2024年10月01日

生成AIと保険-保険事業やアクチュアリー業務に、生成AIをどう活用できるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

2022年11月のOpenAI社によるChatGPTの公開以降、世界中のさまざまな事業分野で、生成AIの活用が急速に進んでいる。保険業界でも生成AIの活用に向けた取組みが進められている。欧米のアクチュアリー会は、2024年に相次いで、生成AIに関するペーパーを公表した。

前回の稿1では、これらの内容を参考に、一般的な生成AIの活用について概観した。本稿では、それを受けて、保険事業やアクチュアリー業務での生成AIの活用について、見ていくこととしたい。
 
1生成AIの普及と活用-生成AIの活用はレガシ-システムの解消につながる !?」 篠原拓也 (ニッセイ基礎研究所, 保険・年金フォーカス, 2024年7月30日)

2――保険事業への生成AIの活用

2――保険事業への生成AIの活用

保険事業では、さまざまな実務でAIの活用が検討され、すでにその一部は実行に移されている。まずは、それらを概観していく。

1|商品開発と価格設定に生成AIが活用され始めている
生成AIを活用することで、従来のものよりもデータソースを広げたうえで、顧客のニーズを反映したり、利益にかなったりする形で、個々の顧客にそくした商品開発が可能となる。

消費者や保険市場の動向について、AIを活用して消費者トレンドを分析して商品開発を行うことが挙げられる。その際、サイバー空間上のデータを活用することも考えられる。

また、生成AIの大規模言語モデルを用いて、保険契約の加入条件や制約事項を起草したり、更新時に保険料の調整を行ったりすることも考えられる。
2|保険募集では顧客への最適なアプローチ方法を生成AIが提案
保険会社は、多様な保険商品をさまざまなチャネルを通じて販売している。生成Alの活用により、どの顧客にどの商品、どのチャネルで、どのようなメッセージを示すことが最適かといった、効果的なアプローチ方法を提案することができる。

営業フロントとバックオフィス、チャネル間の情報連携の向上にも生成AIの寄与が期待される。例えば、営業職員に対して個々の顧客へのアプローチ方法を細かく提案したり、顧客への電話対応中のオペレーターに対してリアルタイムで最善の返答案を提案することが挙げられる。その際には、過去の当該顧客とのやり取りや、通話中の顧客の感情分析等が提案生成のベースとして活用される。
3|保険引受査定を生成AIが迅速化
保険会社は、保険の引受査定に生成AIを活用して、その迅速化を図っている。外部のビッグデータを用いて引受可否を判断したり、引受時の詐欺行為を検出したりすることが始められている。また、給付査定のパターンを分析して、それを他の類似した引受査定の改善に活用する取り組みも行われている。
4|給付支払判断を生成AIが効率化
給付支払査定は、従来よりAIの活用が推進されてきた分野だ。給付請求の自動評価、損害の程度の判断、査定評価文書の即時生成など、さまざまな形でAIの活用が図られている。

支払処理を自動で行うか、担当職員の手動で行うかといった、それぞれの処理に際して、顧客からどのような情報を収受するか等の判断を行う、「自動給付支払分類」が行われつつある。

また、AIを活用した給付金詐欺の検出も進められている。例えば、Alによる自己学習詐欺モデルや、給付データ分析などである。その際、IoT(モノのインターネット) と大規模言語モデルを使用して、画像や電子メールなどからデータを抽出することが行われている。

さらに、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)のツール、3Dモデリング手法の活用により被害をビジュアル化して、損害の程度の判断をスムーズに行ったり、生成Alによる書類のスキャンと関連情報の取得を行って給付支払登録を効率化したりすることを通じて、複雑な給付支払プロセスを簡素化し、給付支払の迅速化を図ることで、顧客満足度を向上させる取り組みも進められている。
5|契約者サービスにも生成AIが活用されている
契約者向けのサービスにも生成AIが活用されている。大規模言語モデルを用いたチャットボットやアプリなどによる問い合わせへの応答の自動化。顧客が契約を確認したり、給付請求を送信したり、各種状態を確認できる会話型インターフェイスの設置。音声のテキスト変換や、電子メールのパーソナル化(送信するメールの内容を個々の契約者の好み、興味、行動に合わせてカスタマイズすること)によるサービスの個別化などである。
6|財務やALMの面でも生成AIの有用性は高い
財務管理についても、さまざまな面で生成AIが活用されている。リアルタイムで財務を予測。諸規制の動向を監視して、対応が必要な場合等にはアラートを発信。市場動向等に応じて常に変化する財務のKPI(重要業績評価指標)やKRI(重要リスク指標)の状況をリアルタイムでモニタリングし、必要時にはシナリオテストを実行、といったことが挙げられる。また、再保険のリスク分析を自動で行うことも進められている。

ALMに関しては、経済関連のニュースを監視し、それに基づいてポートフォリオの調整・ヘッジを行ったり、市場動向の自動モニタリングを進めたり、市場レポートの要約を作成したり、戦略的資産配分(SAA)と戦術的資産配分(TAA)の最適化を図ったりすることなどが挙げられる。

3――アクチュアリー業務への生成AIの活用

3――アクチュアリー業務への生成AIの活用

アクチュアリーは保険や年金の価格設定や準備金積立、事業の収益性や健全性の確認、リスク管理等の業務を行う。その際、データを用いて数理モデルを構築することが一般的である。生成AIの登場により、こうした業務には変革が生じつつある。その様子を見ていこう。
1|データの充実に生成AI利用
アクチュアリー業務では、さまざまなデータ処理がつきまとう。生成AIは、データを強化したり、データ操作を効率化したり、データ分析の精度を高めたりすることに役立てられている。

(1) データの強化
データの強化とは、機械学習における学習データのような新たなデータを生成AIが作成することをいう。人口統計データ等の外部データをもとに、顧客特性(性別・年齢など)、保険適用範囲等に応じた妥当なデータをつくることが求められる。また、通常、保険の契約者は、契約者貸付、契約変更、解約等のオプションを持っている。保険の分析にあたっては、これらのオプションの実施有無も踏まえた、さまざまな要素の組み合わせを網羅するようなデータが必要となることもある。

生成AIを使用すると、顧客データ特性の不足部分を補完する「合成データセット」を作成することもできる。これは、実際の契約者データの使用に際してはプライバシー保護の問題が生じるため、その使用が制限されるような場合に役立つ可能性がある。

ただし、給付実績の分析のためには合成給付支払データを生成すべきではないとされる。合成給付支払データを含めると、補完されたデータが整い過ぎているために、分析結果が実際以上に高い統計的信頼度を示してしまうことが起こりやすい。その結果、実績データが本来持っている変動性や不安定性について、人々の誤解を引き起こす懸念が生じる。

(2) データの操作
一般に、アクチュアリーはデータを用いて業務を行う際、業務の特性に応じて、R、Python、SQL、Alteryxなどのツールを使い分ける。スプレッドシート(Excel)や、ブラウザで利用するスプレッドシート(Googleスプレッドシート)を用いることもある。通常、ツールによってデータの形式を変換する必要が生じる。AIを搭載したツールは、データファイルを必要な形式に変換することができる。

また、AIを搭載したツールには、データ関連作業を補助するユーティリティとしての役割も期待される。これにより、生産性や業務効率の向上に寄与する可能性がある。AIの更なる進化により、さらに多様な補助が可能となることも期待される。

(3) データ分析
データ分析におけるAIの使用は、生成AIに限らず、幅広い機械学習モデリングや、一般的なデータサイエンスの領域を含んでいる。これらは、データの検証と異常検知、自動分析とレポート作成、予測分析と機械学習といったテーマに分けることができる。

(a) データの検証と異常検知
変分オートエンコーダ(VAE)2のような生成AIアルゴリズムは、データの問題点や外れ値を発見することに長けている。数値、テキスト、その混合など、さまざまな種類のデータの問題点を見つけるようにトレーニングできる。また、ある保険契約で契約日が保険商品を発売する前の日付となっているといった、データ入力のエラーを検知するように機械学習をすることもできる。
 
2 VAEは、Variational Auto-Encoderの略。ディープラーニングの一分野で、データの潜在的な特性を学習し、新たなデータを生成する技術をいう。代表的なものとして、ある画像データを学習して、類似の画像データを生成するケースなど。
(b) 自動分析とレポート作成
AIを活用したデータ分析を利用することで、従来一般の人や経営者にとっては難しかった専門的な洞察を得ることができるかもしれない。AI活用により、例えばプログラミング言語の理解や、マクロを含めたExcelの機能に習熟することなくデータの分析ができるようになれば、これらの業務分野に対する参入障壁が低くなる。

すでにデータ分析を行っているアクチュアリーにとって直接的な変化をもたらすものではない。ただし、これらのツールの機能は、現在著しく向上しつつある。今後、機能向上がさらに進めば、高度な分析や機械学習を行うことが誰にでも容易となり、専門性を発揮する領域が狭まる可能性がある。

(c) 予測分析と機械学習
これは、生成AIと それ以外の機械学習アルゴリズムを結びつけるもので、アクチュアリー業務に関連性の高い分野だ。生成AIへの関心が高まる前は、高度な分析やデータサイエンス、機械学習がホットトピックとなっていた。生成AIにより、これらの技術が簡単に実行できるようになれば、より多くのデータを用いたり、より深い洞察を得たりすることにより、予測分析を強化することができる。

その結果、保険契約者に対する理解が進み、保険契約者群団間での実績の差異の設定、積極的な介入を支援する失効・給付支払予測モデルの構築、保険価格と販売数量の関係を予測するモデルの策定、募集活動の品質管理をサポートする分析の実施、準備金評価モデルのキャッシュフロー予測を学習するモデルの作成、といったさまざまな予測分析が可能となる。

(2024年10月01日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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【生成AIと保険-保険事業やアクチュアリー業務に、生成AIをどう活用できるか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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