コラム
2024年08月27日

天気予報の平年値-「平年並み」はどう決まっているのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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テレビのニュース番組などでは、きまって天気予報や気象情報が報じられる。そこでは、各地の天気や降水確率とともに、気温や降水量などの予想が数字で示される。
 
1か月先や3か月先までの長期予報では、気温や降水量の見通しが示される。例えば、「全国的に暖かい空気に覆われやすいため、向こう3か月の気温は平年に比べて高いでしょう」といった感じだ。
 
ここで気になるのが、“平年に比べて”というフレーズだ。

― 平年とはいったいいつのことを指すのか?
― 平年は固定されていて変わらないのか?
―「平年並み」というフレーズもあるが、これはどういう水準を指すのか?
― 平年の中に異常が入っていたらどうするのか?
 
このように、いろいろ疑問がわいてくるかもしれない。今回は、平年について、見ていこう。

◇ 現在の平年は1991~2020年

まず、平年とはいつのことを指すのか。固定されていて変わらないのか、から。
 
平年とは、30年間を指す。西暦の1の位が1の年ごと、つまり10年ごとに更新される。直近では、2021年に更新されており、現在は1991年~2020年の30年間が平年ということになる。2031年になると、平年は2001年~2030年に更新される。
 
平年値はこの30年間について算出した累年平均値をいい、これをその期間に続く10年間使用する。
 
これは、日本が独自に設定しているわけではない。世界気象機関(WMO)が定めている技術規則に、30年間の観測値を用いて平年値を作成し、10年ごとに更新することが勧告されている。

◇ 「平年並み」は、平年に起きた現象のうち真ん中の10年の範囲

次に、平年並み。これは、平年値そのものではないことに、少し注意が必要だ。
 
気象庁のホームページに記載の説明によると、平年並みの設定にあたり、まず、平年の30年間について、各年ごとに平年値との差を求める。そして、その差を小さいものから大きいものへと順番に並べる。そのうえで、1~10番を「低い」、11~20番を「平年並み」、21~30番を「高い」とする。
 
すなわち、平年に起きた現象のうち真ん中の10年分の範囲が、「平年並み」ということになる。通常、平年並みは1つの値とはならずに、ある範囲となる。
 
予想気温と平年値との差がこの範囲内にあれば、“平年並みの気温”と予想されることとなる。

◇ 平年の中に異常が入っていたら…

それでは、平年の中に異常が1つ2つ入っていた場合はどうするか。異常に低い値や異常に高い値は、先ほどの平年並みの設定のなかで、「低い」や「高い」に入っていき、「平年並み」からは外れるはずだ。
 
悩ましいのは、欠測値や資料不足値が平年の中に入っているケースだ。この場合は、その年を除いて統計を行う。
 
やや技術的だが、観測が履行できなかった、または、疑問値となった場合には、欠測と同等の扱いとし、それらを資料年数(平年値の統計期間において用いた統計資料の累年数)から除いた値を「有効資料年数」と呼ぶ。
 
そして、(1) 欠測または資料不足値の年の合計が統計期間の年数の20%以下であること、(2) 有効資料年数が 8 年以上あること、のいずれの条件も満たす場合に、平年値を求めることとされている。つまり、欠測値の異常は、平年値には入らない形となる。

◇ 「平年」という用語には180年以上の歴史がある

ここで、そもそも、なぜ気象予報に「平年」が必要となるのかを考えてみよう。気候変動問題における極端な気象を示すためには、その比較対象となる基準が必要となる。しかし、比較対象の基準を決めることは簡単ではない。
 
気象関連の資料を見ていくと、比較対象の基準を定めるまでには、多くの時間を要したことがわかる。
 
平年の「平」を表す“normal”という用語が最初に用いられたのは、1840年にプロイセン(旧ドイツ連邦の王国)の気象学者ハインリッヒ・ヴィルヘルム・ダヴが記した気象モノグラフにおいて、とされる。実に、今から180年以上も前のことだ。
 
この用語は、ダヴの論文のなかで、次の3つの異なる意味合いで使用されていたという。
 
(1) 特定の緯度帯におけるすべての観測値を平均して得られた参照値
(2) 時間的および空間的な比較のための長い観測記録を持つ参照地域
(3) 長期の一連の観測の平均または平均に相当するもの
 
このうち、(3)の意味が19世紀後半にまで生き残った。
 
1872年に、国際気象委員会は、さまざまな観測所で収集されたデータ間の比較可能性を保証するために、一定期間の平均値を集計することを決定した。気候は人間の経験に比べて長い期間にわたって本質的に一定であるという学説が徐々に発展した。長期平均は、この安定した値または平年値に収束すると想定されていた。最終的に、平年値を計算するための適切な間隔は30年である、との国際的な合意に達したという。

◇ 2015年に平年値の10年ごとの更新が新たな世界標準となった

1935年、国際気象機関(IMO)は加盟国に対し、1901年から1930年までを含む30年間の標準的な参照期間を採用するよう勧告した。日本の気象庁は、1921年から1950年の期間以降、これにならっている。ただし、IMOの平年値の更新は、30年ごととされていた。
 
戦後、IMOが発展的に解消する形で設立された世界気象機関(WMO)は、この更新の取り扱いを存置した。WMOの定める技術規則では、平年値の更新は30年ごとを標準とし、10年ごとに更新することは任意とされていた。
 
その結果、1961年から1990年の平年値を1991年から2020年にかけて使用し、2021年に更新するという方式が標準とされていた。
 
しかし、そのままでは平年値の更新に関して、WMOの標準と各国の基準が異なり、国際的な比較が難しいケースが生じてきた。21世紀に入り、気候変動の速さが増し、それに対する人々の注目度が高まる中で、2つの基準が混在する問題が目立つようになっていった。
 
そこで、WMOは2015年に規則を変更し、10年ごとに更新する平年値を汎用目的の新たな世界基準とし、同時に1961~90年の平均を長期的な気候変動に関する安定的な基準として維持することとした。
 
このように、天気予報などでよく目にする、平年値や平年並みといった気象用語にも、長い歴史がある。

◇ 平年値は気象庁のホームページで参照できる

日本では、気象庁のホームページ(「過去の気象データ検索」(下記参考文献に記載のリンク先から参照可能))で、気温、降水量、相対湿度など、いくつかの気象データの平年値が、地点ごとに公表されている。
 
そこでは、年ごと、3か月ごと、月ごと、日ごとなど、さまざまな形で平年値を見ることができる。日本各地のほか、南極の昭和基地の平年値も参照できる。
 
例えば、東京の7月の日最高気温の平年値(1991~2020年)は、29.9℃とされている。2022年、2023年、2024年の7月は、この29.9℃を超えた日が、それぞれ23日、29日、25日あった。最近の7月がいかに暑かったか、がうかがい知れる。
 
昨今の異常気象を考えるうえで、自分の住んでいる場所の平年値を眺めてみることで、理解が深まるかもしれない。

(参考文献)
 
「気象観測統計指針」(気象庁)
 
「気象観測・統計データについて」(気象庁ホームページ)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/faq/faq17.html
 
「3つの階級について」(気象庁ホームページ)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/kisetsu_riyou/class/index.html
 
“Drought assessment in a chahging climate”(NOAA Technical Memorandum OAR CPO 002, Nov. 2023)
 
“Statistical Descriptors of Climate” Nathaniel B. Guttman (Bulletin of the American Meteorological Society, 70(6), 602–607., 1989)
 
「過去の気象データ検索」(気象庁ホームページ)
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php

(2024年08月27日「研究員の眼」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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