2024年08月02日

史上最高値圏を維持する金価格~今後の展開を考える

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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2.日銀金融政策(7月)

(日銀)利上げ決定+国債買入れの減額計画決定
日銀は7月30~31日に開催した金融政策決定会合(以下、MPM)において、政策金利である無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0~0.1%程度から0.25%程度へと引き上げた(賛成7・反対2)。

また、日銀は、前回6月MPMで予告していた通り、長期国債の買入れ減額について具体策を決定のうえ公表した。8月以降、原則として毎四半期4000億円ずつ買入れを減額し、26年1~3月期に3兆円程度と現状比でほぼ半減させる。この間、来年6月のMPMにおいて減額計画の中間評価を行い、必要と判断すれば、適宜修正を加えること、同時に26年4月以降の買入れ方針を検討して結果を公表することとした。さらに、長期金利の急激な上昇への備えとして、国債オペの増額や指値オペ・共通担保資金供給オペの仕組みを存置したほか、「必要な場合には、MPMにおいて減額計画を見直すこともありうる」と明記するなど、計画に柔軟性も持たせている。
 
声明文では、「政策金利の変更後も、実質金利は大幅なマイナスが続き、緩和的な金融環境は維持されるため、引き続き経済活動をしっかりとサポートしていくと考えている」と現状は依然として緩和的な金融環境であることを指摘するとともに、「現在の実質金利がきわめて低い水準にあることを踏まえると、今回の展望レポートで示した経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えている」と今後の利上げに対して前向きな方針を示した。

なお、声明文とともに公表された展望レポート(四半期に一度公表)では、消費者物価上昇率(除く生鮮食品)の政策委員大勢見通し(中央値)について、政府のエネルギー対策を織り込む形で24年度分を前回4月分からやや下方修正する一方で25年度分を上方修正したが、26年度にかけて概ね2%で推移するとのシナリオを維持した。ただし、物価見通しのリスクバランスについては、24 年度と25 年度について「上振れリスクの方が大きい」と指摘した(前回は24年度のみ)。
 
会合後の総裁会見において、植田総裁は今回利上げを決定した背景について、賃上げの広がりや賃金上昇を販売価格に反映する動きの強まりを指摘したうえで、経済・物価が「これまで展望レポートで示してきた見通しに概ね沿って推移」していることを挙げた。また、これまでの円安もあって、「物価の上振れリスクには注意する必要もある」点も付け加えた。さらに円安の影響については、「消費者物価見通しはほとんど前回と比べて動いていないということですので、物価見通しのところに大きな影響を与えたということではない」一方で、「物価見通しに対して現実が上振れるというリスクとしては、かなり大きなものである」と説明した。
 
利上げによる景気への影響については、「利上げといっても、(中略)金利の水準あるいは実質金利でみれば、非常に低い水準での少しの調整ですので、景気に大きなマイナスの影響を与えるということではない」との認識を示したほか、「利上げを単体で取れば、(中略)総需要にマイナスの影響がある」ものの、「背景として賃金や物価が上昇しているという中での動きですので、経済・物価がこれを契機に減速するというふうには必ずしもみていない」と述べた。

住宅ローンへの影響については、「金利自体が上がっても元利払い額は 5 年間据え置かれる(いわゆる5年ルール)というものが多いというふうに認識しています。そうしますと、5 年間賃金が先に上がっていって、その後、利払い額が上がるということで負担もかなり大きく軽減される」との認識を示した。
 
今後の利上げ方針については、声明文同様、「経済・物価の情勢が私どもの見通しに沿って動いていけば、(中略)引き続き金利を上げていく」、「様々な指標を確認しつつ、ある程度まとまって見通し通りであるということが判断できれば、そこで次の判断をしていく」と述べ、過去30年超えたことのない水準である0.5%の壁に対しても、「(壁として)特に意識していない」と否定的な見解を示した。

さらに、年内の追加利上げの可能性については、「ここから先のデータ次第」と前置きしつつも、その可能性を否定しなかったが、「ここまで上げてきた利上げの影響についても確認しつつということに当然なる」と補足した。

中期的な政策金利の到達点に関しては、「中立金利に関して大幅な不確実性があるという点は認識が変わっていない」、「中立金利の傍まで行ったときに、どの辺で利上げをストップするのかという問題は、大きな課題として依然として残っている」と今後の検討課題であることを認めた。一方で、「現状では、その不確実な範囲よりはかなり下にあるという点で、そこの範囲での調整である」、「以前から申し上げてるような中立金利に関するレンジを前提としますと、まだ暫くそういうところには入ってこない」と付け加えた。
 
長期国債の買入れ減額に関して、目指すバランスシートの規模については、「国債の保有残高ということで言いますと、約 2 年後に私どもの試算では、今回の計画によって 7~8%程度減少する」、「ただ、これはまだおそらく長期的に望ましい水準よりも高い水準であるというふうに思っている」と述べ、長期的に望ましい水準を徐々に見極めていく方針を示した。

これに関連して、今回示した国債買入れ減額の影響については、「長期金利を下げるという方向での残高効果ないしストック効果が少し減ることになりますけれども、(中略)そこからくる金利上昇圧力は大したものではない」との認識を示した。
長期国債月間の買入れ予定額/展望レポート(24年7月)・政策委員の大勢見通し(中央値)
(受け止めと今後の予想)
日銀が正常化を志向していること自体は前向きに評価しているが、足元の消費に弱さが目立つ一方、「賃金と物価の好循環」の明確化・持続性を示すデータも未だ十分とは言い難いこと、長期国債買入れ減額との同時決定・開始によって今後想定外に金利が上昇したり不安定化したりするリスクも高まりかねないことを踏まえると、あえて今回利上げまで決める必要があったのか(データをさらに見定めつつ秋の利上げを検討する選択はなかったのか)という点は疑問が残る。 9~10月には自民党総裁選や衆院解散総選挙で動きづらくなるリスクを重視した可能性もあるが、日銀が正常化に前のめりになっている印象も否めない。

なお、今回示された長期国債の買入れ減額の内容については、今後2年弱にわたる国債買入れ予定額を詳細かつピンポイントで示すことで予見可能性を担保するとともに、来年6月に中間評価の機会を設けるなど一定の柔軟性(修正の余地)も確保されており、予見可能性と柔軟性のバランスがとれた内容と評価している。
 
今後については、上述の通り、植田総裁が「今回の利上げは非常に低い水準での少しの調整」であり、「まだしばらくの利上げは(不確実な)中立金利に範囲に入ってこない」との認識を示していることを踏まえると、中立金利の議論の影響を受けにくい0.75%~1%程度までは比較的躊躇なく政策金利を引き上げていく可能性が高そうだ。

従って、今後については、データを確認する期間を数カ月取った後、来春闘での高めの賃上げ継続が見通せるようになることも踏まえ、「経済・物価が見通しに沿って推移している」と評価し、今年12月に0.50%程度へ利上げすると見込んでいる。その先は、来年7月に0.75%程度へ利上げすると予想している。

3.金融市場(7月)の振り返りと予測表

3.金融市場(7月)の振り返りと予測表

(10年国債利回り)
7月の動き(↗) 月初1.0%台半ばでスタートし、月末は1.0%台半ばに。
月初、日銀短観を受けた金融政策正常化観測の高まりや米大統領選でインフレ的な政策を掲げるトランプ氏再選への思惑から2日に1.1%に到達。その後も、日銀による大幅な国債買入れ減額への警戒や早期利上げ観測が金利下支えに働いたものの、米経済指標の悪化や物価指標の鈍化を受けた利下げ観測が抑制要因となって徐々に低下し、15日には1.0%台前半に。以降は日本政府・自民党の要人から日銀の利上げを後押しするような発言が相次ぎ、利上げ観測によってじわりと上昇、24日には1.0%台後半に。月終盤には米物価上昇率鈍化や日銀の利上げ観測後退を受けて一旦1%を割り込んだものの、月末には日銀による利上げ決定(+国債買入れ減額の具体策決定)を受けて1.0%台半ばへ上昇した。
日米長期金利の推移(直近1年間)/日本国債イールドカーブの変化/日経平均株価の推移(直近1年間)/主要国株価の騰落率(7月)
(ドル円レート)
7月の動き(↘) 月初161円台前半でスタートし、月末は152円台半ばに。
月初、大きく開いた日米金利差を背景に37年半ぶりの円安水準となる161円台での推移が継続。その後、米CPIの鈍化や政府による円買い介入とみられる動きを受けて円高が進み、12日以降は158円台に水準を切り下げて推移。その後はトランプ氏によるドル高是正宣言、日本政府・自民党の要人から日銀の利上げを後押しするような発言、バイデン米大統領の大統領選出馬撤回に伴う不透明感を嫌気した円売りの手仕舞いといった円高材料が相次ぎ、円が急伸。25日には153円台に下落。その後は日米中銀の政策決定を控えて様子見地合いとなったが、月末には日銀の利上げ決定を巡る観測報道を受けて円が急伸し、152円台前半に(夕刻には150円台に)。
(ユーロドルレート)
7月の動き(↗) 月初1.07ドル台半ばでスタートし、月末は1.08ドル台前半に。
月初、1.07ドル台で推移した後、米経済指標の悪化を受けて、4日に1.08ドル台に上昇。その後も米CPIの鈍化を受けた米利下げ観測によって上昇し、15日には1.09ドル台に到達した。しばらく1.09ドル台でユーロが底堅く推移したが、持ち高調整的なユーロ売りが入り、19日には1.08ドル台に下落(なお、18日のECB理事会では予想通り据え置き、先行きの政策に対する強い示唆も無く、ほぼ無風通過となった)。月末にかけても米欧の利下げを巡る思惑が交錯し、1.08ドル台での推移が継続した。
ドル円レートの推移(直近1年間)/ユーロドルレートの推移(直近1年間)
金利・為替予測表(2024年8月2日現在)
 
 

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(2024年08月02日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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