2024年10月25日

副業・兼業で広がるキャリア戦略~会社視点の働き方改革から生き方改革へ~

金融研究部 准主任研究員・サステナビリティ投資推進室兼任 原田 哲志

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4――理想とは違いもある副業・兼業の現状

こうした中、現実にはどのような人が副業・兼業に取り組んでいるのだろうか。2023年9月、独立行政法人労働政策研究・研修機構は「副業者の就業実態に関する調査」を行った1。副業を始めた理由、副業を行っている人の特徴などについてまとめている。副業を始めた理由では、「収入を増やしたいから」(54.9%)、「1つの仕事だけでは収入が少なくて、生活自体ができないから」(37.0%)といった回答が多かった(図表6)。一方で、「転職したいから」(2.9%)、「独立したいから」(6.0%)といった回答は少なかった。

副業・兼業の推進について、スキルアップなど前向きな目的が掲げられる一方で、実態としては、1つの仕事だけでは生活ができず副業を行っている人も多いことが示されている。
また、今後、副業をしたいかについては「副業をしたいとは思わない」(45.0%)、「副業をしたいと思う」(36.1%)、「分からない」(18.9%)と「副業をしたいとは思わない」が最も多い結果となった(図表6)。
図表6 副業している理由(n=9,299 単位=%)
副業をしている人の世帯年収別に見ると、年収400万円未満と1500万円以上の区分で副業者の割合が本業のみの人よりも多かった(図表7)。副業をしている人の世帯年収は二極化していると言える。
図表7 世帯年収(単位=%)
 
1 独立行政法人労働政策研究・研修機構、「副業者の就業実態に関する調査」、2023年9月

5――副業・兼業を推進する上での課題

5――副業・兼業を推進する上での課題

副業・兼業を行う人や企業が増えているが、企業が副業・兼業を受け入れるにあたっては労働時間管理や健康管理といった点が課題となる。しかし、現状の規則では企業は労働者の労働時間について、労働者の自己申告などで副業・兼業先での労働時間を把握した上で煩雑な対応が必要であり、企業が副業・兼業への対応を敬遠する要因にもなっている2。このことから、「副業・兼業時の労働時間の通算解説資料」や「副業・兼業の場合における労働時間管理の解釈通達」、「モデル就業規則」を公表している。

副業・兼業時の労働時間の通算においては、法定労働時間を超過した場合の割増賃金の支払について、労働時間を合計し、法定労働時間を超える部分がある場合は、後から労働契約を締結した企業が割増賃金を支払う。

また、副業・兼業の促進に関するガイドラインでは、管理の手間を軽減するために「管理モデル」と呼ぶ方法を紹介している。ガイドラインでは、管理モデルについて「使用者A(先に労働契約を締結した企業)は自らの事業場における法定外労働時間の労働について、使用者B(後に労働契約を締結した企業)は自らの事業場における労働時間の労働について、それぞれ自らの事業場における 36 協定の延長時間の範囲内とし、割増賃金を支払うこととするものであること」としている。

つまり、(1)「後に労働契約を締結した企業は自社での労働時間全てについて割増賃金を支払う」ことにより、(2)「先に労働契約を締結した企業は労働者が兼業を開始した後も自社での労働時間が法定労働時間内は通常賃金での支払いが可能となる」こととなる。これにより、兼業者と労働契約を結ぶ2社は、他社での兼業者の労働時間の把握が不要となるという仕組みである。しかし、後に労働契約を締結した企業は当該兼業者の全ての労働時間について割増賃金を支払わなければならないという欠点がある。副業・兼業に関する労働時間管理は現状では煩雑さなどの課題点が残されており、改善が望まれる。
 
2 日本経済新聞、「会社員の副業、「雇用型」に壁 難解すぎる労働時間通算」、2024年5月24日

6――会社視点の働き方改革から生き方改革へ

6――会社視点の働き方改革から生き方改革へ

このように、現状では企業が副業・兼業の導入には課題が残されている。しかし、副業・兼業の導入は、従業員が働きやすい環境を実現することで、離職率の改善などが期待できる。ソフトウェア開発を行うサイボウズでは長時間労働などによる従業員の離職や知名度の不足による採用難に陥っていた。しかし、副業・兼業の自由化を含む働き方改革を行ったことで、離職率を28%から4%まで大幅に改善した。同社の働き方改革は「都合に合わせて働く場所と時間帯を選べるウルトラワーク」、「最大6年の育児休暇」、「副業(複業)の自由化(誰でも会社に断りなく副業可)」といった非常に大胆な内容となっている。

同社では「100人いれば、100通りの人事制度があってよい」との方針のもと、従業員一人一人の個性が異なることを前提として、一人一人が望む働き方や報酬を実現させることを目指した。

この結果として、従業員は収入を増やすだけでなく人脈を広げスキルを高めモチベーションを維持・向上できるといったメリットが得られたとしている。現在では様々な人が働くようになっているため、画一的な制度ではなく一人一人の状況に合った施策を行うことが、従業員の満足度やエンゲージメントの向上につながる。

また、企業にとっても、イノベーションの創造や生産性の向上に加えて、副業・兼業での部分的な就業を活用することで社外の高給人材の活用を行いやすくなるといったメリットがある。ただし、本業との競合や副業・兼業による効果の評価の難しさといった課題点も残されている。

現在では、働く人のライフスタイルや働き方が多様化する中で、企業の人材戦略もそれに適応していくことが求められている。

日本の従来型の労働制度や慣習のもとでは、労働者は受動的な長時間労働を強いられることも多い一方で、それ以外の選択肢も少ない状況が続いてきたと考えられる。しかし、現在では、副業・兼業をはじめ様々な働き方を選択できる環境に変化しつつあるかもしれない。

こうした中、食品メーカーのカゴメは「世間で言ういわゆる働き方改革は『会社視点』である」と指摘している。働き方改革を考える際に意識されているのは、会社がいかに「生産性を上げられるか」だが、個人は自身のquality of life(QOL)の向上を考えるため、ギャップが生まれる。全ての人が家族との時間や自己研鑽など自身のやりたいことを犠牲にせず充実した生活をおくることができることを目指す「生き方改革」が望ましいとしている。

7――おわりに

7――おわりに

働き方改革を推進していく上で、企業や政府による環境整備だけではなく労働者自身が能動的に自分自身の働き方や暮らし方を考え、選択していくことが個人のQOLの向上につながると考えられる。

また、働き手の確保が難しくなるとともにその考え方や性質が変化している現在において、企業は人材戦略を柔軟に再構築していくことが必要となっている。

日本では、長年の硬直的な労働環境が低生産性や従業員エンゲージメントの低さ、イノベーションの不足といった問題の一因となってきたと考えられる。副業・兼業の促進により柔軟な働き方がしやすい環境を整備していくことは、こうした課題を解決し地方創生やスタートアップの活性化による社会全体の発展につながることが期待される。副業・兼業に関する動向に引き続き注目したい。
 
 

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(2024年10月25日「基礎研レポート」)

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金融研究部   准主任研究員・サステナビリティ投資推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、ESG

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

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