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PRI in Person 2024 トロント大会の概要―― Progressing Global Action on Responsible Investment ――

日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 木村武 (編集責任者、日本生命保険執行役員、PRI理事)

日本生命保険相互会社 財務企画部 責任投融資推進室 岩田淳、河合浩、田中祐太朗、林宏樹、宮下雄一
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気候変動対策や1.5度削減目標に対する意見は多岐に亘っていたが、全体的には達成目標の難しさを認識する慎重な現実主義と、希望をもって取り組む戦略的な姿勢が入り混じったものだった。目標達成は技術的には可能であるものの、実現までには時間が限られているという緊急性を認識する発言が多くの登壇者から聞かれた。以下、主な発言や議論内容を紹介する。
- マーク・カーニー氏は、気候変動対策の緊急性と、単なるポートフォリオの脱炭素化だけでなく実体経済の脱炭素化が重要であることを強調した。その上で、現在のネットゼロ政策は不十分であり、「産業革命規模、デジタル革命のペース」で移行を進めるために、データ・行動・投資におけるギャップを埋める必要があると指摘した。
- また、多くのアフリカ諸国では、気候変動といったグローバルなシステムレベル・リスクよりも貧困や失業といった課題への対処を優先させる必要があるとの指摘や、気候変動対策に関連する規制が強化されると発展する機会を逸する懸念があり、一部の途上国では当たり前に存在する教育・健康・民主主義・清潔な環境へのアクセスといったことが享受できなくなる可能性を懸念する声も挙がった。
- 一方、エリック・アッシャー氏(Eric Usher, Head, UN Environment Programme Finance Initiatives)は、各国が気候変動対策において確かな進展を遂げていると述べ、持続可能な未来への進展が加速していると前向きな見解を示した。特に、エネルギー・交通分野における脱炭素化の進展を強調し、英国が石炭火力を廃止したこと、カリフォルニアが石油生産を規制する法案を通過させたこと、そしてコロンビアが脱石油に向けた大規模な移行プランを発表したことなどを紹介した。また、エチオピアがガソリン車とディーゼル車の輸入を禁止する先駆的な動きを見せていること、中国で再生可能エネルギーや電気自動車市場が急成長していることなど、各国がクリーンエネルギーの拡大に積極的に取り組んでいる状況について触れた。
- 社会的不平等を議題にしたセッションでは、マクロ経済学的な観点から格差がもたらすリスクについて指摘された。社会経済的格差がGDPと従業員の生産性を押し下げ、政治的な安定性を弱めることで、負の経済的効果がある研究が紹介された。登壇者からは、社会経済的格差は、気候変動や生物多様性喪失に続く、「すぐ眼前にあるが見落とされている、次なる巨大なリスク」になるという危機意識の指摘があった。また、格差の拡大は、社会全体のシステムレベル・リスクと捉えられがちだが、企業によっては固有のリスク(idiosyncratic risk)としてばらつきが生じ得ると指摘された。企業の本源的役割は利益を追求することであり、企業は可能な範囲で短中長期的なリスクを低減するという観点で社会的格差の是正に貢献しうる一方、それだけでは社会的不平等を解消できないため、政策レベルでの構造改革が不可欠だと提起された。
- また、オックスファム(Oxfam)が開発した「企業不平等評価軸」(Corporate Inequality Framework)に基づく分析が紹介され、企業が社会的リスクを過小評価していることや、企業による「多様性・公平性・包括性」(Diversity Equity & Inclusion)が新たな「ウォッシング」になっていること、人種・性別の不平等が賃金格差に直結しているなどの課題が指摘された。
- 人権と自然をテーマにしたセッションでは、米国では有色人種の約75%が自然破壊された地域(nature deprived areas)に居住することに対し白人の同数値は約25%に過ぎないデータなどを示し、人種や所得格差が公共財としての自然資本の配分に影響を与えている点が指摘された。このような人的資本開示のような取組に費やすことができるリソースは限られているため、人権が他の責任投資課題と関連があることを認識し、システム思考により課題に取り組む必要があることが提起された。
社会的不平等や人権に関する配慮は決して新しい概念ではなく、投資判断に際しての人権デューデリジェンスなど投資先企業の人権遵守状況を確認するプロセスは以前から存在していた。しかし、これらの課題が複雑化し、他のグローバル課題と密接に相互関連する中で、システム思考に基づく対処が必要となっている。
自然資本や生物多様性の損失は、現代の経済システムにおいて深刻なシステムレベル・リスクを引き起こす要因となっており、投資戦略において考慮すべき重要な課題の一つである。本大会では、これらの要素が投融資のリスク評価や意思決定に十分に反映されていない点が課題として指摘され、企業や投資家が自然資本や生物多様性の損失に効果的に対処するためには、政策当局との協力が重要である点などが議論された。以下、主な発言や議論内容を紹介する。
- 自然を責任投資の中心として捉えることに焦点を当てたセッションでは、自然と気候変動は「同じコインの両面」として捉えるべきであり、これらを個別に扱うことの限界が指摘された。ネットゼロの目標達成には生物多様性や自然保護が不可欠であり、自然資本の損失は投資家にとってシステムレベル・リスクを生み出すことに繋がる。そのため、投資家は自然に関するリスクを定量化し投資プロセスに組み込む必要がある一方、具体的なデータや測定基準が不足しており、自然資本に対する投資の効果を正確に評価するのが難しい現状にある。自然資本を効果的に投資プロセスに組み込むためには、より多くのデータと指標が必要である点が提起された。
- 気候変動と生物多様性に関する国際会議(COP16およびCOP29)への道筋をテーマに議論が行われたセッションでは、投資家と政策当局との協力が重要だという点が強調された。政策当局は民間資本に対し過剰な期待を抱き投資決定がどのように行われるかを十分に理解しない傾向がある一方、民間資本側も過大な約束を交わしながら約束が実現されていないという問題――政策当局と投資家のジレンマ――が取り上げられ、政策当局と投資家の相互理解が不可欠であると指摘された。また、気候変動対策への資金や生物多様性枠組については、各国が自主的に決定する貢献(NDC: Nationally Determined Contributions)の強化が重要視され、自国の取組が他国に与える影響を理解することが必要であることが確認された。
課題の複雑さを認識しつつも、自然資本や生物多様性が投資戦略に組み込まれることへの期待、PiPやCOPのような国際会議が、気候変動や生物多様性という課題に効果的に対処するための行動を促すプラットフォームの場として機能していることの意義が改めて確認された。
AI技術の進化は、システムレベル・リスクを特定・管理するための新しいツールとしての可能性を秘めている。例えば、大規模なデータ分析や予測モニタリングを通じて、複雑なリスクの相互関係を明らかにすることが可能である。一方で、AI技術そのものも倫理的課題などの新しいリスクを生む可能性があり、慎重な対応が求められている。本大会においても、AI技術が責任投資にどのように貢献できるか、そしてリスクや課題をどのように管理するべきか議論が行われた。以下、主な発言や議論内容を紹介する。
- AI技術は、データ解析能力の高度化、指標モニタリングの改善、イノベーション推進、生産性の向上などにより、複雑なグローバル課題を解決する潜在能力を秘めていることに期待されている。一方で、バイアスやプライバシー問題、労働市場や金融システムへの影響、より広範囲な社会のシステムレベル・リスクに対する懸念を理解することが重要とされた。また、AI技術のように新しい領域におけるガバナンスでは、適切に規制されたAIシステムの導入が不可欠であると同時に、投資家はAI分野においてもエンゲージメントに目を向けるべき点が指摘された。
- 具体的なリスクとして、労働者の仕事が一層AIアルゴリズムによって指示され、人間的要素が排除されることが課題として指摘された。これにより、人間的判断が人的資本管理プロセスから排除されるという極端な形で脱人間化が行われ、労働者の権利侵害や違法な雇用差別などの問題が生じることが考えられる。本大会に先立つ2024年10月には、米国東海岸の港湾において、AIを含む自動化技術の導入をめぐる労働条件の対立が原因で、大規模な港湾労働者のストライキが発生した。このストライキは、労働者が雇用主との労働条件に賃上げと自動化抑制を求めて行ったものであり、AI技術よるシステムレベル・リスク(労働者の権利侵害、サプライチェーンの弱点)を表した事例である。
(2024年12月09日「基礎研レポート」)
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