コラム
2024年10月15日

超過確率何分の1の豪雨が基準?-治水事業の整備基準を確率の面から見てみよう

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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地球温暖化の影響からだろうか。近年、各地で線状降水帯の発生に伴う大量の雨や、豪雨による短時間の集中的な降水が起きている。これらの降水は、急傾斜地での土砂災害を引き起こしたり、河川の氾濫による洪水の原因となったりする。
 
日本は山地が多く平野が少ない島国であるため、大陸国と比べると、急勾配の河川が多くある。大雨が降ると、急に増水して洪水が起こりやすくなる。そこで、古くから全国で河川の治水整備が進められてきた。特に、木曽三川(長良川、木曽川、揖斐川)が集中する濃尾平野の輪中の地域を抱える愛知県、岐阜県、三重県は治水に力を注いできた。
 
水の分布や循環を扱う水文(すいもん)学、水の流れや治水を扱う水理学においては、堤防などの施設の整備水準を定める際に「超過確率」という考え方が用いられる。これは、施設がどのぐらいの確率で降る大雨に対応するようにすべきか、という整備の目標基準だ。超過確率は、降雨の程度を、過去の降雨実績をもとに確率を用いて表すもので、通常は、年単位で「年超過確率」として示される。例えば、「年超過確率1/10の降雨は、1時間60ミリメートル」などと表示される。
 
今回は、この超過確率について見ていこう。

◇ 超過確率とは

まず、超過確率の考え方から。超過確率とは、過去の毎年の降雨量などのデータを統計的に処理し、ある値を超過する確率を年確率として示したものを指す。
 
「年超過確率1/80の降雨」は、1年間のうちに、その規模を超える大雨が発生する確率が1/80であることを意味する。超過確率が小さいほど、滅多にないような大雨、ということになる。
 
地方自治体の治水計画には、超過確率が示されている場合がある。各種の雨水整備事業を行うにあたり、どの水準の大雨に耐えられる整備を行うかという目標水準を示すものといえる。
 
例えば、名古屋市は、過去の降雨実績から「年超過確率1/10の降雨は、1時間63ミリメートル」として、これを河川整備や緊急雨水整備(下水道など)の基準としている。
名古屋の確率降雨
東京都の河川計画では、「年超過確率 1/20 の規模の降雨」を目標整備水準としている。これは、東京管区気象台のデータ(大手町)によると、1時間雨量で75.4ミリメートル、24時間雨量で253.0ミリメートルに相当するそうだ。

◇ 「年超過確率 1/20 の降雨」が20年の間に降る確率は100%ではない

超過確率を用いた表現の解釈でよく間違えてしまうのは、「年超過確率1/20の降雨は、20年間のうちに100%の確率で起こる - つまり、20年間のうちに必ず起こる」というものだ。
 
年超過確率は1年間のうちに起きる確率をいう。したがって、年超過確率1/20の降雨が1年間のうちに起きない確率は、19/20となる。
 
20年間で考えると、一度も起きない確率は、その20乗つまり、(19/20)20 ≒ 0.358となる。年超過確率1/20の降雨が20年間のうちに一度以上起きる確率は0.642(=1-0.358)となる。
 
確率を冷静に考えれば何ということはない話だが、焦っているときは、つい誤ってしまいかねない。超過確率の解釈には、少し注意が必要と言えるだろう。

◇ 最大値の確率-極値理論

超過確率には、通常よく用いられる確率とは大きく異なる点がある。平均値ではなく、最大値などの極値の確率、という点だ。
 
一般に、降水による洪水の発生のような滅多に起こらないような極端な事象に関して、平均値の統計は通用しない。平均を中心に左右対称に分布する正規分布のような確率分布が、極端な事象の場合は成り立たないとみられるためだ。
 
最大値などの極値を扱う統計として、極値理論や極値統計学といわれる分野がある。超過確率は、この極値理論をもとに計算される。

◇ 最大値の分布にはガンベル分布がよく用いられる

極値理論では、データの数を増やしていったときの極値の分布は、漸近的にある連続確率モデルに従うとされる。その漸近分布の研究は、1920年代に始まったと言われている。
 
イギリスの統計学者フィッシャーとティペットは、1次元の極値の漸近分布は、ガンベル分布、フレシェ分布、ワイブル分布の3タイプのいずれかであるとの定理(フィッシャー-ティペットの定理)を示した。
 
もともとのデータがどのような分布に従うものかによって、極値の漸近分布は異なってくる。例えば、もともとの分布が正規分布や対数正規分布やガンマ分布の場合は、漸近分布はガンベル分布。パレート分布やコーシー分布の場合は、フレシェ分布。一様分布やベータ分布の場合は、ワイブル分布といった具合だ。
 
このうち、最大値の分布には、漸近分布としてよくガンベル分布が用いられる。

(2024年10月15日「研究員の眼」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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