2024年09月09日

米国経済の見通し-24年後半にかけて景気減速も景気後退は回避を予想

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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2.実体経済の動向

(労働市場、個人消費)労働市場の減速に拍車、個人消費は緩やかに減速へ
非農業部門雇用者数の増加ペースが顕著に低下する中、労働需要を示す求人数は24年7月が767万人と21年1月以来の水準に低下した(図表9)。また、求人数と失業数の比較では失業者1人に対して求人件数が1.1件とコロナ禍前(20年2月)の水準を下回っており、足元で労働需要の低下が顕著となっている。

時間当たり賃金(前年同月比)は、24年8月が+3.8%と22年3月につけたピークの+5.9%からは低下したものの、FRBの物価目標と整合的な賃金上昇率とみられる+3%台半ばの水準を引き続き上回っている(図表10)。また、賃金・給与に加え、給付金を反映した雇用コスト指数も24年4-6月期が前年同期比+4.1%と22年10-12月期の+5.1%をピークに低下基調が持続しているものの、時間当たり賃金同様、依然として物価目標と整合的な水準を上回っている。ただし、失業率の上昇にみられるように労働需給は緩和しているため、賃金上昇率は今後も緩やかな低下が見込まれる。
(図表9)求人数および求人数/失業者数/(図表10)賃金上昇率および失業率
(図表11)家計の累積過剰貯蓄試算 一方、個人消費は足元で堅調を維持しているものの、今後は緩やかな減速が見込まれる。前述のように可処分所得は下支え効果が剥落している。また、個人所得と個人消費のデータを用いて推計される累積の過剰貯蓄額は、21年には1.9兆ドルに増加して個人消費を下支えしたものの、23年10-12月期からマイナスに転じ、24年4-6月期は▲6,550億ドルとなっており、個人消費の下支え効果が剥落している(図表11)。とくに、中低所得層ではクレジットカードローンなどの負債によって消費に回す傾向が強まっており、消費は既に厳しいとみられる。労働市場の減速が続く中で、個人消費の減速は不可避だろう。

当研究所はGDPにおける実質個人消費(前年比)は23年の+2.2%から24年は+2.4%と小幅に伸びが加速する一方、25年は+1.8%へ低下を予想する。通年ベースで24年の伸びが23年を上回るのは主に23年10-12月期の個人消費が堅調となったことによるプラスのゲタの影響が大きい。
(設備投資)緩やかな回復基調が持続
実質GDPにおける24年4-6月期の設備投資は前期比年率+4.6%(前期:+4.4%)と概ね前期並みの伸びを維持した(前掲図表7、図表13)。建設投資が前期比年率▲1.6%(前期:+3.4%)と前期からマイナスに転じたほか、知的財産投資も+2.6%(前期:+7.7%)と伸びが鈍化した。一方、設備機器投資が+10.8%(前期:+1.6%)とこちらは前期から大幅に伸びが鈍化するなどマチマチの結果となった。

一方、設備投資の先行指標であるコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は7月が▲1.9%(前月:▲0.6%)と3ヵ月連続でマイナスとなったほか、前月からマイナス幅が拡大しており、足元で設備投資の伸びにブレーキが掛かっている可能性を示唆した(図表12)。
(図表12)米国製造業の耐久財受注・出荷と設備投資/(図表13)設備投資計画と民間設備投資伸び率
また、大企業の今後6ヵ月の設備投資計画に関する調査(指数)では、24年4-6月期が70.1(前期:77.8)となり前期からは低下したものの、22年7-9月期以来の水準を維持するなど依然堅調である(図表13)。さらに、9月以降は金融緩和政策への転換もあって資金調達コストの改善が見込まれる。このため、設備投資は25年にかけて成長率は低下も、緩やかながらプラス成長を維持する可能性が高いとみられる。

当研究所は実質GDPにおける設備投資(前年比)が23年の+4.5%から24年に+3.5%、25年に+1.5%へ低下すると予想する。
(住宅投資)足元は減少も金融緩和政策の転換に伴い回復へ
実質GDPにおける住宅投資は前述のように4期ぶりにマイナスに転じた。戸建ておよび集合住宅建設ともに減少したことが大きい。また、住宅着工件数(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比年率)は24年7月が▲28.5%(前月:▲17.6%)と5ヵ月連続で2桁のマイナスとなったほか、先行指標である住宅着工許可件数(同)も▲18.9%(前月:21.2%)と5ヵ月連続でマイナスとなっており、住宅投資は足元でマイナス幅が拡大している可能性が高い(図表14)。
(図表14)住宅着工件数と実質住宅投資の伸び率/(図表15)住宅ローン金利および住宅購入ローン申請件数
一方、住宅ローン金利(30年)は23年10月に一時8%近い水準まで上昇した後、24年初にかけて6%台に低下した(図表15)。その後は春先に一時7%台前半に上昇する場面もみられたが、FRBによる9月の利下げ開始が確実となる中、住宅ローン金利の低下に弾みがついており、足元では6%台前半に低下している。ただし、水準としてはコロナ禍前の3%台後半を大幅に上回っている。

住宅ローン金利は低下しているものの、米抵当銀行協会(MBA)が公表している住宅購入目的の住宅ローン申請件数(90年3月を100とする指数)は足元が130台前半と1995年以来の水準に低迷しており、住宅需要は低位に留まっている。住宅市場は住宅ローン金利の高止まりから当面は厳しい状況が続くとみられ、住宅投資は7-9月期も2期連続のマイナス成長となろう。しかしながら、FRBによる金融緩和政策への転換もあって住宅ローン金利は25年にかけて低下が見込まれるため、住宅投資は、24年10-12月期以降再びプラス成長に転じよう。

当研究所は実質GDPにおける住宅投資(前年比)が23年の▲10.6%から24年が+3.7%、25年が+2.4%と小幅ながらプラス成長を維持すると予想する。
(政府支出、債務残高)26年度以降の財政運営は流動的
25年度(24年10月~25年9月)予算はバイデン大統領が3月に予算教書を発表したことを受けて審議がスタートした。予算教書では25年度の歳出総額を7兆2,660億(前年度見通し:6兆9,410億ドル)とした一方、歳入総額は5兆4,850億ドル(前年度見通し:5兆820億ドル)とし、歳出は前年度比+4.7%増加する一方、歳入はそれを上回る同+7.9%の増加を見込んだ。この結果、財政赤字は▲8,160億ドル(前年度見通し:▲9,710億ドル)と前年度から縮小するほか、名目GDP比でも25年度は▲6.1%(前年度見通し:▲6.6%)と前年度から縮小する方針が示された。

歳出面では児童税額控除の拡充、就学前教育の拡充、住宅や家賃に関する負担軽減策が盛り込まれた一方、歳入面では法人税率の引上げ(21%→28%)、富裕層に対する増税などが盛り込まれた。

一方、25年度の裁量的経費は財政責任法で国防費が8,952億ドル、非国防費が7,107億ドルの合計1兆6,059億ドルと前年度比+1%となる上限が設定されている。予算教書ではこの金額をベースに緊急要件、災害対応など上限額の算定で組み入れられない金額を420億ドル、本来は緊急要件などに組み入れられるべき金額がベース予算として計上された分の調整額232億ドルを含めた1兆6,710億ドルが裁量的経費として計上されている。

これに対して、上下院からは財政責任法で規定される歳出上限に沿う形で12本の歳出法案が提出されている(図表16)。しかしながら、年度末(9月末)までに上下院で合意する見込みは低く、暫定予算で凌ぐ可能性が高い。いずれにせよ、25年度の裁量的経費は財政責任法により前年度から小幅な増加に留まる見込みとなっているため、今後余程災害対策などで巨額の補正予算などを組まない限り、政府支出による経済の押し上げ効果は限定的に留まるとみられる。
(図表16)25年度歳出法案比較
当研究所は大幅な財政政策の変更が無い前提で実質GDPにおける政府支出(前年比)について、23年の+4.1%から、24年に+3.0%、25年に+0.8%へ低下を予想する。

ただし、来年以降の財政運営は11月の大統領・議会選挙に大きく左右される。ハリス氏が選出される場合には基本的にバイデン政権の政策を継承することが見込まれており、富裕層や企業に対して増税する一方、中間層に対して減税を目指すだろう。もっとも、予算措置を伴う税制改革などが実現するかは議会選挙で上下院ともに民主党が過半数を獲得しない限り実現は困難である。また、トランプ氏が勝利する場合でもトリプルレッドでないと予算措置を伴う経済対策が実現する可能性は低いだろう。

一方、法定債務上限が25年1月に復活するため、来年の新議会で与野党対立から政治が機能不全となる場合には米国債のデフォルトリスクが意識されるなど金融市場は不安定化しよう。
(貿易)堅調な内需を背景に外需の成長率寄与度はマイナス傾向が続く
実質GDPにおける24年4-6月期の外需は成長率寄与度が▲0.8%ポイント(前期:▲0.7%ポイント)と前期に続き大幅な成長押し下げとなった(前掲図表7)。輸出入の内訳をみると輸出が前期比年率+1.6%(前期:+1.6%)と前期並みの伸びとなった一方、輸入が+7.0%(前期:+6.1%)と前期に続いて輸出を大幅に上回る伸びを維持して成長率の押し下げに寄与した。
(図表17)貿易収支(財・サービス) また、先日発表された24年7月の貿易収支(3ヵ月移動平均)は季節調整済で▲757億ドル(前月:▲744億ドル)の赤字となり、前月から赤字幅が▲13億ドル拡大した(図表17)。輸出入では輸出が前月から+14.3億ドル増加したものの、輸入が+27.3億ドルと輸出の増加幅を上回る増加を示した。このため、7月以降も輸入増加に伴う外需のマイナス寄与の傾向が続いているとみられる。

米国経済が貿易相手国に比べて相対的に堅調を維持することが見込まれるため、今後も輸入が輸出を上回る状況が続き、外需は当面成長率寄与のマイナス傾向が継続するとみられる。

当研究所は外需の成長率寄与度が、23年の+0.6%ポイントから24年が▲0.4%ポイント、25年が▲0.1%ポイントとマイナス寄与が続くことを予想する。

もっとも、24年の大統領選挙でトランプ氏が再選される場合には全ての輸入品に対する10%関税や中国からの輸入品に対する60%関税賦課など1期目よりさらに保護主義的な通商政策を採用する可能性があり、25年以降の貿易収支の動向は不透明である。

(2024年09月09日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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