コラム
2024年02月09日

損保ジャパン行政処分の背後にあるもの-査定にかかわる損保の特徴

保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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2024年1月25日、金融庁は損保ジャパンとSOMPOホールディングスに対してビッグモーターの事案にかかわる業務改善命令を出した1。この行政処分およびその前提となった事案については多数の報道がなされており、事案の詳細はそちらをご覧いただきたい。

簡単に事案の概略だけ述べると、ビッグモーターは損保ジャパン(及びその他の損害保険会社)から保険募集委託を受けると同時に事故車両の修理も行っており、損保ジャパンは修理工場の決まっていない事故車両をビッグモーターへ入庫紹介していた。損保ジャパンでは、ビッグモーターで行った自動車保険の対象となる車両の修理については、保険支払いの際の査定(損害調査)を簡易化した手順にしていた。ここで不正請求が発覚し、いったん入庫紹介を停止したものの、損保ジャパンは、入庫紹介実績で自賠責保険を各損害保険会社に割り振るというビッグモーターの方針を踏まえ、簡易査定の方式の変更もしないまま入庫紹介を再開したというものである。

ここでまず解説したいのは、生命保険と比較した損害保険の査定の特徴についてである。それによって筆者の考える今回の事件の背景を説明したい。ここで査定というのは若干あいまいな用語だが、たとえば生命保険の加入時審査や損害保険の支払調査なども査定に広く含めて述べる。

ところで平成8年施行の改正保険業法において、生命保険会社(以下、生保会社)と損害保険会社(以下、損保会社)は子会社方式で相互参入が認められることとなった。これを受け、大手生保会社は損保子会社を、大手損保会社は生保子会社を設立した。結果としては、生保会社の損保子会社は他の損保会社と合併するなど単独で大きく成功した例がほぼ見当たらないのに対して、損保会社の生保子会社には成功例が存在する。特筆すべき成功例としては、東京海上日動あんしん生命2が挙げられる。この違いは査定の仕方の相違に起因するものと筆者は考えている。

保険会社の査定には加入時の査定と支払査定とがある。生保会社においては、通例、支払査定は簡易で済む3。死亡保険であれば死亡した事実さえわかれば保険金は定額(保険法2条8号)なので、それだけで支払が可能になる。そのかわり、伝統的な保険では、加入時には詳細な告知を求めるなど加入時の査定は厳格である4。加入時の査定・支払査定は本店で行うので、生保会社は本店集中型の事務体制で全国展開が可能である。そのため、小さく生保会社の本体を作って、既存の代理店網を利用したり、通信販売やネット販売をしたりすることでも収益が期待できる。

他方、損保会社においては、例えば自動車保険の加入時の査定は簡易である。伝統的な自動車保険では運転者の等級、ナンバープレート、車種、免許証の色程度を確認するだけである。このため、自動車保険契約については損保代理店が締結代理権を有しており5、損保会社の本店が絡むことなく自動車保険契約が成立する。販売にあたってはネット販売や通信販売も可能である。

そのかわり、損保会社の事故発生時の査定(支払調査)については多くの手間を要する。これは損害保険契約が実損をてん補(保険法2条6号)するものであるからである。たとえば、自動車事故においては事故の状況、過失の有無・割合、被害の程度、車両修繕費用の見積もりなど現場に行かなければ、支払うべき金額が判明しないことが多い。事故は全国で発生することから、全国で事故調査・支払査定を行うため、大きなコストが発生する。このため新規で損保会社に参入し、利益を出すには高いハードルがある。

さて、損保会社の事業状況を見るには、損害率と事業費率が重要である。損害保険金と事業費は保険料から支払われ、残りが利益となる。損害保険ファクトブック6によると2022年の損保業界全体の損害率が64.9%で、事業費率が32.6%となっている。残余は2.5%しかない。損害率は実際に発生した損害なので損保会社が適正な査定を行うことで過剰な支払いを防ぐ程度の努力しかできないが、損保業界にとっては事業費率の削減、中でも支払査定時のコスト削減が急務となっている。

そうすると全国規模で修理工場を有している企業が支払査定手続の一部でも補助してもらうことができ、かつ自賠責の紹介を受けることで売上高の増加にもつながる。これがビッグモーター事件の背後にあるものと筆者は考えるところである。ただし、ビッグモーターの行った行為は、ふたを開いてみれば、売上高を上昇させ、事業費率7を減少させても、損害を故意に広げることで損害率を悪化させることになるので、結局は保険事業として適切・合理的なものではなかった。

金融庁公表資料によれば、損保ジャパンは持株会社からの圧力で、トップライン(売上高)を増やそうとしていたとのことであるが、結局はボトムライン(利益)を減少させることにつながる事案であった。生保・損保にかかわらず、保険事業である以上、加入時・支払い時の査定は事業の根幹であり、正確かつ的確に行わなければならない。その意味では損保ジャパンは走る方向を間違えたということなのだろう。
 
1 https://www.fsa.go.jp/news/r5/hoken/20240125/20240125.html 参照。
2 https://www.tmn-anshin.co.jp/ 参照。
3 もちろん、疑義のあるケースでは自殺(現行約款によると契約時から3年以内)かどうか、被保険者故殺がなかったかなどの確認は要すし、災害割増特約などでは偶然の事故かどうか確認を要する。しかし、基本は被保険者の死亡を証明する公的書類があればよい。
4 昨今は、簡易告知の商品も増加しており、このような商品では加入時査定が簡素化されている。
5 生命保険募集人は保険の媒介はするが、代理はできないのが通例である。締結権は生保会社の本店(代表取締役)にある。
6 https://www.sonpo.or.jp/report/publish/gyokai/ev7otb0000000061-att/fact2023_full.pdf 参照。
7 なお、支払査定のコストは損害率に加算されている可能性もあるが、確たる情報が見当たらなかった。
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保険研究部   常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

(2024年02月09日「研究員の眼」)

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【損保ジャパン行政処分の背後にあるもの-査定にかかわる損保の特徴】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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