2024年11月06日

異常気象、政治イベントと気候変動リスクの影響

中央大学 総合政策学部 佐々木 隆文

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ESG投資の拡がりと共に、気候変動リスクと証券価格との関係性に関する実証研究が盛んに行われている。これらの研究の多くでは温室効果ガス排出量の相対的な大きさ(排出強度)が株式の資本コストや負債のコストに影響を及ぼしていることが示されている。そうした中、最近の研究では気候変動リスクと株価との関係性が政治社会情勢や気象状況により変化することが示されている。
 
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)によれば、気候変動リスクは図表1のように分類される。
図表1:移行リスクと物理的リスク

気候変動リスクは物理的リスクと移行リスクに大別される。前者の物理的リスクは急性リスクと慢性リスクに分けられる。例としては自然災害による工場の操業停止、サプライチェーンの分断などが挙げられる。後者の例としては、猛暑による生産性の低下、原材料産地の変化、海抜が低い土地の消失などが挙げられる。他方、移行リスクは政策と法的リスク、技術リスク、市場リスク、評判リスクに分けられる。これらのうち、政策と法的リスクについては炭素税、排出量取引などの導入や温室効果ガス排出量が多い製品の販売規制が例として挙げられる。また、技術リスク、市場リスクの例としては高性能な電気自動車の開発、それによる市場シェアの変化などが挙げられる。
 
これらの気候変動リスクが企業に及ぼす影響は社会、政治情勢によって変わりうる。実際、パリ協定後、各国が本格的に温室効果ガス排出量削減に取り組む中で気候変動リスクと証券価格との間に有意な関係性が認められるようになった。また、米国では民主党政権は伝統的に気候変動対策に積極的であり共和党政権は消極的な傾向があるため、大統領選挙の結果は気候変動リスクと証券価格との関係性に影響を及ぼしうる。実際、2016年におけるトランプ氏の当選後は気候変動リスクが高い企業の株価が相対的に上昇し、2020年のバイデン氏の当選後は気候変動リスクが高い企業の株価が相対的に下落したというエビデンスがある1
 
気候変動リスクへの評価は気象状況によっても変わりうる。近年は猛暑、自然災害など地球温暖化と関連性が強いと考えられている自然現象が頻繁に見られるようになってきたが、このような事象は人々の気候変動リスクへの関心を高める可能性がある。消費者行動の変化などを通じて移行リスクを高める可能性があるし、投資家による物理的リスクへの関心を高める可能性もあろう。実際、最近の研究では、気温が異常に高くなった地域では人々の気候変動への関心が高まること、そのような関心の変化が株価形成に影響を及ぼすことが示されている2
 
このような気象状況による影響は日本においても確認できる。近年、日本では毎年のように猛暑に関するニュースが多くなっているが、筆者らの研究(浅野・佐々木, 2023)ではGoogle Trendsの検索データを用い、猛暑が気候変動リスクと株式資本コストとの関係性に及ぼす影響を分析した。分析の結果、猛暑の検索数が増える時期には気候変動リスクと株式資本コストとの関係性が強まることが確認できた3
 
地球温暖化が進むことにより、今後も猛暑や自然災害が増加することが懸念されている。人々が実感する気象状況の変化は気候変動リスクと証券価格との関係性を更に強めていくだろう。
 
1 Ramelli, S., Wagner, A. F., Zeckhauser, R. J., & Ziegler, A. (2021). Investor rewards to climate responsibility: Stock-price responses to the opposite shocks of the 2016 and 2020 US elections. The Review of Corporate Finance Studies, 10(4), 748-787.
2 Choi, D., Gao, Z., & Jiang, W. (2020). Attention to global warming. The Review of Financial Studies, 33(3), 1112-1145.
3 浅野礼美子・佐々木隆文(2023)、「企業の気候変動リスクとインプライド資本コストに関する実証研究」、日本経営財務研究学会2023年全国大会報告論文

 

(2024年11月06日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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