2024年07月31日

人生は取説を読むには短すぎるのか?

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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4――トリセツを読むのはタイパが悪い

前述した株式会社CTの調査、菅野らの「取扱説明書実態調査」、どちらの調査においてもトリセツを読まない理由として「読まなくても使い方がわかる場合が多い」と回答した割合が4割を超えている。また、「購入前に動画や画像ですでに使い方を確認している」ことを理由に挙げている者もおり 、なんとなく使える気がするという過信や慢心がトリセツを読まない大きな要因であると言えるだろう。併せてClarkson (2007)7の調査からもわかる通り、実際にいじってみて使い方を慣れていくことが好まれる分野があるのも事実だ。

一方で、上記の通り「読んでも意味が分からない」、「見ただけで読みたくなくなる」といった怠惰さがトリセツを敬遠する大きな要因と言えるだろう。冒頭で取りあげた、様々な規約や細かい取扱説明書などを代わりに読み、要点をまとめている動画は、このような人々から強く支持されていると言えるだろう。二次ソースで信憑性が疑わしい情報であっても「自身が読むのはめんどくさい」「知った気になれればそれでいい」「どうせ自分で読むわけではないから信憑性は二の次(その情報が正確ならラッキー)」くらいの感覚で消費されているのであれば、それらの動画でもニーズを十分に満たせてしまうのである。読めばその機能の全てを知ることができるためトリセツは最も合理的な習熟方法であるにもかかわらず、目の前にあるトリセツを無視してわざわざインターネット検索して、信憑性が保証されていない二次ソースを探すという非合理的な行動をとっているわけだが、そのような行動をとる消費者にとってはそれが合理的な行動なのである。

「Life Is Too Short to RTFM」では、過剰な機能に対して消費者が苛立ちを覚えたり、マニュアルを読むことそのものに対してもイライラや否定的な態度が見られることにも言及されている。参考値ではあるが筆者が行った「トリセツに関するインタビュー調査」8でも同じような傾向が見られ、はじめて使用する機械に対してイライラした経験があると答えた割合は89%で、内4割がその後トリセツを読んではいないと回答した。彼らの8割以上はネットで使い方を調べ、調べない者はうまく使えないことに対して我慢したり諦めたりすると回答している。

トリセツや契約書を読むのが面倒だという背景には時間がかかるという点と、専門知識がなければ理解できないという点が影響していると推定できるわけだが、いずれにせよ他人がトリセツを読み込んだ時間や、専門知識を取得するためにかかった時間や費用といった誰かが支払ったコストに便乗しているわけである。

この、自身のコストを極力かけずに時間を短縮し、特定の状態になる(ここではマニュアルを読んだ状態になる)ことを目指す行為は、タイパ(タイムパフォーマンス)の追求と言えるだろう9。筆者はタイパの追求には様々なパターンがあると考えている。例えば、時間短縮の側面である。これは作業の効率化のために追求されるタイパであり、自身の作業負担を減らしたり、時間を節約することで時間的余裕を生み出し、他の生産(労働)に時間を割く事が期待されるモノである。言い換えれば、やらなくてはいけない労働を効率化させるための手段ともいえる。以前は時短や裏ワザとも呼ばれ、やらなくてはいけない家事にかかる時間や手間を省く文脈で使用されてきた。

併せて、特定の状態になるために手間や時間を省くパターンも存在する。例えば、洗濯機を使える状態になることは、洗濯機を活用する上で必要な状態ではあるモノの、消費者にとってはその状態になること自体が目的ではない。あくまでも目的は洗濯が完了することにあるため、マニュアルを読むという行為が、直接洗濯が完了する=実働 という行為に寄与するわけではない(マニュアルを読んだからといって洗濯が終わっているわけではない)。そのため、洗濯機を使えるという状態を目指すのであれば、①説明書を読む、②他人がまとめた動画や要約(二次ソース)を閲覧する、③何も読まないでやる、といったように自身のかけるコストによってその手段は異なるわけだ。結果的に何も読まないで使用できてしまったのならば、コスト(時間)をかけずに洗濯機を使える状態になっているわけであり、①説明書を読む、と比較して断然タイパが良いと言える。
図6 洗濯機が使える状態になるための手段
1つ目のパターンにおいては、引っ張るだけで取り込める洗濯ハンガー、両面使える洗濯ネット、柔軟剤入り洗剤など、服を清潔にするという行為の中でかかる手間(時間)を省くための商品が市場に存在する。2つ目のパターンにおいては、その洗濯機の使い方を簡単にまとめた動画や他人のレビューやブログなどで使用感や使い方を知ったり、購入時に店員から使用方法を直接聞くこともできる。「使い方を知る」という目的を達成する上では“説明書を読まない”という選択も存在するわけである。
 
7 Clarkson, K. (2007). "What Do They Want? Using the student perspective to inform QUT's LMS replacement project". Paper presented at the BbWorld Asia Pacific, Gold Coast, QLD.
8 「取説に関するインタビュー調査」2024年6月1日~7月10日まで実施。N=200。対象は20~65歳の男女。
9 詳しくは筆者著『タイパの経済学』(幻冬舎)を参照されたい。

5――「消費者は電動ドリルのトリセツが読みたいのではなく、絵を飾りたいだけ」

5――「消費者は電動ドリルのトリセツが読みたいのではなく、絵を飾りたいだけ」

ここまでを踏まえて、経済学者であるセオドア・レビット氏の有名な「ドリルを買いにきた人が欲しいのはドリルではなく『穴』である」という格言について再考すると、消費者の本質により近づくことができる。この消費者は壁に穴をあけるために、ドリルを使用しなくてはならなくなり、ドリルを手に入れる必要が生まれたわけだが、通常意味もなく壁に穴をあけることはないので例えば「絵を飾る」といった明確な目的があり、その目的を達成する手段として「穴」をあけたいという欲求が生まれたに過ぎない。絵をかけることができるのであれば、ある意味どのような方法でもいい訳だが、この消費者は目的達成のために「穴」を開けるという手段を選んだといえる。穴をあけるためにドリルを購入する必要が生まれたわけだが、ドリルを購入する事自体は目的ではなく、それで穴をあける事、延いては絵を飾ることが目的である。そのため、その消費者がドリルを使用できる状態になるということは、直接「穴が開く=実働」 という行為に寄与するわけではない(マニュアルを読んだからといって穴が開いているわけではない)ため、タイパを追求する(マニュアルを読むという手間を省く)のならば手探りで電動ドリルを稼動させてみたり、買いに行ったホームセンターで店員に使い方を聞いたりしてドリルを使用できる状態になる手間を省こうとするわけである。消費者にとってはただ絵を飾りたいだけなのに、穴をあける→ドリルのトリセツを読む(ドリルを使えるようになる)→ドリルを購入する→ドリルを選ぶ→ドリルを買いに行く→家を出る、といったように遡れば、実際にはその目的を達成するためにかかる工程が多すぎる訳だ。だからこそ、穴が開いている状態を作るために必要ではない行為を省けるところは省きたいと考える消費者が現れるわけである。
図7 絵を飾るまでにかかる工程
なんなら絵を飾るという目的達成を必ずしも自分自身で完工する必要はなく、他人にやってもらえばドリルすら買う必要すらなくなる。

我々がトリセツを読まないのは、読むという行為そのものが問題解決そのものには直接寄与することはなく、読もうが読まなかろうがいずれ実働が伴うため手間を省きたいという心理や、モノによっては早く使いたい、早く問題を解決したいと、気持ちが走ってしまう事が要因にあると筆者は考える。

6――トリセツは「企業と消費者を媒介するコミュニケーション手段」

6――トリセツは「企業と消費者を媒介するコミュニケーション手段」

ここで話はそれるが、味の素冷凍食品株式会社が行った「冷凍餃子フライパンチャレンジ」10をご存じだろうか。これは、2023年5月、「ギョーザ」がフライパンに張り付いてしまったという1つのSNS投稿に対し、味の素冷凍食品が「フライパンを提供いただき、研究・開発に活用したい」と公式アカウントで返答したことからはじまったプロジェクトである。SNSでの呼びかけから「ギョーザ」をうまく焼けない消費者が多数いると知った味の素冷凍食品が、株式会社本田事務所と共に同様の問題が起こるフライパン3520個を回収し、マイクロスコープでの表面分析・3Dスキャンによるデータ収集・調理による解析を実施し、そのフライパンでうまく羽根つきギョーザが出来なかった原因を探究し、データを参考に商品改良を重ねている。

また、以前より理想的な形で冷凍餃子をきれいに焼けている人は全体の約8%に過ぎず、約25%は明らかに失敗した状態だという調査もあり、その原因を究明し、商品に反映できないか検討してきたという11。味の素冷凍食品の冷凍餃子は「油と水が不要」という特徴がある。それはパッケージや作り方にもはっきり明記されている。しかし、自身の裁量で勝手に水や油を加えて失敗する消費者もおり、これはいくら企業側が商品改良をしたところで防ぎきれない。製品やサービスを提供する側にとっては自社の製品から最大の便益を得てもらうためにトリセツを読んでもらう事を前提としているわけだが(ここで言う油と水は入れないでください)、消費者側がそれを読まなければそのメッセージを伝えることはできず、うまくいかなかったという結果と共にその商品(企業)に対する不満につながってしまう。使い方を知る(教える)という意味でトリセツという有形物そのものに価値はあるモノの、それが読まれなければ機能しないということからすれば、実態的には消費者がイニシアティブを持つ企業と消費者を媒介するコミュニケーション手段であると考える。

このような背景から、例えばパナソニックにおいては12、トリセツは「わかりやすい、楽しく、扱いやすい」ものでなくてはならないと定義付けており、製品ごとに専任のトリセツ担当者を配置し、いかにユーザーに分かりやすく伝えるかトリセツ内容の議論を重ねていくという。消費者がトリセツを読まないという事を前提に「読んでもらえるトリセツ」を作成し、色やレイアウトなど消費者が手を出しやすいアウトプットを検討している。実際にページを開いてもらえるトリセツの作成や、製品に寄せられる「お客様からの声」を内容に反映し、トリセツを改良することでユーザーからのクレームが著しく減ったという例も過去にあるという。

また、様々なゲームやアプリなどにおいてもプレイ方法や基本操作がわからないままサービスを使用して、使用感が悪い、内容がつまらないと、自分が悪いにも関わらず、サービスのせいにする消費者も少なくない。そのため、多くのゲームやサービスでユーザーが正しくサービスを活用できるように、「チュートリアル」プレイの機会を最初から組み込み、基本操作の解説を行う機会を設けている13
 
10 味の素「冷凍餃子フライパンチャレンジ」https://www.ffa.ajinomoto.com/enjoy/frypan/ (2024年7月25日閲覧)
11 グルメWatch「味の素冷凍食品、フライパンへの張りつきを改善した「ギョーザ」を2月発売」2024年1月31日 https://gourmet.watch.impress.co.jp/docs/news/1565287.html
12 家電Watch「読まない人も多いトリセツをいかに読んでもらうか、パナソニックの専門チームに聞いた」
2018年3月14日 https://kaden.watch.impress.co.jp/docs/column_special/panasonic_100th/1109549.html
13 多くの場合チュートリアル」プレイの対価にレアアイテムや使用できる機能の拡充がされるため、サービス提供側もチュートリアルがユーザーにとって退屈なモノであると認識しており、それでも必要な機会であると認識しているが故に対価を支払ってでも基本操作を学ぶ場を提供したいと考えているのだろう。

7――さいごに

7――さいごに

もちろん専門性が高い機器においては辞書の様に分厚いトリセツが同封されているのが普通であるが、一般消費者が使うレベルの電化製品やサービス程度であれば、そこまでトリセツも分厚くなく、真剣に向き合えばそこまで時間のかかることではないだろう。麻婆豆腐の作り方程度であれば1分間の作り方動画を見るよりも箱に書かれた作り方を読んだ方がきっと早く作り方を理解できるだろう。人生はトリセツを読むには決して短い訳ではない。しかし、消費者にとってはそのような些細な時間さえ「使用できるという状態になる」という工程に時間は割きたくないのだろう。正しくその製品の機能を最大限に活用できれば合理的にその製品を使用でき、消費者自身もそれは知ってはいるものの、結局面倒臭さがその合理性を上回り、説明書を読まない・二次ソースに頼るといった非合理的な行動に繋がってしまうのだろう。

さて、このレポートからも察していただけるように、消費者はめんどくさがり屋で、非合理的な行動をとる側面を擁している。トリセツを読まない消費者が悪いのは百も承知ではあるが、伝わらないコミュニケーションをとっても意味がないことも確かである。使い方を知らないが故に不必要なクレームに繋がったり、それこそ「マニュアルを読めばわかる(RTFM)」無駄な問い合わせをしてしまう消費者がいることも事実だ。そのような企業への負担を減らすためにも消費者はトリセツを読む努力をする必要があると思う一方で、消費者側がこんなだからこそ、企業側にはより消費者に寄り添った「伝えたい」という意思がトリセツ作成において必要であると考えている。

(2024年07月31日「基礎研レター」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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