2024年10月01日

生成AIと保険-保険事業やアクチュアリー業務に、生成AIをどう活用できるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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2|生成AIによりシナリオ分析の精度を向上させる
生成AIを利用することで、シナリオ分析の精度を向上させることもできる。

(1) 最良推定と感応度分析
シナリオ分析、仮定分析、シナリオ計画は、アクチュアリーが作成する一般的な感応度分析を超えるように、生成AIによって強化することができる。例えば、財務モデルは、保険会社の将来の財務パフォーマンスの最良推定を提供することがある。この予測は、何百もの保険数理上の仮定と、会社が事業を行う外部経済環境に関する仮定に基づいている。これらの仮定には、投資市場、代理店の募集、すでに施行されている規制とまもなく施行される規制、現在の顧客ポートフォリオの実績、ターゲット市場の人口構成の変化など、さまざまな要素が含まれる。

通常、最良推定は、ベースライン値から上下にシフトした1つ以上の要素の財務への影響によって補完される。ただし、複数の要素が同時にベースラインから逸脱した場合の影響の評価は提供されない。また、一般にこれらの要素がもたらす影響には線形性が担保されていない。要因の多くは、保険数理モデルでは明示的に識別されず、潜在する要素について財務結果への影響を測定する方法がない場合がある。

アクチュアリーが、過去10年分や20年分の財務情報、業界のニュースと経験の研究、政府の経済見通しなどの外部要因を使用して生成AIモデルをトレーニングしたとする。最良推定の結果を作成した後、アクチュアリーは生成AIモデルに対して、今後数年間に予想される潜在的な将来の結果と、それらのさまざまな予測の影響および発生の可能性を提供するように求めることができる。このように生成AIを用いることで、従来のモデルが抱えていた線形性の制約にとらわれずに感応度分析を拡張できる。

(2) 保険会社の対応の反映
また、出現した状況に対する保険会社側の対応を概説することもできる。生成AIモデルに対して、社内外のさまざまなシナリオが出現したときに、それに向けた対応(具体的な戦略と行動)の案を提供することができる。これらの戦略を評価する尺度がある場合、複数の取り得る対応をランク付けすることもできる。

さらに、生成AIモデルは、検討中の特定の意思決定の影響を評価するために使用することができる。例えば、「保険会社が、不採算事業を売却したらどうなるか? 業界はそのニュースにどのように反応するか? 他の部門を新市場に展開するという並行した取り組みにどのような影響を与えるか?」などの問いに対して回答を得ることができる。
3英国での調査によると予測や分類に活用しているとの回答が多かった
ここで、アクチュアリーのAI活用について、英国の政府アクチュアリー庁(GAD)が2023年10月に公表した調査結果をみておこう。この調査は、2023年1~4月に英国を拠点とする104人のアクチュアリーを対象にオンラインで行われた。AI活用として、どのような手法を用いているか、という問いに対して、予測や分類を挙げた回答が多かったという。
図表1. アクチュアリーのAI活用技術

4――生成AIが抱える課題

4――生成AIが抱える課題

以上、保険事業やアクチュアリー業務での生成AI活用の特徴やメリットを概観した。

生成AIは、公開されてからまだ2年も経過していない現在進行形の技術である。学習データの利用におけるプライバシー侵害や著作権保護の問題、生成したコンテンツの正確性の問題3など、さまざまな課題を抱えている。現在、AIの開発や活用に関して、各国でさまざまな規制が検討されている。規制の乱立がAI開発を減退させることのないよう、今後は、規制の統合が進められることが考えられる。

また、生成AIの運用に際して必要となるデータの格納や計算の実行には、データセンターの消費電力など膨大なエネルギーが必要となる。生成AIの活用に伴って化石エネルギーが大量に消費されることになれば、地球温暖化の原因ともなりかねない。こうした気候変動問題への対応も今後進められていくものと予想される。
 
3 AIが事実にもとづかずに情報を生成する「ハルシネーション」という現象が問題となっている。これは、まるで幻覚のようにもっともらしい嘘(事実とは異なる内容)をAIが生成することをいう。

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

本稿では、生成AIの保険事業やアクチュアリー業務への活用について見ていった。生成AIを上手に活用することで、業務の効率化や精度の飛躍的な向上が期待できる。一方で、生成AIに伴う新たな課題も生じている。

生成AIのメリットを伸ばしつつ、さまざまな課題に対処していく動きが広がるものと考えられる。引き続き、そうした動きを注視していくこととしたい。

(参考文献)
 
“What should an actuary know about artificial intelligence? (AAE, Jan. 2024)
 
“A Primer on Generative AI for Actuaries”(SOA Research Institute, Feb. 2024)
 
“MyActuary.AI The Journey of Democratizing Actuarial Knowledge Through AI”(SOA, Mar. 04 2024)
 
“The use of Artificial Intelligence and Machine Learning in UK actuarial work ”(UK Government Actuary's Department, Oct. 2023)

 
(前回の稿)
 
生成AIの普及と活用-生成AIの活用はレガシ-システムの解消につながる !?」 篠原拓也 (ニッセイ基礎研究所, 保険・年金フォーカス, 2024年7月30日)

(2024年10月01日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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