コラム
2024年08月06日

線状降水帯の予測と対応-線状降水帯からいかに避難するか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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今年は平年より遅く梅雨入りしたが、梅雨明けが平年より大幅に遅れた地方は少なかった。梅雨明け前には大雨が降ることが多い。7月25日には、東北の秋田県や山形県で記録的な大雨が降り、土砂崩れや河川の氾濫など、各地で被害が出た。山形県では線状降水帯が発生していた。
 
気象庁は、今年もすでに、線状降水帯の予測情報を何度か出している。7月には13~14日に九州北部と山口県に線状降水帯への警戒を呼びかけ、14日に長崎県(五島)で実際に発生した。
 
それ以前は、5月27~28日に九州南部、奄美、四国、東海に、また6月17~18日に九州南部、四国に、さらに6月20~21日に九州南部に、線状降水帯への警戒を呼びかけた。だが、このうち実際に発生したのは、6月21日の鹿児島県のみだった。
 
6月27~28日には、九州北部と山口県に線状降水帯が発生する恐れがあるとして警戒を呼びかけたものの、対象地域では線状降水帯は発生しなかった。一方、28日には、予測していなかった静岡県で線状降水帯が発生し、これを見逃す形となった。
 
どうやら線状降水帯の予測は難しいようだ。今回は、線状降水帯の予測について見ていきたい。

◇ 「線状降水帯」とは

線状降水帯は、気象の世界では数十年前から研究対象となっている。ただし、その定義は研究者によってさまざまで統一されてはいない。気象庁の一般向け説明資料を見ると、次のように定義されている。
 
“線状降水帯は、次々と発生した積乱雲により、線状の降水域が数時間にわたってほぼ同じ場所に停滞することで、大雨をもたらすもの。線状降水帯が発生すると、災害の危険性が高くなります”
 
線状降水帯の発生メカニズムについては、以下の通りとされている。

(線状降水帯の発生)
(1) 大気低層を中心に大量の暖かく湿った空気が入り続ける
(2) その空気が局地的な前線や地形などの影響により持ち上げられて雨雲が発生する
(3) 大気の状態が不安定な状態の中で雨雲が積乱雲にまで発達する
(4) 上空の風の影響で積乱雲が線状に並び線状降水帯が形成される
※「気象と気象用語」(松山地方気象台, 2023年6月)より、筆者まとめ

ここでポイントとなるのは、まず(1)の暖かく湿った空気の流入だ。暖かく湿った空気は上昇しやすく、(2)の前線などの影響で雲が発生し、(3)の積乱雲に発達する──。ここまでは、普通の積乱雲だが、問題はここからだ。
 
(4)で上空の風により、できた積乱雲が風下に流される。そして、同じ場所にまた別の積乱雲が発生する。つまり積乱雲ができては流され、できては流され、……、という具合に次々と発生して一列に並ぶ。
 
普通、1つの積乱雲は、雲が発達する「成長期」、雨を降らせる「成熟期」、上昇気流がなくなり雲が消滅に向かう「減衰期」をたどる。強い雨を降らせる成熟期は15~30分ほどとされる。ところが、線状降水帯は成熟期の積乱雲が列をなしていて、同じ場所を次々に通過するため、大雨をもたらすこととなる。

◇ 「線状降水帯」という言葉はいつごろから知られるようになったのか

線状降水帯という言葉は、1998年~2003年に梅雨期の九州で発生した長さ100km規模の線状の降水現象をターゲットとした研究がきっかけと言われている。この研究に携わった研究者たちが線状降水帯という言葉を用いた。ただ、当時は気象の専門用語の1つに過ぎなかった。
 
この言葉が一般に知られるようになったのは、2011年7月の新潟・福島豪雨の報道で用いられたことからだという。
 
このときは、繰り返して新たな積乱雲が発生する現象を意味する「バックビルディング」のほうが知られていたが、その後、各地で起こる線状降水帯による大雨とともに、この言葉が浸透していった。
 
2017年には、新語・流行語大賞の候補語の1つに、「線状降水帯」がノミネートされた。ちなみに、この年は「インスタ映え」と「忖度(そんたく)」が大賞を受賞し、線状降水帯はトップ10入りを逃している。

◇ 線状降水帯は頻繁に発生している

ここで、災害をもたらした最近の線状降水帯の発生について見てみよう。気象庁のホームページなどでは、例として次の豪雨や大雨が挙げられている。
 
2011年「平成23年7月新潟・福島豪雨」
2014年「平成26年8月豪雨(広島)」
2015年「平成27年9月関東・東北豪雨」
2017年「平成29年7月九州北部豪雨」
2018年「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」
2020年「令和2年7月豪雨」
2021年「令和3年7、8月の大雨」
2022年「令和4年台風第14、15号」
2023年「令和5年6-7月の大雨」
 
最近は、毎年のように、日本のどこかで線状降水帯による豪雨や大雨が発生していることが分かる。

◇ 「富岳」などのスパコン投入で予測の強化を図る

大雨により災害をもたらしている線状降水帯だが、これまでその発生予測やその危険性の呼びかけは難しいとされてきた。その理由として、

(1) 水蒸気の鉛直構造(水平面と垂直な方向の水蒸気の分布状態など)や流入量が、特に海上で正確に分かっていない

(2) 個々の積乱雲の発生等を予測できないため、いつどこで線状降水帯による大雨が発生し、どのくらいの期間持続するのか事前には分からない

(3) 予測技術を踏まえた線状降水帯による大雨の危険性の呼びかけができていない

といったことが挙げられている。
 
(1)については、気象衛星観測や洋上観測などで、最新のセンサーを活用したり、船舶による全球測位衛星システム(Global Navigation Satellite System, GNSS)での水蒸気観測に世界で初めて取り組んだりするなど、観測の強化が図られている。
 
2028年度ごろに打ち上げられる予定の次期静止気象衛星「ひまわり10号」には、赤外サウンダという水蒸気量を調べるための新しい機器が搭載される計画となっており、線状降水帯のさらなる観測技術向上が期待される。
 
また、(2)については、2024年3月に気象庁の新しいスパコンが導入され、予報時間を従来の10時間から 18時間に延長した水平解像度2kmの数値予報モデル(局地モデル)を運用開始したのをはじめ、スパコンの中では有名な「富岳」を活用して大学や研究機関との共同研究を進めるなど、予測の強化が図られている。

◇ 「大雨の危険性」を呼びかける時期を前倒し

さらに、(3)の線状降水帯による大雨の危険性の呼びかけについては、明るいうちから早めの避難を行うために、大雨予測の対象地域を狭めたり、呼びかける時期を前倒ししたりするなどの改善が段階的に図られてきた。
 
2024年5月からは、府県単位で半日前からの呼びかけをする運用が行われている。2029年には、市町村単位で、危険度の把握が可能な情報を半日前から提供する予定とされている。
 
一方、実際に大雨に見舞われたときの、迫りくる危険から直ちに避難するための情報発信についても、早期化が進められてきた。
 
気象庁は2021年6月から「顕著な大雨に関する気象情報」を発表しているが、2023年5月からは予測技術を活用して、その発表を最大30分程度前倒ししている。2026年には、2~3時間前を目標に発表を行う予定とされている。

(2024年08月06日「研究員の眼」)

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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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