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- 「ソフトな」DB(給付建て)退職給付制度と企業財務
図表1は、東証一部上場企業の過去5年間の退職給付関連の財務数値を集計したものである
(一般事業会社のみ)。これによれば、退職給付債務がプラスの値を取る企業の比率は2018
年3月期においても90.7%に達しており、東証一部上場企業の大部分が(退職一時金制度を含む)給付建ての退職給付制度を有していることが分かる1。退職給付債務の大きさを純資産比でみると、平均15.3%となっている。これは金融負債の平均52.6%の3割程度に相当する数字である。これらの数値は一部の企業により平均値が高くなっているため中心値で見ると、金融負債、退職給付債務はそれぞれ23.4%、10.7%となっている。日本企業の財務では依然として退職給付債務が一定の存在感を示していると言えよう。また、制度別の内訳を見ると、退職給付債務のうち、62.4%が積立型の企業年金、37.6%が退職一時金となっており、フレキシビリティが高い退職一時金制度のみでなく、積立型の給付建て制度を持つ企業が多いことがわかる2。
1本稿では、断りがない限りDB(給付建て退職給付)には積立型の企業年金、非積立型の退職一時金制度の双方を含むことにする。
以上の人事政策上のメリットに加え、日本のDB制度特有のソフトな性質がDBの維持に貢献している可能性もある。この点について、退職給付債務と金融負債との比較から考えてみよう。負債としての退職給付債務の最も重要な特徴は債権者である従業員が人的資本提供者でもあることである。通常、社債や借入金などで債務を減額することは容易ではない。これに対し、従業員は人的資本の価値を守るために倒産を避ける誘因が強い。組合という交渉機関があることと相まって、退職給付債務は経営悪化時に債務削減が行われやすい性質を持っている。受給権保護の観点から米国等では債務の削減は禁じられているが、わが国では労使合意の下で給付の削減を行うことが可能である。また、日本のDB制度では米国の強制拠出ほど厳格な積立不足解消は要求されない。このように日本企業の退職給付債務がソフトな性質を持つことは負債比率上昇による株式資本コストの上昇を緩和する可能性がある。更に、退職給付債務は期間が長い債務であり、毎年自動的にリファイナンスされるという性質もある。前述の人事面でのメリットと相まって、このような性質はR&D(研究開発)投資など長期的、かつ継続的な投資を促進する可能性がある3。
従業員が経営リスクの一部を負担することはリスクシェアリングの観点からは非効率である(経営リスクはリスク分散が可能な株主が負担することが原則)。しかし、リスク負担はインセンティブと表裏一体であり、DB制度を通じて従業員が経営リスクの一部を負担することは従業員の利害を会社の利害に一致させる効果もある。また、DC制度の下では資産運用の学習や意思決定を煩わしく感じる従業員も少なくないだろう。このように考えると、ソフトな制度としてDBを維持することには企業側、従業員側双方にとってメリットがある可能性がある。賛否両論はあろうが日本特有の「ソフトなDB制度」を維持することも今後の企業年金の一つの方向性ではないだろうか。
3下記文献はDBがR&D投資を促進する効果を検証している。Bartram, S. M. (2016). Corporate Postretirement Benefit Plans and Real Investment. Management Science, 63(2), 355-383.
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中央大学 総合政策学部
佐々木 隆文
研究・専門分野
(2018年12月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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