2024年08月02日

英国金融政策(8月MPC公表)-評価が割れるなか、利下げを決定

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:政策金利の引き下げを決定

英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、8月1日に金融政策の方針を公表した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
政策金利を5.00%に引き下げ(5対4で、4名は5.25%に据え置きを支持)

【議事要旨等(趣旨)】
成長率見通しは24年1.25%、25年1%、26年1.25%(24年のみ上方修正)
インフレ率見通しは24年2.75%、25年2.25%、26年1.5%(10-12月期の前年比、24年のみやや上方修正)
利下げに投票した委員(5人)のうち数人にとって決定は微妙なバランスであり、インフレの持続性は決定的に解消されている訳ではなく、見通しには上方リスクが残っている
据え置きに投票した委員(4人)は、中期的な均衡失業率の上昇、潜在成長率の低下、長期中立金利の上昇などの構造変化がインフレの持続性に寄与しているリスクが高いと考えている

2.金融政策の評価:タカ派姿勢の強い利下げ

イングランド銀行は今回のMPCで政策金利の引き下げを決定した。23年8月に政策金利を5.25%に引き上げ、7会合連続で金利を据え置いた後、今回利下げに着手したことになる。市場予測は利下げと据え置きで割れていたものの、やや利下げの見方が優勢であり1、概ね予想通りの結果だったと言える。委員会内でも、決定は5対4の僅差だった。

なお、利下げに投票した委員でも、一部は見通しには上方リスクが残っているとして、インフレの持続性に対する警戒感は引き続き強いことが明らかになっている。声明文でも、従前より警戒されていたサービスインフレの粘着性の他に、今回は、足もとの成長率が予想より強いことを受けた需要の強さや、構造要因といった要素がインフレリスクとして指摘されている。

また、今後の金融政策については、声明文で「委員会は引き続きインフレの持続性に対するリスクを注視し続け、各会合で金融政策の制限度合いを適切に決定する」として、今後の政策金利経路に対する情報はほぼ無かった。総じてタカ派姿勢の強い利下げ決定だったと言える。

一方、政策決定と同時に公表された金融政策報告書(MPR)では24年の成長率とインフレ率をやや上方修正したものの、25年以降の見通しは成長率、インフレ率ともに変更されなかった。そのため、今後のデータが引き続き中銀の想定通りにディスインフレ傾向を辿るのであれば、見通しの前提となっている政策金利パス(市場で織り込まれている政策金利経路)が利下げペースの目安になるだろう2。ただし、中銀が指摘するようにインフレリスクは残っており、今回の見通しには、新政権発足後の財政政策は織り込まれていない。今後の金融政策動向を左右する要因として、引き続きインフレに関連するデータ(CPI、賃金上昇率、財政政策など)への注目度が高い状態が続くと見られる。
 
1 例えば、ブルームバーグの予想中央値は0.25%の利下げとなっていた。
2 例えば、ブルームバーグの予想中央値は0.25%の利下げとなっていた。

3.金融政策の方針

今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
 
  • MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、持続的な経済成長と雇用を支援する
    • MPCは中期的かつフォワードルッキングなアプローチを採用し、持続的なインフレ目標達成に必要な金融政策姿勢を決定する
    • 委員会は政策金利(バンクレート)を0.25%引き下げ、5.0%とする(5対4で決定3)、4名は政策金利を5.25%で維持することを希望した
 
  • 委員会は経済活動とインフレ率の最新見通しを8月の金融政策報告書で公表した
 
  • CPIインフレ率は5月と6月にMPC目標の前年比2.0%となった。CPIインフレ率は前年比でみた昨年のエネルギー価格の低下による影響が剥落し、今年下半期には2.75%程度まで上昇し、国内インフレ圧力の持続性がより明確になる
    • 民間部門の週平均賃金上昇率は3-5月期には5.6%に低下、サービスインフレは6月に5.7%に低下した
    • GDPは今年、これまでのところかなり急に上昇しているが、基調的な勢いは弱まっていると見られる
 
  • 委員会の中期的なインフレ見通し評価の枠組みは、1次的影響と2次的影響を区別している
    • MPCはより持続的なインフレ圧力を捉える2次的影響に焦点をあててきた
    • 委員会は引き続き幅広い指標から得られる証拠を注視する
 
  • 委員会はヘッドラインインフレ率の低下とインフレ期待の正常化が引き続き賃金や価格転嫁姿勢を抑制すると予想する
    • GDPが潜在生産量より低下し、労働市場がさらに緩和するにつれ、経済の弛み(slack)は拡大するだろう
    • 国内インフレの持続性は金融政策の引き締め姿勢のために、今後数年で解消されると見られる
 
  • しかしながら、中期的に、2次的効果から生じるインフレ圧力がより永続化するリスクがある
    • 予想よりも強い需要や、均衡失業率の上昇といった構造要因が域内の賃金と物価設定により永続的な影響を及ぼす可能性もある
    • さらに、金融政策の引き締め度合いが委員会の現在の評価に織り込まれているよりも弱い可能性もある
 
  • これらの考慮事項のバランスを考え、委員会は今回の会合で政策金利を5%に引き下げることを決定した
    • 現在、政策の引き締め度合いをやや緩和することが適切と言える
    • 過去の外的ショックの衝撃は弱まり、インフレの持続リスクの緩和には一定の進展があった
    • GDPは予想より強いものの、制限的な金融政策は実態経済への重しになり続け、労働市場を緩和させ、インフレ圧力を抑制している
 
  • 金融政策は、中期的に、インフレ率の持続的な2%目標への回帰に対するリスクがさらに解消するまで、引き続き十分な期間(sufficiently long)、制限的にする必要がある
    • 委員会は引き続きインフレの持続性に対するリスクを注視し続け、各会合で金融政策の制限度合いを適切に決定する
 
 
3 今回の見通しにおける政策金利の前提は24年10-12月期で4.87%、25年10-12月期で4.09%、26年10-12月期で3.67%。ただし、見通し後半部分のインフレ率が2%を割れているため、中期的にはこの政策金利前提がやや高いことが示唆されている。なお、中銀が行う8月の市場参加者調査(MaPS)では年内合計で0.50%(今回の決定を除きあと1回分)の利下げが予想されている。

4.議事要旨の概要

記者会見の冒頭説明原稿や金融政策報告書および議事要旨の概要(上記金融政策の方針で触れられていない部分)において注目した内容(趣旨)は以下の通り。
 
  • GDP成長率見通しは、2024年1.25%、25年1%、26年1.25%
    (6月時点では、24年0.5%、25年1%、26年1.25%)
    • CPI上昇率は、2024年2.75%、25年2.25%、26年1.5%(10-12月期の前年比)
      (6月時点では、24年2.5%、25年2.25%、26年1.5%)
    • 失業率は、2024年4.5%、25年4.75%、26年4.75%(10-12月期)
      (6月時点では、24年4.25%、25年4.75%、26年4.75%)
 
(インフレ評価)
  • 最新の6月の数値では、家計のエネルギー価格は▲27%だった
    • 消費者物価指数で4%のウエイトがあるため、現在、ヘッドラインインフレ率を1%ポイント押し下げている
    • 昨年の減少効果が前年比から外れる今年の残りは、この家計のエネルギー価格のマイナス寄与が解消される
 
  • コア財インフレ率はここ2年で急激に低下しており、今後数か月は低水準にとどまると見られる
    • 国際市場で取引される財であり、供給網の回復と中国といった主要な供給国でデフレの兆しが見られるため、世界的な財インフレが英国消費者の財インフレを低位に抑制する助けになるだろう
 
  • サービスインフレの強さの大部分は指数連動型あるいは規制価格の品目要素の上昇により説明される
    • これらの要素や他の航空運賃やホテルといった変動が大きい要素を除いたサービスインフレは低下している
    • これは今後数か月のサービスインフレの方向性を示す良い指針となるだろう
 
(当面の政策決定)
  • 委員会は政府支出圧力に関する7月29日の声明についての説明を受けた
    • 政府は10月30日の予算で財政政策姿勢の変更について発表する予定である
    • これらは11月の金融政策報告書の見通しに反映される予定である
 
(政策金利決定)
  • 現在の制限的な金融政策によるインフレ圧力の解消度合い、構造要因や需要の勢いの強さといった結果で起こり得るインフレの持続度合いについて、委員によって異なる可能性が示された
    • 委員会は、政策金利が現在の水準から引下げられても金融政策姿勢が制限的でありつづけるだろうと認識している
 
  • 5人のメンバーが今回の会合で政策金利を0.25%ポイント引き下げることを希望した
    • 政策の引き締め度合いをやや緩和することが適切と言える
    • 過去の外的ショックの衝撃は弱まり、インフレの持続リスクの緩和には一定の進展があった
    • インフレ期待は正常化しており、意思決定者パネル調査のようなフォワードルッキングな指標では、賃金と物価上昇圧力の緩和が示されている
    • 最近のサービスインフレの強さは、一部には、より変動の大きい要素の動きを反映している
    • GDPは予想より強いものの、制限的な金融政策は実態経済への重しになり続け、労働市場を緩和させ、インフレ圧力を抑制している
    • これらのメンバーのうち数人にとって、決定は微妙なバランスだった
    • インフレの持続性は決定的に解消されている訳ではなく、見通しには上方リスクが残っている
 
  • 4人のメンバーがこの会合で政策金利の5.25%の維持を希望した
    • 5月報告書対比でのサービスインフレとGDPの上振れニュース、高止まりする賃金上昇率は、2次的効果として最頻値見通しに織り込まれた以上に、賃金と物価設定の行動に影響することが示唆される
    • 現在まで、外部要因である国際的な食料品やエネルギー価格がヘッドラインインフレ率の主要な低下要素となっている
    • 対照的に、基調的な国内インフレ圧力はより定着しているように見える
    • これらの委員は、中期的な均衡失業率の上昇、潜在成長率の低下、長期中立金利の上昇といったより永続的な構造変化が国内のインフレの持続性に貢献しているリスクが高いと考えている
    • また、こうした上昇圧力が顕在化しないという強い確証が得られるまで、政策金利を現在の水準で維持することを希望した
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2024年08月02日「経済・金融フラッシュ」)

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

     ・SBIR(Small Business Innovation Research)制度に係る内閣府スタートアップ
      アドバイザー(2024年4月~)

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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