2024年09月04日

欧州大手保険グループの2024年上期末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック-

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1―はじめに

欧州大手保険グループの2024年上半期決算の発表に伴い、ソルベンシーII制度に基づく各種数値等も開示されている。このレポートでは、各社の2024年上期末のSCR比率1等のソルベンシー比率の状況について、それらの水準や感応度及びそれらの推移、さらには関係するその他の事項、加えて、2024年上半期における各社の資本管理等に関するトピックについても報告する。

なお、基礎研レポート「欧州大手保険グループの2023年末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック-」(2024.4.3)において述べたように、2023年1月1日から、新たな会計基準であるIFRS第17号(保険契約)の適用が開始されたことに伴い、各社において、各種の資料や数値の見直し等が行われている。これにより、これまでのレポートで報告してきた内容が今回のレポートでは必ずしもカバーされていない点があることは述べておく2
 
1 SCR比率(=自己資本/SCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件)は、「ソルベンシーII比率」、「ソルベンシー比率」とも呼ばれる。
2 Allianzは、2022年から、それまで公表していた「Own Funds Report」の発行を止め、これに含まれていた情報については、Annual ReportやSFCRに統合したが、2023年からは、AXAが「Embedded Value and Solvency II Own Funds」、Generaliが「Own Funds & Life New Business Supplementary Information」を公表しなくなった。

2―欧州大手保険グループのソルベンシー比率の推移

2―欧州大手保険グループのソルベンシー比率の推移

欧州大手保険グループのSCR比率等のソルベンシー比率について、ソルベンシーII制度導入時の2016年末から2024年上期末の推移については、以下の図表の通りとなっている。

Avivaは英国のソルベンシーII制度(いわゆるソルベンシーUK)に基づいているが、開示資料の説明では主として会社ベースの数値を使用しているので、監督ベースと会社ベースの2つの数値を掲載している。また、Aegonはオランダでの保険事業等のa.s.r.(以下、ASRと表記)への移管等に伴い、2023年10月からバミューダが法的本籍地の会社Aegon Ltd.となっているが、引き続きIAIS(保険監督者国際機構)のIAIG(国際的に活動する保険グループ)に指定されており、バミューダのソルベンシー制度はEU(欧州連合)のソルベンシーII制度と同等とみなされているので、従前と同様な形で、今回の報告対象に加えている。さらに、ZurichはソルベンシーII制度の対象ではないが、スイスの制度であるSST(スイスソルベンシーテスト)に基づく数値を掲載している。

下記の図表によれば、過去からの推移の概要は以下の通りとなっている。

・2016年末から2017年末にかけては、市場環境が良好(金利の上昇、クレジットスプレッドの縮小、株価の上昇等)であったこともあり、各社ともソルベンシー比率を大きく上昇させていた。特に、内部モデル適用範囲の拡大等のソルベンシー比率の算出方法の変更等もあり、Generaliは29%ポイント、Aegonは44%ポイントと大幅に水準を上げていた。

・2017年末から2018年末にかけては、市場環境の悪化(金利の低下、株価の下落等)もあり、AXAのSCR比率とZurichのZ-ECM比率が低下していた。

・2018年末から2019年末にかけても、市場環境の悪化(金利の低下等)により、AllianzとAegonのSCR比率が大きく低下したが、AXA(米国のIPOによるプラスの影響)やGenerali(規制上のモデル変更によるプラスの影響)等のSCR比率は上昇した。
欧州大手保険グループのソルベンシー比率の推移
・2019年末から2020年末にかけては、COVID-19による市場環境の大きな変動があったものの、Zurichを除く各社のSCR比率自体に大きな変化は見られなかった。一方で、ZurichのSST比率は市場リスクのウェイトがより高くなっていたことから、金利の低下と市場の変動の影響を大きく受けて、2019年末から2020年末にかけて、222%から182%へと40%ポイントと大きく低下した。

・2020年末から2021年末にかけては、市場環境の好転の影響等により、各社ともソルベンシー比率が上昇した。特に、AXA、Aviva、Aegon、Zurichのソルベンシー比率は2桁台の大幅な増加となった。

・2021年末から2022年末にかけては、各社とも主として経済変動の影響(金利の上昇、クレジットスプレッドの拡大、株価の下落等)を受けて、自己資本のうちの調整準備金(reconciliation reserve)3の残高が大きく減少したことを主因として、Zurichを除く各社のSCR比率は低下した。Zurichの場合、金利の低下が大きくプラスに影響して、SST比率は大幅に上昇した。

・2022年末から2023年末にかけては、AXAとAllianzのソルベンシー比率は上昇したものの、Generaliはほぼ横ばい、Aviva、Aegon、Zurichのソルベンシー比率は低下した。

これに対して、2023年末から2024年上期末にかけては、各社の資本管理戦略等の差異も反映して、AXA、Allianzのソルベンシー比率は横ばいで、Zurichもほぼ安定的で1%の低下であるのに対して、Generaliは9%ポイントの低下、Aviva(監督)は4%ポイントの低下、Aegonは3%ポイントの低下となった。

このように、ソルベンシー比率の推移については、各社の資本充実やリスクテイクへの方針の差異等を反映して、その動向は一律ではなく、また必ずしも市場環境に応じて類似のトレンドを示しているわけではない。

さらには、以下の理由等から、単純な各社間の絶対水準や年度間の推移の比較ができないことには注意が必要になる。

(1) 各社の生命保険と損害保険等の事業や地域別の構成比の差異等から、目標とするソルベンシー比率が異なっている(例えば、Aegonは生命保険事業が中心だが、AXA、Allianz、Generali、Zurichは生命保険事業も損害保険事業も大きな位置付けを占めており、さらにはAllianz等では資産管理事業も営業利益のうちの大きなウェイトを占めている)。

(2) 事業の地域構成の差異からくる為替等の影響の程度が異なっている(例えば、Avivaは英ポンド、Zurichは米ドルと主要通貨や新興国通貨との為替レートが公表数値に大きな影響を与える)。

(3) 子会社の買収や売却等の事業の再編等に伴い、大きく変動する場合も多い。

(4) さらには、これらの事業の再編等に伴い、内部モデルの算出方法の変更等を行ってきている場合もあり、一時的な要因による影響が大きなものとなっているケースもある。
(参考)欧州大手保険グループの事業別内訳(2024年上半期)
 
3 調整準備金は、ソルベンシーII貸借対照表の負債に対する資産の超過分を表し、財務諸表の資本項目 (株式資本、劣後債務を除く名目価値を超える資本) 及び支払見込みの配当金を差し引いたもの。

3―各社のソルベンシー比率や感応度の推移及び資本管理等に関係するトピック

3―各社のソルベンシー比率や感応度の推移及び資本管理等に関係するトピック

この章では、各社のソルベンシー比率の推移の要因分解及び感応度の推移について、報告する。

欧州大手保険グループは、2016年1月からのソルベンシーⅡ制度の実施に向けて、SCR比率の充実や適正な感応度水準の維持に向けた対応を行ってきていたが、2016年の制度導入後も、着実に営業利益を積み上げること等で資本の充実を図ってきている。

なお、以下のソルベンシー比率の推移の要因分解において、例えば「経営行動(management action)」に何を含めるのか等が、必ずしも統一されているわけではない。さらには、感応度の対象内容やシナリオも各社各様である4。加えて、要因分解に関する情報提供が行われている時期や感応度の対象時期も必ずしも統一されておらず、各社の考え方に基づいている。このレポートの報告内容は、各社の公表資料に基づいているが、その解釈やその概要のまとめ等については、筆者の理解に基づいていることを述べておく。
 
4 EUのソルベンシーIIのレビューの中で、EIOPAによって「感応度に関する情報の標準化」も提案され、検討されてきた。これについては、保険年金フォーカス「EIOPAがソルベンシーIIの2020年レビューに関する意見をECに提出(4)-助言内容(報告と開示)-」(2021.2.3)を参照のこと。
1|AXA
(1)SCR比率の推移
2024年上期末のSCR比率は、2023年末と同水準の227%となった。

この要因については、以下の通りとなっている。

・営業利益等で+18%ポイント(通常の資本形成が堅調で+16%ポイント、好ましい運営上の差異で+2%ポイント)

・為替を含む市場の影響で▲5%ポイント(主に欧州と日本の国債スプレッドの拡大とボラティリティの上昇による金融市場の悪影響)

・配当と自社株買いで▲11%ポイント(上期の未払配当金と年間の自社株買いの27億ユーロの影響)

・規制/モデル変更による影響は▲2%ポイント

・経営行動、劣後債等のその他の影響は▲1%ポイント(制限付Tier1債券の発行と2つのシリーズの劣後債に対する現金公開買付けで+1%ポイント、AXA Life Europeの貯蓄ポートフォリオに対する再保険契約(1株当たり基礎利益の希薄化を相殺するための関連する自社株買いを含む)で▲1%ポイント等)
AXAのSCR比率推移の要因
(2) 感応度の推移
2024年上期末においては、2023年末に比べて、金利やクレジットの感応度はほぼ横ばいだったが、株式の感応度が若干上昇した。

2020年末から、ユーロソブリンスプレッド(ユーロソブリン債とユーロスワップレートの差)とクレジット削減(社債の20%が3ノッチ格下げされる前提)に対する感応度が新たに開示されており、2024年上期末には、前者が+50bpsで▲10%ポイント、後者が▲4%ポイントとなっている。さらに、2022年末から、インフレーションスワップカーブ+50bpsに対する感応度が開示され、2024年上期末には▲5%ポイントとなっている。
AXAの感応度の推移
(3) トピック
AXAの2024年における主な資本取引等とその概要は、以下の通りであった。

2024年1月10日に、15億ユーロの制限付Tier1債券の発行に成功したことを発表した。

2024年2月24日に、2月23日付で、投資サービスプロバイダーと、最大16億ユーロの自社株買いプログラムに関連した株式買戻し契約を締結したと発表した。なお、この契約については、5月8日にAXAが買い戻す自社株の最大額を2億ユーロ増額するとの修正が発表された。

2024年2月26日に、2つのシリーズの劣後債に対する現金公開買い付けを発表した。

2024年5月3日に、AXA Germanyにおける閉鎖された生命保険及び年金ポートフォリオの売却を解除する合意を発表した。これにより、AXAは、十分な資本とデュレーションがマッチしたこのポートフォリオとそれに関連する収益を保持する、としている。また、AXA Life Europeは約30億ユーロの変額年金準備金をカバーする再保険契約を締結した、と発表した。この取引により、2024年以降、基礎収益が年間約2,000万ユーロ減少することになるが、この収益の希薄化を、年末までに完了する予定の2億ユーロの自社株買いで相殺する予定としている。また、自社株買いの影響を含むこの取引は、AXA GroupのソルベンシーII比率に約▲1%ポイントの影響を与えると想定されている。

2024年5月14日に、万国郵便連合(UPU)と郵便ネットワークを通じて包括的保険を推進するために協力すると発表した。世界中で15億人以上(世界の成人人口の約28%)が郵便ネットワークを通じて金融サービスにアクセスしており、世界の郵便局の53%は保険を提供している。UPUとAXAは、郵便ネットワークを通じて包括的保険を世界規模で拡大するための提携を締結し、共同研究から始まり、その後技術支援プログラムが続いていく、と述べている。

2024年5月30日に、2034年満期の7億5,000万ユーロのシニア債の発行を発表した。

2024年8月1日に、Gruppo Nobis(「Nobis」)の買収により、イタリアでの個人向け損害保険事業を拡大すると発表した。Nobis はイタリアの個人向け損害保険会社で、多角的な販売網の恩恵を受けており、複数の代理店や自動車ディーラーとの提携も含まれている。Nobis は 2023 年に 5 億ユーロの総収入保険料と 3,500 万ユーロの純利益を報告している。買収の初期対価は4億2,300万ユーロとなり、アーンアウト(Earn out)5は最大5,500万ユーロとなる見込みとしている。取引完了後、この取引はAXA GroupのソルベンシーII比率に▲1%ポイントの影響をもたらすと想定されている。

2024年8月2日に、AXA Investment Managers(AXA IM)をBNP Paribasに売却する独占交渉を開始すると発表した。これは、資産運用事業から撤退し、BNP Paribasとの長期投資運用パートナーシップを締結するという戦略的決定であり、事業モデルを簡素化し、中核の保険業務である、生命保険・貯蓄保険、損害保険、健康保険に重点を置くというグループ戦略をさらに強調するものであるとしている。取引総額は54億ユーロとなると予想されており、これは2023年の基礎利益の15倍に相当するとしている。この取引は2025年第2四半期までに完了する予定である。この取引の完了に伴い、年間基礎利益が約4億ユーロ減少し、一時的な純利益が22億ユーロ増加すると予想されている。また、売却による利益の希薄化のため、取引完了後に38億ユーロの自社株買いを開始する予定であると述べている。この取引とそれに伴う自社株買いのソルベンシーII比率に与える影響は中立的であるとしている。
 
5 M&Aの対価の一部を、実行後の一定期間内に、M&A対象会社の業績指標等の事前に合意された目標の達成状況に応じて支払う規定

(2024年09月04日「保険・年金フォーカス」)

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【欧州大手保険グループの2024年上期末SCR比率等の状況-ソルベンシーII等に基づく数値結果報告と資本管理等に関係するトピック-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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