コラム
2024年10月21日

超高齢社会とジェンダー~男女役割分業の限界~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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筆者が大学生のころ、日本文化の授業で、教授から「三従」という言葉を教わった。女性に関わる古い家族規範として「家にあっては父に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う」という教えを説いたものである。女性は生まれから死ぬまで、父親か夫か息子、いずれにしても男性に従うことを是としている。近世の家庭思想の系譜をまとめた遠藤マツヱ氏らの論文「近世における家族規範に関する基礎的研究」(1992年)によると、これはもともと、中国の儒教の経書『儀礼』の教えだという1。国内では1637年の『女訓抄』(作者不詳)で初めて説かれ、その後は、女性向けの教訓書の常套句となったのだという。つまり、近世日本の女性向け倫理観としてメジャーとなっていった訳だ。

それから400年近く経過し、日本文化の底流にある儒教思想も希薄化し、今では女性差別は明白な憲法違反となった。すべて国民は、法の下に平等である。しかし、ジェンダー、つまり性別由来の価値観が無くなった訳ではなく、「男性は仕事、女性は家庭」という性別役割分業は、現代の日本にも受け継がれてきた。男性は家計責任の大きさから、また女性は家庭責任の大きさから、職場にも「基幹的な職務は男性、定型的な職務は女性」という性別職務分担が持ち込まれ、日本企業には長くその傾向が続いてきたと言える2

その結果、経済や政治の領域では女性の活躍が遅れ、よく知られる通り、世界経済フォーラムが公表するジェンダーギャップ指数ランキングで、日本は世界で最低レベルに甘んじている。このように根深い男女役割分業だが、筆者は近年、別の観点から、それが限界に近付いているようにも感じている。その観点とは、高齢化と未婚化によるシングルの増加だ。
 
日本は世界で最も高齢化が進み、令和2年国勢調査(総務省統計局)によると、65歳以上人口は約3,500万人で総人口の約3割を占める超高齢社会である3。そして高齢期になると、配偶者に先立たれてシングルとなる「死別」の割合が増える。2020年時点で、65歳以上人口の2割超となる838万人が「死別」である。高齢者人口自体が増えているので、当然ではあるが、1985年と比較すると300万人以上、増えている。

高齢化と同時に、この数十年間で、国内で急速に進行した社会変化が、未婚化である。例えば「生涯未婚率」にも用いられる年齢である、50歳時点の配偶関係を、同じ国勢調査で見ると、2020年は男性の約25%、女性の約16%が未婚である。1985年と比べると、男性は7倍、女性は4倍に上昇した。

このように、高齢化と未婚化が同時進行した結果、配偶者のいないシングル(「未婚」、「死別」、「離別」の合計)が中高年で急増している。仮に45歳以上を中高年とすると、2020年には、中高年(約6,900万人)のうち、シングルは約31%の約2,110万人となっている。1985年には中高年(約4,100万人)のうちシングルは約23%の約950万人だったので、数の上でも、割合の上でも増加し、シングル中高年は、社会の中のボリューム層となっている(図1)。

因みに2020年時点では、65歳以上だとシングルは約34%(約1200万人)、75歳以上だと44%(約800万人)、85歳以上だと62%(約380万人)となり、年代が上がるほど割合が大きくなっている。
図1 配偶関係別にみた国内の45歳以上人口の変化(1985年→2020年)
もう一つ、近年の日本の重要な社会変化を挙げると、世帯構造が短期間に大きく変わったということだ。「三従」が前提としているのは、老いた後は子世帯と同居する三世代家族と言えるだろう。儒教自体が「孝」の概念を根源としているので、当然と言えるのかもしれない。そのような世帯構造であれば、女性が夫に先立たれた後も、同居する息子に従い、養ってもらう代わりに、家の仕事をすることで、世代間で男女役割分業を再現できるのかもしれない。

そこで改めて、厚生労働省の「国民生活基礎調査」から高齢者がいる世帯の構造の変化を見ると、筆者が子供だった1980年代までは、三世代家族が半数近くを占めていた。筆者にとっても、近所で「お年寄り」と言えば、同じ小学校に通う誰かの「おじいちゃん、おばあちゃん」だった。しかし昨今では、その姿は激変した。次第に子世帯が別居したり、進学や就職を機に地方から都市に転出したりするケースが増え、今では、三世代家族は1割にも満たない。代わって主流になったのは、単独世帯(約3割)と夫婦世帯(約3割)である(図2)。従って、現在の高齢者世帯の構造上、「三世代同居によって男女役割分業を世代間で再現する」ことも難しいと言える4
図2 高齢者がいる世帯の世帯構造の変化(1986年→2023年)
これらの社会の変化は、私たち個人に、何をもたらすかというと、それは「男女役割分業」の限界ではないだろうか。男女役割分業は言うまでもなく、男性と女性の“対”があって初めて成り立つ。対であるうちは、夫婦が役割分担することで「家計」と「家庭」の両方を成立できるが、そうでなければ、どこかに矛盾が生じる。

例えば、現在、中高年になった女性が、入社時に、当時の文化に沿って定型的な職業や職務に就き、現在まで独身という場合は、勤続年数が上がっても賃金上昇幅が小さいため5、将来受け取る年金水準は低く、十分な資産形成ができず、老後に自身が経済的リスクを抱えることになる6

男性にも問題は発生する。男性が独身で、家族の世話を担当するパートナーがいない場合は、育児に困ることがなかったとしても、親が老いて介護や世話が必要になった時に、職場が長時間労働で、自身の職務の負担が重いと、親のケアをする時間が取れず、親の要介護度が悪化してしまうというリスクがある。

もしくは、女性が結婚・出産後に専業主婦やパート勤めになった場合、夫が健在なうちは、「家計は主に夫、家事育児は主に妻」という分担が成り立っていたとしても、老後に夫が先立つと、夫の遺族年金で生活することになり、途端に収入が激減して生活に困る、ということもある。「妻は夫を支えてきたのだから、夫婦は平等」と言いたいところだが、遺族年金は、そのような設計にはなっていない。

逆に、少数派ではあるが、男性が老後、妻に先立たれるケースでは、それまで家事や近所づきあいを殆ど妻に任せていた場合、妻と死別後、自分の身の回りのことができず、孤立・孤独になって閉じこもりがちになり、心身機能や認知機能が低下する、というリスクもある。
 
このように、男女役割分業を前提としたまま中高年に突入すると、男女の対を形成しなかった人や、対が消滅した人は、何らかのハードルに直面しやすい。男女いずれにもそのリスクはあるが、収入水準と年金水準が低い女性の方が、経済的なリスクを抱えるため、問題は深刻だと言える。

女性が老後、低収入に陥っても、子から仕送りを受け取るという選択肢はある。総務省の2019年全国家計構造調査によると、例えば単身の65歳以上の女性が受け取っている仕送り金は、月に平均約3,000円。これは受け取っている世帯も、受け取っていない世帯も合わせた平均なので、実際には、全く受け取っていない高齢女性も多いだろう。筆者の感覚で言えば、現在の高齢者、特に女性は「子どもに迷惑をかけたくない」という意識が大変強い。多くの場合、自身の生活が困窮しても、子に仕送りをお願いすることには慎重なのではないだろうか。
 
要するに、高齢化と未婚化が同時進行し、三世代同居が減った今の日本では、男女役割分業は、役に立たなくなってきているのだ。それなのに、公的年金を筆頭に、税や社会保障など、国内の法制度には、夫婦を前提としたものが残されている。

筆者が既出レポートでも述べてきたように、公的年金は、「40年会社勤めをした夫と専業主婦の妻」という“モデル世帯”で老後の給付水準を試算し、それを基に制度改正を繰り返してきたため、個人単位で見ると、シングルの女性にとっては低年金リスクが高いことが、先の財政検証で明らかになった7。一言で言えば、日本の法制度は、現在の超高齢社会に追いついていないと言える。追い付かなくても、せめて追いかけてほしいが、それより前に、多くの人は高齢期に到達するだろう。従って私たち個人は、急いで意識を変え、備えなければいけない。
 
個人の目線で述べれば、大切なのは、男女役割分業が及ばない“おひとり様”の人生が、いつか自分にもやって来るかもしれない、という認識を持つことだ。家計のこと、または家庭のことをあてにしていたパートナーは、老後、横を向いてもいないかもしれない。先に述べたようなシングル中高年が直面するリスクは、多くの人は、他人事とは言えないだろう。従って私たち個人は、この国に文化として根付いてきた男女役割分業への期待を捨てて、少しでも自立に向かうべきではないだろうか。

つまり、超高齢社会に必要となるのは、男女が「家計と家庭のどちらを引き受けるか」を選択するのではなく、どちらも自分に責任があると意識し、稼得能力と生活能力の両方を磨くことではないだろうか。個人がそうなるためには、企業もまた、「長時間労働と全国転勤ができる男性」といった伝統的な労働者モデルから脱却し、どのような働き手でも「仕事と家庭の両立」が可能となるようなマネジメントをしていかなければならないだろう。つまり、企業も、男女役割分業の組織風土から脱皮する必要がある。
 
日本は、世界で最も高齢化が進んでいる上に、ジェンダーギャップは世界最大級という、シングルにとってリスクが高い状態にある。「シングルにも有配偶にも公平な社会システム」が未構築であっても、個人、特にリスクが大きい女性は、男女役割分業に頼るリスクに気づき、自身の老後を守るために、ライフデザインを見直してほしい。
 
1 遠藤マツヱ氏ほか(1992)「近世における家族規範に関する基礎的研究」『日本家政学会誌』Vol.43 No.9。
2 坊美生子(2024)「元祖「OL」たちは令和で管理職になれるか」(研究員の眼)。
3 外国人を含む。以下同じ。
4 因みに、2023年の国民生活基礎調査によれば、「親と未婚の子のみの世帯」の割合は1986に比べて増加しているが、総務省統計局の令和2年国勢調査によると、パートや派遣社員など非正規雇用の男性の方が、正規の職員・従業員よりも未婚率が高い。従って筆者は、未婚の男性は経済基盤が相対的に弱い特徴があると捉えており、老いた母親を養い、従属させるような世代間の男女役割分業は、「親と未婚の子のみの世帯」では再現が難しいと考えている。
5 坊美生子(2024)「中高年の「一般職」女性は年収がなかなか上がらない~「中高年女性会社員の管理職志向とキャリア意識等に関する調査~『一般職』に焦点をあてて~」より(2)」(基礎研レター)
6 坊美生子(2024)「老後の年金が『月10万円未満』の割合は50歳女性の6割弱、40歳女性の5割強~2024年「財政検証」で初めて示された女性の将来の年金見通し~」(基礎研レポート)
7 坊美生子(2024)「老後の年金が『月10万円未満』の割合は50歳女性の6割弱、40歳女性の5割強~2024年「財政検証」で初めて示された女性の将来の年金見通し~」(基礎研レポート)

(2024年10月21日「研究員の眼」)

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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性のライフデザイン、高齢者の交通サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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