2022年10月05日

サプライチェーンにおける温室効果ガス排出量

中央大学 総合政策学部 佐々木 隆文

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気候変動リスクへの関心が高まる中で、サプライチェーンにおける温室効果ガス排出量への関心が強まっている。企業活動による気候変動への影響を見る上では企業内の活動から生じる排出量のみでは不十分であり、上流、下流、双方のサプライチェーン排出量も考慮すべきである。例えば製造プロセスを他社に委託している企業では企業内で生じる排出量は自社生産している企業に比べ少なくなるが、温暖化への影響という観点からは委託先での排出量も見る必要がある。また、電機産業や自動車産業のように消費者が製品を使用する段階での排出量が大きくなる場合もあるし、食品産業のように原材料の生産段階で排出量が大きくなるケースもある。
 
このような中で注目されているのがScope 3排出量である。温室効果ガス排出量の国際的な規格であるGHGプロトコルでは企業活動からの排出量を自社内の直接排出(Scope 1)、電力消費等に伴う間接排出(Scope 2)、それ以外のサプライチェーンで生じる間接排出(Scope 3)に分類して計測、公表することを求めている。Scope 3では原材料や部品の生産、流通、従業員の通勤や出張、製品の使用や廃棄などバリューチェーン全体での排出量を対象としている。
図表1:Scope 3開示企業比率、開示カテゴリー数の推移
日本企業の中でもScope 3排出量を開示する企業が増えている。日本企業に関する最も包括的なESGデータベースであるCSR企業総覧(東洋経済新報社)によると、Scope 3開示企業の比率は趨勢的に上昇してきていることが分かる(図表1)。CSR企業総覧の収録企業数が増えていることもあり、Scope 3開示企業数は2012年度の204社から2020年度の479社へと急増している。また、気候変動リスクに関して世界で幅広く使われているデータであるCDPを通じた公表企業数を見ても、2012年度の127社から2020年度の338社へと増えている。この間、CDPデータに収録されている日本企業の数も軌を一にして増加しているが、Scope 3開示企業の比率は80%台後半を維持しており、CDPが対象とするような大企業においてはScope 3による温室効果ガス排出量の開示が標準化しつつあると言える。また、開示企業における開示カテゴリー数も緩やかに増加しており、開示内容が充実してきていることも分かる。 
 
自社内の直接排出(Scope 1)、電力消費等に伴う間接排出(Scope 2)よりもScope 3排出量が大きくなる企業は珍しくない。図表2はCDPでScope 3排出量を開示している企業を対象に、各カテゴリーでの排出量の平均値を比較したものである。Scope 3には15のカテゴリーがあり、企業によって算出、公表しているカテゴリーが異なるため単純比較はできないが、Scope 3排出量はScope 1、Scope 2排出量よりも遙かに大きくなっている。カテゴリー別では購入した製品・サービス、販売した製品の使用における排出量が特に大きくなっている。 
 
容易に想像できるように、サプライチェーン排出量の算出は極めて困難な作業である。実際、Scope 3開示企業は豊富なリソースを持つ大企業が中心であるし、開示企業の中でも開示しているカテゴリー数にはバラツキがある。また、業態によって算出対象となるカテゴリーも異なってくるという側面もある。このようなことから、Scope 3開示の有効性を疑問視する向きもあるし、Scope 3排出量がシステマティックに企業評価に反映されているというエビデンスも現時点では存在しない。
図表2:各カテゴリーの温室効果ガス排出量
しかしながら、サプライチェーンにおける温室効果ガス排出量を削減することは我が国の温室効果ガス削減目標を達成するために不可欠である。また、脱炭素社会に向けて消費者の嗜好や投資家の評価が変容していく中で企業の気候変動リスクを抑える上でも必要である。複雑な課題を抱えつつも、Scope 3排出量の開示とその評価は着実に進んでいくと考えられる。
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中央大学 総合政策学部

佐々木 隆文

研究・専門分野

(2022年10月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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