1――はじめに
ファイアウォールは基本書などでは抽象的に説明がなされることも多いが、本事例では具体的な行為が金融庁プレスリリースに記載されている。
そこで本稿ではプレスリリースに則って具体的事例を確認しつつ、翻ってファイアウォール規制がどのように規定されているのかを見ていきたい。
2――ファイアウォール規制と法人関係情報の問題
A社はBKに対してA社株式の売出しに関する非公開情報を伝えていた。また、A社役員みずからがBKに対して系列証券会社(S1、S2)への情報提供の禁止を再三にわたって伝えていた。しかしBK専務執行役(当時)は、系列証券会社が株式売出しの主幹事を獲得するため、売出しの実行時期、金額、方法に関する情報をS1の役職員に伝達した。S1の職員はさらにS2の職員に伝達した。
これを受け、S1およびS2の役職員は当該非公開情報を利用して営業戦略を企画し、A社に対して引受契約の締結に係る勧誘を行った。
後述の通り、証券会社(法律上は第一種金融商品取引業者)は、顧客企業の書面等の同意がなければ非公開情報の提供・受領を行うことが禁止されている。ところが証券会社であるS1に非公開情報を提供したBKでは、役員がA社との間で情報をS1に伝達する黙約があると代表取締役に虚偽の報告を行っただけで、BK内ではそれ以上の対応は行われなかった。
そして、S1の代表取締役副社長はBKからA社の非公開情報を受領したうえで、社内で共有するとともに、S2へも伝達した。S1およびS2においてもコンプライアンス部門に報告を行うなどの対処はなされなかったようである(図表1)。
B社は企業買収を予定しており、買収資金に係る融資契約の締結に向け、B社はBKと交渉していた。その交渉過程で本件買収の実施予定に関する非公開情報をBK行員が受領した際、BK行員は、B社から求められて本件買収に係る秘密保持契約を交わした。それにもかかわらず、BK行員はB社の秘密保持契約に反し、S1に非公開情報を提供した。
S1はB社の企業買収に係る非公開情報にかかる情報共有が法令違反であると知りながら、非公開情報を受領し、これをS1の代表取締役副社長(当時)を含めた社内関係者に共有し、さらにS2に提供した。事例2について、各社ともコンプライアンス部門への報告等はなされていない。
事例1ではおそらくA社のメインバンクであろうBKが、そのグループ会社であるS1、S2に主幹事を取らせるために、A社の明示的な意向に反してS1、S2に非公開情報を提供し、S1、S2はこれを受領している。事例1では、A社はS1、S2を通じてBKの意向に影響を受けた可能性がある。またこのような競争上の優位性が、手数料の水準や純粋なサービスレベルなどによらずに生じたことにより、証券市場の公正な競争の確保に支障をきたした可能性がある。そしてこの情報の共有についてA社の明示的な意向に反して行われていたため、上述の府令153条1項7号に違反する(対象は、S1、S2)。
また事例2では、B社とBKの間でBKの親子会社の情報共有の同意どころか、守秘義務契約まで締結しているのにもかかわらず、グループ内で情報を共有してしまっている。事例2も同様に府令153条1項7号に違反する。リリースでは事例2についてその後の系列証券会社の動きが記載されていないが、企業買収にかかわる何らかの取引への参入を持ちかけていると推測される(対象はS1)。
1 正式名称は金融商品取引業者に関する内閣府令という。
2 松尾直彦「金融商品取引法(第6版)」(2021年商事法務)p484参照。
法人関係情報とは概略、上場企業等の運営・業務・財産に関する公開されていない重要な情報であって顧客の投資判断に影響を及ぼすと認められるものなどをいう(府令1条4項14号)3。上述事例1は株式の売出し、事例2は企業買収であるから、一般に非公開の間はインサイダー情報に該当(法166条2項1号イ、政令28条2号)し、かつ当該情報は上述の府令の定義から法人関係情報に該当する。
法人関係情報に関する規制理由はインサイダー取引の未然防止である。言い換えると、非公開の情報を取得した証券会社および登録金融機関(銀行)の自己売買部門や、その他の役職員が個人でインサイダー取引を行うことを防止する趣旨のものである。法人関係情報について法令では「その取り扱う法人関係情報に関する管理又は顧客の有価証券の売買その他の取引等に関する管理について法人関係情報に係る不公正な取引の防止を図るために必要かつ適切な措置を講じていないと認められる状況」にあることが禁止されている(法40条2号、府令123条1項5号)(対象はBK、S1、S2)。
3 本文のほか、公開買付け、これに準ずる株券等の買い集めおよび自己株式等公開買付けの実施、中止の決定に係る公開されていない情報(軽微基準について例外あり)も含まれる。