コラム
2024年10月23日

目玉焼きは英語でサニーサイドアップ、とは限らない-意図や習慣を踏まえた訳語の選択-

保険研究部 主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任 磯部 広貴

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1――オーバー=両面焼き

出張の際など米国で朝食を外でとる場合、特に高級店でなくとも卵料理はオーダーメイドのことが多い。

筆者はほとんどの場合、目玉焼きを注文する。受験英語で目玉焼きのことはサニーサイドアップと学んでいたので、そのように注文すると、確かに目玉焼きが出てくる。サニー(Sunny)と太陽にまで例えるほどかは別として黄身は鮮明であるものの、よく見ると黄身の周りの白身が透明なままで固まっていない。蓋をして蒸す前の段階、要は半分生卵状態である。

しばらくは我慢してそのような目玉焼きを食べていたのだが、ある日、片手で蓋をかぶせる素振りをしつつ、拙い英語で蒸してもらえないかと訊いてみた。店員曰く、蒸すことはできないがオーバーイージーでよいかとのこと。オーバーという語感からひっくり返すのだろうと漠然と想定しつつ、そのオーバーイージーなるものを頼んでみると両面を焼いた目玉焼きがやってきた。ナイフを刺すと黄身がどろりと流れ出るとはいえ、少なくとも半分生卵状態からはめでたく解放されることになった。

以上は筆者の20年以上も前の体験である。その後で知ったところでは、両面焼きにも段階があり、火の通りが弱い順から、オーバーイージー、オーバーミディアム、オーバーハードと続く。ステーキを注文するときに焼き加減をレア、ミディアム、ウェルダンから選ぶのと同様である。

もしここに、目玉焼きを食べたいが黄身にはある程度火を通してほしい、半分生卵状態は御免蒙るという人がいた場合、その人にとって目玉焼きをサニーサイドアップと訳すのは正しくないし、怒られる可能性もある。相手の意図を汲んだ上での訳語選択が必要になる。

2――訳語をどう選ぶか

研究員という職業柄、英文を和訳することが多い。その際、辞書に載っていない訳語をあえて使うことがある。国が異なれば生活の習慣も異なることから、辞書通りの訳語を使っても完成した文章は日本語話者からみれば不自然なことがあるためだ。

例えば“I would be delighted if you do that.”という英文であれば「そうしていただけると助かります」と筆者は訳すだろう。日本語では受動態で「喜ばせられます」と表現することはないし、前後の文脈や立場にもよるが「嬉しくなります」でも大袈裟で現実感がない。”delight”に助けるという意味はないけれど、自然な表現を目指すなら「助かります」に落ち着くだろう。

目玉焼きの英訳に話を戻すなら、単純にひっくり返す方が調理法として簡単(たとえそのときに黄身が割れたとしてもすぐに表面は焼き固められる)であるのに、わが国ではなぜか蓋という道具が1つ余計に必要とされる蒸し焼きが一般的な習慣であるがため訳語選択が面倒になる。

そもそも蒸し焼きが普及した理由は明確ではないが、料理に美観を求める傾向の強いわが国では、太陽や月に例えられる黄身を鮮明にみせることが第一に求められたのかもしれない。今さらながら目玉焼きのレシピを日本語で検索したところ、蒸し焼きながらも黄身が白くならないよう黄身の上の白身の膜を箸で外すとか、蒸さずに片面焼きだけで黄身を固くするためにじっくり12分焼くというものがあった。ちなみに黄身を真ん中に位置させるためには、白身だけを先に焼き、それから黄身を乗せるそうだ。これほどまでの美観への執念はなかなか米国、特に朝食を供する店では感じられない。美観第一ならば、受験英語で目玉焼きの訳語がサニーサイドアップで定着していたのもうなずけるところだ。

反面、オーバー=両面焼きの見た目はよくない。せっかくの太陽や月に雲を覆いかぶせたように黄身を不鮮明な状態にする。さりながら、食べる限りにおいては表も裏も白身がぱりっと焼けた両面焼きは蒸し焼きよりもかなり美味いと思う。星野仙一氏(故人、元プロ野球選手・監督)も両面焼きを好んだ1らしい。美観よりも食感重視で両面焼きが主流になる日が来たならば、一転してサニーサイドアップがもの珍しい訳語になることだろう。
 
1 鈴木忠平「嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか」(2021年)8頁「その席からわかるのは、星野が朝はいつもトーストに目玉焼きとレモンティーを頼むこと、目玉焼きは「オーバー」と注文を付け加えて、両面焼きにすることくらいだった。

(2024年10月23日「研究員の眼」)

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保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴 (いそべ ひろたか)

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴
  • 【職歴】
    1990年 日本生命保険相互会社に入社。
    通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
    日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
    2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
    資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

    【加入団体等】
    日本FP協会(CFP)
    生命保険経営学会
    一般社団法人 アフリカ協会
    一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
    2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

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