2024年12月03日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その8)-2024年における動き(Brexit後の4年間の取組みが最終化)-

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2.内部モデル-保険会社が自己資本要件を計算するために使用する内部モデル(IM)に関する新しい合理化された一連の規則-
現在の枠組みの下で会社が満たさなければならない規範的要件の数を削減しながら、堅牢な基準を維持するように設計される。代わりに、より少数の原則に基づく要件に関する監督上の判断の適用に焦点が当てられる。例えば、PRAは、モデル化基準を評価するためのより原則に基づくアプローチに移行することとしており、これにより、会社がIMの承認を得るためにこれまで満たさなければならなかった詳細な要件の大部分を削除することができ、会社の柔軟性が高まり、会社とPRAのモデル化の承認と承認に対するより動的なアプローチにつながる。

PRAは、完全には準拠していないIMを較正基準に準拠させるために、および/または他の全ての状況でそのような非準拠から生じるリスクを軽減するために、使用可能な(資本アドオンの適用を含む)さまざまなIM承認上の承認セーフガードを実施する。PRAの既存の監督レビュープロセスの多くの要素に基づいて、内部モデル継続レビュー(IMOR)フレームワークを導入する。これらの改正は、PRAから既にIMの承認を受けている全ての保険会社30、及び将来的に承認申請を検討している他の保険会社に利益をもたらす。
 
30 2023年6月時点で、PRAは30の内部モデルを承認している、と述べていた。内部モデルの承認は、多くの場合、同じグループの複数の会社に適用されるため、利益を受ける会社の数はこれよりも多い。
3.資本アドオン
モデル承認のセーフガードとして、残余モデル制限資本アドオン(residual model limitation capital add-ons:RML CAOs)と呼ばれる新しいタイプの 資本アドオン(CAO)を導入し、PRAによるIM承認(または主要なモデル変更申請の場合は既存の承認の変更)の付与をサポートして、RMLの存在によりモデル自体がこれらの要件を満たさない場合、関連する較正要件への準拠を確保し、および/または内部モデル要件(PRAルールブックで定義)への非準拠を軽減する。例外的な状況において、IMの重大なリスクプロファイルの逸脱に対するCAOを計算するための新しいアプローチを導入する(例外的な状況とは、PRAが、会社のIMの一部または全部が不十分であると懸念している場合、または IMが生成するSCRが、標準式を使用した場合よりも企業のリスクプロファイルを適切に反映しなくなった場合)。PRAがCAOを審査する頻度を(少なくとも)毎年から定期的に変更する。また、PRA による CAO の利用状況を業界全体でまとめた定期報告書の発行を導入する。
4.グループSCRの計算における柔軟性の向上
グループ IMsの開発における柔軟性を高め、グループの潜在的なリスクをより適切に反映できるようにする。PRAは、これらの改革が効果的な競争を促進し、子会社買収時の非効率な一時的なコスト増加を排除するなど、高水準の保険契約者保護を維持しながら英国の保険セクターの競争力を高めると考えている。これらの改正は、PRAがグループ監督を務める英国の保険会社に利益をもたらすと考えられる。

既存の計算がグループのリスクを適切にカバーするのに必要な水準よりも高いグループSCRをもたらす可能性がある特定の状況に対処するために、グループSCRの計算に利用可能な方法において、保険グループにより大きな柔軟性を与える。具体的には、グループ全体のSCRを計算する際に、グループが2つ以上の異なる計算方法の結果を一時的に追加できるようにする。また、控除合算法を使用する場合に、分散効果が反映できないことで、グループ全体としてみた場合にリスクが二重計上されるケース等があることを考慮して、海外のサブグループのSCRを連結グループSCRに含める場合に、そのサブグループ内の控除合算法による事業体間の分散効果を認める。
5.第三国支店-英国内で営業する国際的な保険会社の支店に対する特定の要件の削除-
支店が法人全体から独立して破綻することができないことを考えると、第三国支店会社(英国内で支店を通じて営業している保険会社)に対する資本要件とリスクマージンは、英国内で営業する支店の安全性と健全性を支える効果的なツールではないと判断される。従って、これらの第三国支店会社に対する、支店資本要件と呼ばれる、支店SCR(支店のソルベンシー資本要件)と支店MCR(支店の最低資本要件)を撤廃する。また、結果的に、支店RM(支店のリスクマージン)の設定・報告要件とSCRローカル要件(支店SCRをカバーするために英国内に資産を保有することを義務付け)についても削除する。

この改正は、ロンドンの法人保険市場で営業する損害保険会社や再保険会社など、様々なビジネスモデルで現在英国内において営業している130以上の国際的な保険会社の支店に利益をもたらす。
6.新しい「動員」31制度の導入
新規保険会社の参入と拡大を促進し、英国保険部門の国際競争力と成長を促進するための新しい「動員」制度を導入し、新たな保険会社に対し、業務制限とそれに比例した規制要件の下で業務を行いながら、システムやリソースを構築するために一定の追加期間を利用するオプションを提供する。これにより、動員化の際に最低資本要件を引き下げることができ、現在又は将来、英国で保険会社としての認可申請を検討している会社に利益をもたらすと考えられる。

PRA は、スタートアップ会社が PRAの承認なしにスタッフを募集し、投資を誘致することに関する問題を特定し、これを解決するために、会社が認可されているものの、立ち上げられる事業を制限しながら、最低資本要件を引き下げる(現在の(ユーロベースの)250万ユーロに対して(自国通貨ベースの)100万ポンド)という「動員」段階を導入する。なお、会社の動員期間は最長12か月間に制限される。
 
31 「動員(mobilization)」は、認可時点から最大12ヶ月のオプショナルな段階であり、その間に新たな保険会社は、その発展の最終的な側面を完了する間、業務制限付きで業務を行うことになる。PRAは、動員段階を選択した会社に比例的な規制要件を適用する。
7.規模の臨界値の引き上げ
小規模又は新規の保険会社の比例性を高めるために、小規模保険会社がソルベンシーIIの適用対象となるために必要とされる規模の臨界値を引き上げる。この改正は、現在又は将来において、現在の臨界値に近くなる可能性がある小規模保険会社に利益をもたらす。

ソルベンシーII規則の適用対象となる保険会社の臨界値について、通貨基準値をユーロからポンドに変更するとともに、水準を引き上げる。具体的には、会社の年間総収入保険料については500万ユーロから 2,500 万ポンドに、会社及びグループの技術的準備金については2,500万ユーロから5,000 万ポンドに、再保険業務については、収入保険料で53万ポンドから250万ポンドに、技術的準備金で240万ポンドから500万ポンドに引き上げる。
8.通貨のリデノミネーション32
12か月間のGBP(英国ポンド)とEUR(ユーロ)の1日平均スポット為替レートを使用して、PRAルールブックのソルベンシーII企業セクター内の金銭的価値をEURからGBPにリデノミネーションする。これにはソルベンシーIIの基準適用の臨界値や最低資本要件(MCR)の絶対下限等が対象になる。
 
32 デノミネーション(Denomination)が通貨単位の表示方法の変更を意味するのに対して、リデノミネーション (Redenomination)は通貨の実質価値を変えずに、その額面価値を再設定することを指している。
3|「PS10/24-ソルベンシーIIのレビュー:マッチング調整の改革」の概要 (2024630日~)
この改革は、保険会社の英国経済、特にインフラやその他の長期的生産資産への投資インセンティブを高めたいという政府の要望に応えることを目的として、(1)MAポートフォリオに保有できる投資の範囲の拡大、(2)MAを請求できる保険契約の種類の拡大、(3)投資適格以下の資産に対するより優しい取扱い(4)MA申請プロセスの合理化、等の規制緩和措置が盛り込まれている。一方で、(5)これらの新しい柔軟性が悪用されないようにするためのより厳格なプロセス、(6)リスクを適切に管理するための上級マネージャーの責任の強化、(7)報告の増加、等の対策も含まれている。

具体的な改革の概要は、以下の通りとなっている。なお、このPSの草案に当たる「CP19/23-ソルベンシーIIのレビュー:マッチング調整の改革」の内容については、前回の基礎研レポートで説明しているが、その後、草案の内容は最終案で一部変更されている。
1.ビジネスの柔軟性の向上
1-1.会社がMAポートフォリオに保有できる投資の範囲を拡大
固定キャッシュフローを持たない資産を含めることを可能にする明確な枠組みを提供する。これらの改革は、保険契約者に生じるリスクに対する保護措置によって可能になる。この改革は、保険会社が建設段階の資産を含むより広範な長期的で生産性の高い資産に投資するインセンティブを高める。これらの変更には、会社が(固定キャッシュフローではなく)予測可能性の高い(highly predictable:HP)キャッシュフローを持つ資産に投資できるようにする改正が含まれる。ただし、これらの資産の追加リスクに対する引当金が適用され、HPキャッシュフローを持つ資産からのMAベネフィット(MA適用に伴う資本の削減効果額)の合計が、請求されたMAベネフィット全体の最大10%であることが条件となる。PRAは、これによりMAの資産と負債のキャッシュフローが緊密に一致することが保証され、2022年11月の声明(MAポートフォリオの資産の大部分が固定キャッシュフローを維持することを含む)に沿っている、と考えている。

HPキャッシュフローを持つ資産が許容されることに伴い、一定の条件下で、コーラブル債券(期限前償還条項付債券)や建設段階のインフラ資産等が新たに対象になることになる。また、以前に MA適格にするために証券化された資産(特にエクイティリリース住宅ローン)が、証券化という厳格な手順を経ることなく適格となり、他の資産は証券化することで「HP適格」になる可能性もある。ただし、「HP適格」資産の10%という上限に加えて、会社はHP資産に関連する再投資と流動性リスクに関して追加の「マッチングテスト」を実行する必要がある。また、HP 資産の基本的なスプレッドに、キャッシュフローの固定性の欠如に対する引当金をどのように含める必要があるかに関する特定の規則もあり、これにより、請求できる MAベネフィットが実質的に制限される。

1-2.MAを請求することができる保険契約の種類を拡大
より多くの保険債務がMAの恩恵を受けることができるようにする。この改革は、資産と負債のキャッシュフローの緊密なマッチング等の優れたリスク管理慣行に対するインセンティブを高め、会社の安全性と健全性を促進し、競争力と成長を促進する。

具体的には、これまでは、年金負債のみがソルベンシーIIのMA適格性に関する厳格な要件を満たしていたが、PRAはこれを修正し、類似のリスクプロファイルを有する、支払中の(個人及び団体の)所得保障負債と有配当年金の保証給付部分(非保証部分は対象外)をMAポートフォリオに含めることとしている。

1-3.SIG(sub-investment grade:非投資適格)資産33から請求できるMAの額の制限を撤廃
投資資産とSIG資産の境界に近い、又は境界よりも低い投資を促進する。現在、SIG資産はMAポートフォリオの保有総額の1%を占めている。SIG資産に対する MAベネフィット制限(いわゆるBBBクリフ)の撤廃によって、投資適格と非投資適格の境界付近及びそれ以下での投資が促進されるほか、会社が格下げされた資産を下落市場に売却しなければならない場合のプロシクリカル効果も防止できる。
 
33 BBB未満(BB以下)の格付け資産
2.リスクレベルへの対応を強化
2-1.リスクに比例した適切な資産範囲の合理化されたMA申請プロセスを確立
これにより、一部のMA申請の効率が向上し、投資機会が発生した場合に会社がより迅速に行動できるようにし、規制上の負担を軽減する。

新しいアプローチでは、承認を与える前にMAの適格条件に照らして評価され、MAの進行中の申請に関連する他の要素の評価は、MAの承認が与えられた後まで延期され、PRAの会社に対する継続的な監督の一部として実施される場合がある。申請が明らかにMA適格条件に沿っている場合、より複雑ではない変更を提案している場合、又は会社が適切なセーフガードを提案している場合に、このアプローチが適していると想定されることになる。

2-2.MA条件の違反に対する規制上の取扱いをより均衡のとれたものにする
これにより、より柔軟で均衡のとれた結果をもたらす。この改革は、MAベネフィットの全体的な損失というクリフ効果34を取り除くが、適格条件に違反した会社が利用できるMAベネフィットを削減することにより、違反の適時管理と是正を促す。

現在は、MAの承認を得ている会社は、資格規定に違反した2か月後に規制当局がMAの承認を取り消すことになっている。PRAは、MAベネフィットの完全喪失によるクリフ効果を取り除くこととしており、「それでも、適格条件に違反した会社が利用できるMAベネフィットを削減することで、タイムリーな管理と違反の是正を奨励する」ことになる、と述べている。
 
34 改正前の枠組みは、MAの承認を失った会社が破壊的な方法で資産を売却することを促進する可能性があるとしていた。
2-3.必要に応じて、格付による会社の資産の信用の質の違いを反映するために、FS(ファンダメンタル・スプレッド)35の細分性を高める。
技術的準備金(TP)の計算に使用されるFSのリスク感応度を向上させるとともに、会社にアプローチの柔軟性を与えることにより、実用的かつ比例的なものとなる。

PRAは、FSをより詳細なものにする、つまり資産の格付け文字だけでなく格付けノッチに応じてMAベネフィットを調整する(ノッチ付き信用格付けの考慮)。これに伴い、この分野における PRAの以前の期待が規則に変換されていくことになり、信用格付けの内部評価を利用している会社は、自社の資産に対して、異なるFSを提案する機会を得ることができることになる。
 
35 スプレッド(リスクフリーレートに対する超過リターン)は、(1)信用リスクに対する代償部分、(2)非流動性リスクに対する代償部分、の2つで構成されるが、前者をソルベンシーIIでは、FS(ファンダメンタル・スプレッド)と呼んでおり、後者がMA(マッチング調整)に対応することになる。

(2024年12月03日「基礎研レポート」)

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