2024年07月31日

人生は取説を読むには短すぎるのか?

生活研究部 研究員 廣瀬 涼

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本コラムのポイント

1――はじめに

1――はじめに

最近YouTubeやTiktokのオススメに“知らない人は損している”を謳い文句に社会の裏ワザや生活していく上での豆知識などを披露している動画が表示されることがある。様々な規約や細かい取扱説明書などを代わりに読み、要点をまとめることで、それらを読むことで得られるメリットを動画視聴者に提供していることが支持されているようだ。また、家具の組み立てから、料理の工程に至るまで視覚的な情報を基に目的を達成するための補助的コンテンツも人気であり、販売元やそれらの業界に精通している人々が「How To動画」を投稿している。そのようなHow To動画の中でも筆者が驚いたのが味の素株式会社の麻婆豆腐のパッケージだ。味の素が販売する 中華合わせ調味料「CookDo(クックドゥ)」シリーズの麻婆豆腐のパッケージには簡単な4つの工程の説明がわかりやすいイラストと共に掲載されている。見れば一目瞭然な作り方の説明であるにも関わらず、パッケージの上部には「1分でわかる!カンタンな作り方動画はこちら」とその簡単な工程を補助する動画が提供されていたのである。さすがに消費者に対して過保護過ぎないか?と思ったが、株式会社CTが行った「ユーザーのマニュアル活用に関する実態調査」1からもわかる通り、消費者(ユーザー)は紙形式のマニュアル・取扱説明書に対して64.0%が「使いづらい」と感じており、併せて83.8%が「動画コンテンツがあると、マニュアル・取扱説明書が使いやすくなる」とも思っている。
図1 あなたは紙形式のマニュアル・取扱説明書は「使いづらい」と感じますか。(n=111)
図2 動画コンテンツがあると、マニュアル・取扱説明書が使いやすくなると思いますか。(n=111)
筆者自身も説明書を読めばそこに答えが書いてあるのがわかっているのにも関わらず、他人がまとめている二次ソースともいえる情報源を探索し、問題を解決しようとすることも多い。我々は「そこに答えがある」「より高度な使用方法がわかる」「安全に使用する方法がわかる」と知っているにも関わらず取扱説明書を敬遠する傾向がある。なぜ消費者はトリセツ(取説)を読まないのだろうか。
 
1 株式会社CT「紙マニュアルは時代遅れ?半数以上が「使い方に困ったらマニュアルを見る」と回答も 「紙マニュアル」を読んでいる人は、わずか28.8%」2022年4月28日 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000083588.html

2――人生はマニュアルを読むには短すぎる

2――人生はマニュアルを読むには短すぎる

ここで一つ面白い論文を紹介しよう。オーストラリア・クイーンズランド工科大学のアレサ・ブラックラー教授ら執筆した「Life Is Too Short to RTFM(人生はマニュアルを読むには短すぎる)」では、多くの人々が製品を使う際に取扱説明書を読んでいないことを明らかにしており、“人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究”を対象にしたノーベル賞のパロディであるイグノーベル賞の2018年文学賞を受賞している。この研究では7年間にわたり、170人の被験者に対し「製品と機能の習熟度」に関するアンケートを実施した。調査対象となったのは電子レンジや食器洗い機、デジタルカメラ、リモコンといった家電製品やソフトウェアなど18種の製品であった(表1)。
表1 調査対象となった18種の製品
被験者はこれらの製品を「すべての機能を使用できる(マニュアルを読んだ/読んだ可能性がある)」「マニュアルなしで理解できる限り多くの機能を使用できる」「必要最低限の機能だけを使用できる」「使用できるがかなり制限がある」「まったく使えない」という5段階の習熟度で評価した結果、「マニュアルを読んですべての機能を使用できる」の割合は24.7%だったという。一方で「必要最低限の機能だけを使用できる」と「使用できるがかなり制限がある」の計は31.1%と、3割以上の被験者がその製品の持つ便益をすべて引き出していないことがわかっている。またこの実験から、学歴が高いほどマニュアルを読まない傾向がある、男性のほうが女性よりマニュアルをよく読み機能を使いこなしている、若い人ほどマニュアルを読まない、といった結果も出ている。併せて機能が複雑であるほどマニュアルは読まれることはなく、機能の習熟度も低かったという。

他にも大学生と生活協同組合の組合員活動を担っている女性(50~60歳)を対象とした「使用者における取扱説明書実態調査」5によれば取扱説明書を読んでいるのは全体の39%で、若年層(34%)よりも年配層(52%)の方が読んでいたという(図3)。
図3 取扱説明書は読みますか
同調査では読まない理由についても聞いているが、「読んでも意味が分からない」が20%、「見ただけで読みたくなくなる」が27%と高く、普段我々が取扱説明書を敬遠してしまう理由と同じである。一方で全体の6割近くがトリセツを読まないにも拘らず、8割以上の人が取扱説明書を保管しているという(図4)。
図3 取扱説明書は読みますか
自身の経験を思い返して欲しい。いずれ使うだろう、困ったときに開こう、と思って保管していたトリセツを開いたことはあっただろうか。保管されているその多くが保証書目的で、なんなら多くの人がその行方すら忘れてしまっているのではないだろうか。今やトリセツの多くがオンラインでも見られるようになっており、旧式の家電や工具においても私設サイトにおいてデータベース化されており、オンライン上にないトリセツを見つける方が大変かもしれない。そのため、消費者にとってトリセツを保管するという行為は未来にあるだろう実用の機会のためではなく、自身が全てを理解しているわけではないからとりあえず保有しておきたいという保険(お守り)代わりになっているわけである。
 
2 Blackler, Alethea, Gomez, Rafael, Popovic, Vesna, & Thompson, Helen(2016)
Life is too short to RTFM: How users relate to documentation and excess features in consumer products. Interacting with Computers, 28(1), pp. 27-46.
3 RTFM=read the field manualと本論文では記載されているが、その語源は英語圏で使われる「read the 不適切な単語manual」(マニュアルを読みやがれ)にあると思われる。特にオンライン上で質問者にウェブや製品マニュアルから容易に解答が得られることを指摘するために使われる言葉で、日本のネットスラングにおける「ggrks(ググレカス)」(人に質問する前にそれくらいGoogleで検索しろカス野郎)に近いかと思われる。要するに調べればすぐにわかること、マニュアルを見れば一目瞭然な事すらできないくらい人生は短いという皮肉を込めたタイトルと言えるだろう。
4 GIGAZINE「大抵の人は取扱説明書に目を通さずに製品に触れることが判明」2019年08月27日 https://gigazine.net/news/20190827-life-too-short-rtfm-manual/
5 菅野 裕, 山岸 義彦(2020)「使用者における取扱説明書実態調査」『新PL研究』5号, pp.79-84, 一般社団法人 PL 研究学会

3――利用規約に同意する

3――利用規約に同意する ☑

これは取扱説明書に限らず、契約書についても同じことが言えるのではないだろうか。筆者自身生命保険業界に身を置いている故に様々な保険関連の商品カタログや契約書を見る機会が多いが、正直1ページ目を開いて読み進めることを躊躇してしまう事もある。実際にインタビュー調査を行っても内容を理解していないまま契約してしまったり、そもそも自分が何の商品に加入しているかも理解していない保険加入者がいることも認識してる。少し古い調査ではあるが、内閣府「消費者行政の推進に関する世論調査(平成26年1月実施)」6の「契約書を読むか」という問いに対して、「内容を理解するまでよく読む」と答えた割合は16.2%、「ざっと読む」と答えた割合が40.3%、「その時々で違う」と答えた割合は21.2%、「ほとんど読まない」と答えた割合は21.2%であった。

その内「読まない(「ざっと読む」「その時々で違う」「ほとんど読まない」と答えた者)」に対して理由を聞いたところ、「分量が多いから」を挙げた者の割合が73.1%と最も高く、「内容が難しく読みづらいから」(62.2%)、「契約書は皆が使っているし,それなりの内容になっていると思うから」(17.4%)と続いている。

様々な契約トラブルが日々起きており、契約した相手が優良企業ならばまだ被害を最小限に抑えることができるのかもしれないが、劣悪な企業を相手に契約をしてしまった場合、その負担は消費者自身に降りかかることとなる。ある意味、契約書を読むという事は自身の身を守る意味合いもあるはずなのだが、その行為そのものがおざなりになっている。なかでもオンラインにおける「利用規約に同意する」行為は、より形式的であり、読みもしない利用規約に「同意する」とチェックする行為そのものが、その商品を購入したり、サービスを今すぐにでも始めたいと気持ちが走る中での手間のかかる一工程としての位置づけとなってしまっている。
図5 オンライン上での利用規約同意の際によく見る同意のチェックボックス
 
6 内閣府「消費者行政の推進に関する世論調査(平成26年1月実施)」2014年3月10日 https://survey.gov-online.go.jp/h25/h25-shohisha/2-2.html

(2024年07月31日「基礎研レター」)

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生活研究部   研究員

廣瀬 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

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