2023年11月06日

気候変動リスクと株式の評価

中央大学 総合政策学部 佐々木 隆文

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拡がりを見せるESG投資の中でも気候変動リスクへの対応は最重要課題の一つである。各国政府が2030年を目処に大幅な温室効果ガス削減目標を立てる中、気候変動リスクの中でも脱炭素社会への移行に付随する移行リスクは企業評価上も重要な課題となっている。
 
図表1は温室効果ガス排出量が多い国、地域の温室効果ガス削減目標をまとめたものである。経済成長が続く中国、インドはGDP成長率を勘案した上で目標を設定しているが、米国、EU、日本は2030年に向けて50%前後に排出量を減らすことを公約している。このような目標実現に向け、今後は炭素税やガソリン車規制などが強まっていくことが予想される。また、若い世代を中心に消費者の気候変動への関心も強まっていこう。このような状況を受け、気候変動リスクと株式のリスクプレミアムとの関係についても多くの実証研究が行われるようになってきた。
図表1:各国、地域の温室効果ガス削減目標
株価の評価では将来のキャッシュフローを割引率で現在価値に換算する。このうち割引率は安全資産利子率とリスクプレミアムから構成される。気候変動リスクは企業の将来のキャッシュフローの不確実性を高めるため、主に割引率を通じて株価に影響すると考えられている。気候変動リスクとリスクプレミアムとの関係を分析した先行研究のうち、事後的なリターンに着目した研究では必ずしも一致した傾向は確認されていない。その一方、株価と予想利益から逆算された事前的なインプライドリターンを用いた先行研究では気候変動リスクが高い企業でリスクプレミアムが高くなる傾向がほぼ一貫して確認されている。事後的なリターンには投資家が要求するリスクプレミアムの他に、気候変動リスクへの評価の変化も反映される。例えば異常気象などにより気候変動への関心が強まる場面では(リスクプレミアムが低いはずである)気候変動リスクが低い企業の株式がアウトパフォームすることもある。この点を踏まえると事前的な期待に焦点を当てた研究で一致した傾向が得られていることは気候変動リスクが株式にある程度織り込まれていることを示唆していよう。実際、機関投資家などにアンケート調査を行った先行研究では移行リスクが既に企業評価に反映されていることが示唆されている1

気候変動リスクの評価における大きな課題の一つはサプライチェーン排出量の評価であろう。図表2はCDPデータが取得できる企業が5社以上ある業種について、電力消費等を含む自社の活動に起因する温室効果ガス排出量(Scope1+2排出量)と原材料の製造や消費者による製品の使用などサプライチェーンの上流、下流全体で生じる温室効果ガス排出量(Scope3排出量)の対売上比の平均を見たものである2
図表2:主要産業のScope1+2排出量、Scope3排出量の対売上比の平均値
図表2によれば、我が国の主力産業である輸送用機器、機械、電気機器ではScope3排出量がScope1+2排出量の10倍以上となっている。現状、サプライチェーン排出量については計測の困難さやコストが指摘され、開示を行っているのは一部の大企業に限定されている。また評価機関によってデータが大きく異なるという問題も指摘されている。しかしESG投資対象が一部の大企業に偏っていることを踏まえると、こうした大企業がサプライチェーン排出量削減に本格的に取り組むことにより、中小型企業にも排出量削減の動きが波及していくことが期待される。また、サプライチェーンがグローバル化している中では途上国の企業への波及効果も期待される。様々な課題はあるが、サプライチェーン排出量も含めた企業評価が地球温暖化対策の一助となることを期待したい。
 
1 本稿の内容を含むカーボンリスクプレミアムに関する論点整理として下記を参照。佐々木隆文2023「気候変動リスクとリスクプレミアム」, 証券アナリストジャーナル2023年10月号、pp.48-53.
2 Scope3の詳細については「サプライチェーンにおける温室効果ガス排出量(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/72525_ext_18_0.pdf?site=nli)」(ニッセイ基礎研究所 年金ストラテジー2022年10月号)も参照されたい。
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中央大学 総合政策学部

佐々木 隆文

研究・専門分野

(2023年11月06日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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