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貿易摩擦への警戒を再び強める中国-外需悪化に備え、消費振興による内需拡大の方針を強調

経済研究部 主任研究員 三浦 祐介
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1――中国が貿易摩擦悪化への警戒レベルを引き上げ
中国が貿易摩擦悪化への警戒レベルを引き上げたようだ。2024年7月30日に開催された中央政治局会議では、現在の情勢認識としていくつかの課題を指摘したが、その筆頭に「外部環境の変化による不利な影響の増加」を挙げた(図表-1)。ここのところ国内の需要不足や金融リスクのほうが重要視されていたが、中国指導部の課題認識に変化があったことが示唆される。
ここ数カ月、米国およびEUが中国に対する追加関税を決定するなど、中国の輸出環境は悪化傾向にある。現時点における追加関税による直接的な押し下げは大きくないとみられるものの、追加関税を課す国や対象製品が広がりを見せれば、影響が拡大する恐れがある。また、それ以上に警戒しているのは、米国でトランプ政権が再発足した場合の影響だろう。全ての対中輸入に対する関税を60%まで引き上げれば、影響の拡大は免れない。足元では不動産不況の長期化による内需不振が続くなか、堅調な外需が経済を支える一因となっており(図表-2)、その落ち込みは、中国経済にとって無視できないリスク要因だ。
遡るとちょうど6年前、米中摩擦が激しくなり始めた18年7月にも同じようなことがあった。それまではデレバレッジなど国内の金融リスク対策が経済運営上の主要課題とされていたが、同月開催の中央政治局会議では「目下の経済には安定の中に変化がみられ、いくつかの新たな問題と課題に直面しており、外部環境には明らかな変化が起こっている」とし、貿易摩擦激化に対する警戒レベルを引き上げたうえで、財政政策による「内需拡大」の方針を打ち出した。2020年にコロナショックが起きた後は、国内の経済問題を最重視する姿勢に戻ったが、ここに来て、外部環境の悪化が再び最重要課題として「格上げ」されたかたちとなる。
もっとも、6年前から現在にかけて、中国の内外の経済環境は大きく変わった。金融リスクと貿易摩擦という「内憂外患」の基本情勢は変わらないものの、その内実はより厳しくなっている。
「内憂」に関しては、18年当時は地方政府の隠れ債務のみがデレバレッジの主眼であったが、現在は不動産セクターと地方政府の隠れ債務の2つが対象となっている。また、当時は、米中摩擦への対応を優先するため、地方隠れ債務対策はいったん棚上げとし、公共投資等による内需喚起を図る余地がまだ残されていた。実際、融資平台の債券による資金調達は、18年にかけて落ち込んだが、その後改善した(図表-3)。これに対して現在は、当時のようにデレバレッジを先送りする余地は狭まっている。例えば、不良債権処理という形でデレバレッジの負担を引き受ける商業銀行の体力は低下の一途をたどっており、利ざやは業界の警戒ラインとされる1.8%を既に割り込んでいる(図表-4)。景気に関しても、コロナショックに加え、不動産不況の長期化によって、企業の景況感や家計のマインドの悪化がかつてないほど深刻化している。
「外患」に関しては、米国の対中政策は、当初とられた対中追加関税のような極端な措置に加え、対中輸出・投資規制などより制度化された措置がとられるようになり、規制は強まる一方となっている。また、摩擦の相手も、米国だけではなく、欧州や日本などへと広まり、経済の中国依存を低下させる「デリスキング」の動きが西側諸国の経済・産業政策の潮流となっていることは言うまでもない。
2――経済対策の方向性:外需悪化リスクに備え、下支え強化により内需拡大を目指す
このように苦境が深まるばかりの中国であるが、今回の中央政治局会議では、「マクロコントロールの度合いを強め(中略)今年の経済・社会発展目標を確固として達成する」とし、「+5%前後」の経済成長率の実現を目指す考えが強調された。また、中国経済の先行きについて明るい論調を宣伝する「中国経済光明論」(2023年12月の中央経済工作会議で提起)についても再び言及があったが、今後の焦点となるのは、宣伝工作の巧拙よりも具体的な経済政策の動向だろう。いかに内需を好転させ、成長率の低下を防ぐことができるかが重要となる。

なお、金融政策についても、7月に利下げが実施されたが(図表-5)、年内に利下げや預金準備率の引き下げが再び実施される可能性がある。人民元安圧力は依然根強いが、米国で9月利下げの確率が高まっている点は、中国にとって追い風となるだろう。
もう1点注目されるのは、政策の重点の変化だ。不動産不況の長期化により需要不足が続く中国だが、24年に入ってからの経済対策の重点や効果は、どちらかというと企業部門、とくに製造業に偏ってきた。「新質生産力の発展」のスローガンのもと、産業高度化や設備更新の支援が強化されてきたためだ。耐久財の買い替え支援も併せて実施されてはいるものの、充てられている財源の制約などからその効果は不鮮明であり、家計消費は減速の一途を辿っている。
こうしたなか、今回の会議では「消費の振興を重点として国内需要を拡大し、経済政策の重点を民生や消費促進へとより移していく」との方針のもと、中低所得者層の消費やサービス消費の振興に重点を置く考えが示された。また、超長期特別国債の発行で調達した資金3,000億元のうち1,500億元を耐久財の買い替え支援に充てることも別途発表された(残りの1,500億元は設備更新に充当)。
企業部門の支援により供給力の強化、高度化を進めても、最終需要が弱いままでは需給のつり合いがとれなくなってしまう。さりとて、6年前のように、デレバレッジを中断して公共投資や不動産開発投資によって需要を刺激するわけにもいかないことは上述の通りだ。このため、家計の消費促進の必要性は内外の識者からもかねがね指摘されていたことであり、今回の政策スタンスの変化は前向きに評価ができる。
3――リスク対策の方向性:不動産不況・貿易摩擦に対する追加策は示されず、悪化リスクは燻ぶる
貿易摩擦に関しても、摩擦解消につながるような措置について言及はなかった。引き続き自国の産業高度化や新興国との連携強化を進め、西側諸国との貿易摩擦によるリスクの低減を図る考えとみられる。貿易摩擦の主因と非難される過剰生産能力の問題に関しては「市場の優勝劣敗のメカニズムを強化し、立ち遅れた効率の低い生産能力の淘汰を円滑化する」とされた。もっとも、その対象となるのは国内市場向け製品の生産能力と思われ、対外的な貿易摩擦の緩和材料にはなりづらそうだ。なお、淘汰の進め方によっては、足もとで堅調な製造業が悪影響を受ける恐れがある点には注意が必要だ。
その他のリスクとしては、地方政府債務や株式市場、中小金融機関がここのところ重点として指摘されているが、今回の会議では中小金融機関に関する言及はなかった。中小金融機関のリスクについては、近年、買収や合併、地方政府による資本注入など様々な予防的対策がとられており、そうした経験の蓄積からコントロール可能と判断したものと考えられる。他方、地方政府債務や株式市場については、それぞれ「融資平台の債務リスク解消加速に向けた条件を整備する」、「投資家のマインドを奮い起こし、資本市場の内在的安定性を高める」などとされた。地方政府融資平台の債務リスク解消や、近年株価の低迷が続く株式市場の活性化などに向けた対策が継続されることになるだろう。
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(2024年08月09日「基礎研レター」)

03-3512-1787
- 【職歴】
・2006年:みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)入社
・2009年:同 アジア調査部中国室
(2010~2011年:北京語言大学留学、2016~2018年:みずほ銀行(中国)有限公司出向)
・2020年:同 人事部
・2023年:ニッセイ基礎研究所入社
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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