筋が作られることが期待されている。一方、EU/CSDDDは歓迎すべき進展だが、導入に向けた準備ができている企業は非常に限定的であることも指摘され、2026~2027年にかけて各国で運用が開始されるまでの道のりは長いことが課題として残る。
責任投資に関連する規制環境の変化は、企業や投資家にとって負担であると同時に機会をもたらしている。投資活動の透明性を強化するための流れは今後も継続することが想定され、企業や投資家は、規制への対応を一層求められている。
システムレベル・リスクに効果的に取り組むことを目指す場合、エンゲージメントは様々なステークホルダー間の重要な橋渡し役を果たす。昨年の東京大会と同様に本大会でも、企業を対象としたエンゲージメントだけではなく、政策当局を対象としたポリシーエンゲージメントの重要性が強調された。企業と政策当局の双方に対するエンゲージメントのバランスが重要であること、その際には協働エンゲージメントが効果的であることが指摘された。以下、主な発言や議論内容を紹介する。
- エンゲージメントとシステムレベル・リスクに焦点を当てたセッションでは、個別ポートフォリオ単位のリスク管理ではシステムレベル・リスクに十分対処できないことや、システムレベル・リスクの優先順位付けが難しいといった意見が聞かれた。これに対し、システムレベル・リスクの優先順位を決めるためには、投資家がポートフォリオ全体への影響を考慮し、政策当局や他の投資家との協働が重要であると提案がされた。加えて、エンゲージメントの効果を高めるために、投資家の権利を行使することの必要性も強調された。エンゲージメントが効果的でない場合は次のステップとして、法的手段やエスカレーション戦略(議決権行使、要監視リスト、ダイベストメント)の重要性や効率性が説明され、リスクに対しより厳格な姿勢が必要となることが指摘された
- 気候変動対策とエンゲージメントに関するセッションでは、システムレベル・リスクに対応するため、企業エンゲージメントとポリシーエンゲージメントのどちらを重視するかというディベート形式の議論が行われた。冒頭、聴衆に対してどちらを重視するか投票が行われ、約7割がポリシーエンゲージメント重視に投票した。この結果を受けて、4名のパネリストが、企業エンゲージメント派とポリシーエンゲージメント派の2組に分かれ、意見を述べ合った。ポリシーエンゲージメントを支持するパネリストからは、気候変動は市場の失敗によるものであり政策当局が解決策を示すべきということが指摘され、企業エンゲージメントを支持するパネリストからは、政策当局の解決策は実効性に乏しい点を中心に議論が展開された。その後、聴衆を対象に改めて投票を実施した結果では、ディスカッションの中では企業エンゲージメントを重視する意見の方に説得力があったという結果になったが、全体として双方のアプローチが互いに補完するバランスが重要だと強調された。
個々の投資家や企業だけでは対処が困難なシステムレベル・リスクやAI技術のような新しいテーマに対応するためには、様々なステークホルダーへのエンゲージメントが不可欠であり、エンゲージメント活動の専門知識や能力向上、そして協働が重要であると認識された。
- システムレベル投資に関するパネルディスカッションでは、長期的視点での投資が実社会に与えるインパクトの重要性が繰り返し指摘された。長期的視点を考慮した投資構造へ変革するに際しては、影響を受けるステークホルダーを取り込み労働者や地域コミュニティと協力することで、実社会にポジティブなインパクトを創出できること、また環境・社会システムといった「共通の資源」を損なわないためには、個別企業による短期的利益追求がシステム全体に損失を与えないように行動基準(ガードレール)を規定する必要があることなどが指摘された。同時に、PRI「アクティブ・オーナーシップ2.0」(Active Ownership 2.0)によるシステムレベル・リスクを統合する動きなど、PRIが専門家やリソースを結びつけるプラットフォームの構築に取り組んでいることが紹介された。
- スチュワードシップを通じたシステムレベル・リスクへの取り組みに焦点を当てたセッションでは、実社会へのインパクトを生み出すために必要なアプローチが議論された。具体的には、短期的なポートフォリオのリスク管理だけでなく長期的なシステム全体の健全性を重視すること、ポートフォリオの脱炭素化だけでなく現実の排出量削減や自然資本の保護など実社会での具体的な成果に重点を置く必要があることが指摘された。そして、それらを実現するアプローチとして、(1)政策当局との協働により持続可能な政策への変更を促すこと、(2)企業エンゲージメントにおいてエスカレーション戦略に基づき行動変容を促すこと、(3)ポートフォリオ全体におけるリスクを考慮したシステムレベルでの投資目標を設定すること、(4)投資家自身が戦略的思考や高度な分析スキルを身につけること、などがケーススタディを通して紹介された。
- また、アセット・オーナーとアセット・マネージャーという投資における主要なステークホルダーが、どのように投資の意思決定を通じて課題に対処し、実社会へのインパクトを生み出しているかを議論したセッションも設けられた。そこでは、アセット・オーナーが長期的パフォーマンスとシステム全体のリスク管理に焦点を当てる傾向がある一方で、アセット・マネージャーは受託者責任を果たすための具体的な戦略と実行可能性を重視する傾向があると指摘された。そのため、両者が効果的に協働することで実社会へのポジティブなインパクトを最大化できるという点が強調された。また、実社会においてインパクトを生み出すためには、「ポートフォリオ全体で投資機会を捉えること」や「投資家以外とも協働していくこと」などの視点を重視する必要があると提起された。
5――おわりに
また、本大会を通じて確認された共通理解の一つとして、「協力・協調」の重要性が挙げられる。複雑に相互関連したシステム全体のリスクに対処しながら、サステナブルな経済へ移行を加速するためには、今後も各国規制当局や投資家間の協働が求められる。その中で、プラットフォームとして機能するPRIに対する期待はますます高まっている。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2024年12月09日「基礎研レポート」)
日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 木村武 (編集責任者、日本生命保険執行役員、PRI理事)
日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 岩田淳、河合浩、田中祐太朗、林宏樹、宮下雄一
新着記事
-
2025年05月02日
金利がある世界での資本コスト -
2025年05月02日
保険型投資商品等の利回りは、良好だったが(~2023 欧州)-4年通算ではインフレ率より低い。(EIOPAの報告書の紹介) -
2025年05月02日
曲線にはどんな種類があって、どう社会に役立っているのか(その11)-螺旋と渦巻の実例- -
2025年05月02日
ネットでの誹謗中傷-ネット上における許されない発言とは? -
2025年05月02日
雇用関連統計25年3月-失業率、有効求人倍率ともに横ばい圏内の動きが続く
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【PRI in Person 2024 トロント大会の概要―― Progressing Global Action on Responsible Investment ――】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
PRI in Person 2024 トロント大会の概要―― Progressing Global Action on Responsible Investment ――のレポート Topへ